2026/5/23
オリーブを食べたハマチはなぜ美味しい?香川のブランド魚を追う

香川の居酒屋で「オリーブハマチ」というのをみた。オリーブを食べさせるとどうなるのか?
キュリオす
香川県で生まれた「オリーブハマチ」は、オリーブの葉を餌に与えることで、肉質の酸化や変色を抑え、さっぱりとした味わいと歯ごたえを実現した養殖魚です。ハマチ養殖発祥の地と日本一のオリーブ産地という二つの強みを活かした地域ブランドの取り組みを紹介します。
香川の居酒屋で「オリーブハマチ」という文字を見た時、多くの人は立ち止まるのではないだろうか。ハマチは知っている、オリーブも知っている。しかし、その二つが結びついた時、一体何が生まれるのか。魚にオリーブを食べさせると、どのように変わるのだろうか。単純な好奇心と同時に、「美味しくなるのだろうか」という素朴な疑問が湧く。この特異な組み合わせの背後には、香川県の気候風土と、養殖技術の進化、そして地域ブランドを確立しようとする人々の試行錯誤があった。
香川県は、日本の養殖漁業において重要な役割を担ってきた土地である。昭和3年(1928年)、東かがわ市引田の野網和三郎が安戸池でハマチの餌付けに成功し、世界で初めて海面養殖の事業化を成し遂げた。これは「獲る漁業」から「つくる漁業」への転換点となり、その後の世界の海産魚養殖の礎を築いたと言える。香川県では、このハマチ養殖の歴史が90年以上続いている。
一方、香川県はオリーブ栽培においても日本を牽引してきた。明治40年(1907年)に農商務省の指定を受け、翌明治41年(1908年)、香川県農事試験場(当時)が小豆島でオリーブの苗木を植栽したのが、日本における産業としてのオリーブ栽培の始まりである。温暖で雨が少ない瀬戸内海式気候はオリーブ栽培に適しており、香川県は全国のオリーブ収穫量の約87〜88%を占める日本一の産地となっている。小豆島を中心に、三豊市、高松市、多度津町などでも栽培面積が増加している状況だ。
「オリーブハマチ」が誕生したのは、ハマチ養殖80周年とオリーブ植栽100周年という節目にあたる平成20年(2008年)のことである。香川県は、県魚であるハマチと、県花・県木であるオリーブという二つの象徴的な県産品を組み合わせた、新たなブランド魚の創出を目指したのだ。この開発は、県や関係団体、そして養殖業者が一体となって進められた。
では、具体的にオリーブをハマチに与えることで、どのような変化が生まれるのだろうか。オリーブハマチとは、香川県産を主としたオリーブの葉の粉末を添加した餌を、規定の回数与えて飼育した養殖ハマチのことを指す。このオリーブの葉には、強力な抗酸化作用を持つポリフェノールの一種である「オレウロペイン」が豊富に含まれている。
このオレウロペインを摂取させることで、ハマチの肉質にいくつかの変化が生じるとされている。最も顕著なのは、肉質が酸化・変色しにくくなる点だ。特に魚の血合い肉は酸化により黒ずみやすいが、オリーブハマチではこの変色が抑制され、鮮やかなピンク色を保つ期間が長くなるという。これは、メトミオグロビンの生成が抑えられるためである。
また、オリーブハマチは、さっぱりとした味わいと適度な歯ごたえが特徴とされる。通常の養殖ハマチと比較して、過剰な脂っぽさが抑えられ、すっきりとした身質になるという評価もある。さらに、筋肉中のコラーゲン量が増加することで、歯切れがよくなり、冷蔵しても肉質の軟化が起きにくいという研究結果も示されている。養殖ハマチは肉食魚であるため、植物性のオリーブ葉を餌に混ぜる際には、ハマチの健康を損なわないよう、タウリンなどの栄養素を補う工夫がされている。
オリーブ葉の粉末は餌の総重量に対して2%以上添加され、出荷前の給餌日において連続20回以上、または15日以上の継続給餌が規定されている。この期間にオリーブ葉入り飼料を与えることで、約2週間で味に変化が現れることが確認されている。香川県と国立研究開発法人理化学研究所の研究では、オリーブハマチを週に1回、生(刺身)で300グラム摂取することで、日常生活の疲労改善、ストレス軽減、リラックス効果が得られることも明らかにされた。
「オリーブハマチ」のように、特定の飼料や環境で育てられた「ブランド魚」は、日本各地に存在する。例えば、大分県の「かぼすブリ」や長崎県の「長崎ハーブ鯖」など、地域の特産品と組み合わせた「フルーツ魚」と呼ばれるものも少なくない。これらのブランド魚の多くは、養殖技術の進展と、消費者の高品質志向、そして地域経済の活性化という共通の背景から生まれている。
香川県内にも「オリーブハマチ」以外に、独自のブランドハマチが存在する。「香川ブランドハマチ三兄弟」として、「ひけた鰤」と「なおしまハマチ」が挙げられる。長男「ひけた鰤」は、ハマチ養殖発祥の地である引田で、沖合6kmに設置された大型小割生簀でゆったりと飼育され、運動量を増やすことで身が引き締まるのが特徴だ。餌には過剰な脂肪分を抑えるEP(エクストルーダーペレット)を多く使用し、出荷後も鮮度が保たれるよう工夫されている。次男「なおしまハマチ」は、芸術の島として知られる直島で、潮の流れの速い海で育てられる。速い潮流にもまれることで身が引き締まり、栄養バランスを考慮した餌にケルプミール(大型海藻の乾燥粉末)を添加することで、脂肪代謝の促進や抗病性の向上、体表のぬめりや体色の鮮やかさが増すという。
これらのブランド魚は、それぞれが地域の特性や養殖環境、そして生産者のこだわりを反映している。共通するのは、単に魚を育てるだけでなく、飼料、環境、飼育方法に工夫を凝らし、特定の品質特性を付加することで、市場での差別化を図ろうとする点だ。天然魚の漁獲量が不安定な現代において、養殖魚は安定供給の役割を担う一方で、消費者の多様なニーズに応えるために、付加価値の創出が不可欠となっている。オリーブハマチの場合、香川県が日本一の生産量を誇るオリーブという強力な地域資源があったことが、その開発を後押ししたと言えるだろう。
現在、「オリーブハマチ」は香川県内の5〜6地区(引田、小田、志度湾、庵治、直島、鴨庄など)で生産されており、毎年9月中旬から翌年1月上旬までの期間限定で市場に出回る。この期間、香川県内のスーパーでは、通常のハマチに代わってオリーブハマチが店頭に並ぶことが多く、地元での浸透度が高いことがうかがえる。
養殖現場では、ハマチが苦味のあるオリーブ葉入りの餌に慣れるよう、事前に何度か与えるなどの工夫もされているという。また、香川県のハマチ養殖は、冬季の瀬戸内海の水温が低下し、ハマチが越冬できないため、他県から導入した2年魚を4月から100〜150日かけて育て、冬が来るまでに短期間で出荷するという特徴がある。このような自然条件の制約の中で、養殖業者は緻密なデータ管理や、あえて海流の速い場所に生簀を設置してハマチの運動量を増やすといった技術的な努力を重ねている。
近年では、オリーブハマチの品質管理も強化されている。オリーブハマチ管理委員会が設けられ、オリーブ葉の投与期間や時期などの生産管理、販売計画、商標管理などが行われている。さらに、持続可能な水産物であることを証明する「MEL(マリン・エコラベル・ジャパン)V2養殖認証」を取得した養殖事業者も存在し、国際的な基準に適合した生産が進められている。このような取り組みは、国内需要だけでなく、海外への輸出拡大にも繋がっている。
香川の「オリーブハマチ」は、単に「美味しい魚」という範疇を超えて、養殖魚の可能性と地域資源の活用、そして環境との対峙という複数の論点を提示している。オリーブの葉という、本来は廃棄される可能性のある副産物を飼料として活用することは、資源の有効利用という側面を持つ。これは、採油後のオリーブ果実を飼料に混ぜて育てられる「オリーブ牛」など、香川県内で広がるオリーブ関連の畜産物とも共通する発想である。
また、オリーブハマチが持つ「酸化しにくい」「さっぱりとした味わい」「歯ごたえが良い」といった特性は、従来の養殖魚に抱かれがちな「脂っこすぎる」「鮮度落ちが早い」といったイメージを覆す試みでもある。天然魚を至上とする価値観に対して、養殖魚が独自の付加価値を持ち、消費者に新たな選択肢を提供する。これは、天然信仰に縛られた魚の価値観を再構築しようとする、現代的な挑戦とも言えるだろう。
香川県は、ハマチ養殖発祥の地としての歴史と、オリーブ栽培の先進地という二つの強みを持つ。この二つを結びつけることで生まれたオリーブハマチは、地域の気候風土、産業の歴史、そして現代の技術が重なり合うことで生まれた産物である。それは、ただの魚ではなく、地域が持つ物語を内包し、養殖魚の未来の一端を示す存在として、静かにその価値を問い続けている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。