2026/6/2
宮内庁管轄の小瀬鵜飼、世襲は岐阜に二つあった

宮内庁の管轄にあったり世襲になっているのは、小瀬の鵜飼だけ?他にもある?
キュリオす
宮内庁の管轄下にあり、鵜匠が世襲制で職務を継承しているのは、岐阜県内の「ぎふ長良川の鵜飼」と「小瀬鵜飼」の二つである。この二つの鵜飼は、皇室への鮎献上という特別な職務を担い、全国の鵜飼の中でも特異な位置を占めている。
皇室の庇護を求めた時代
鵜飼の歴史は古く、日本では1300年以上前から存在したとされる。特に岐阜の長良川流域では、古くから時の権力者の庇護を受けてきた歴史がある。平安時代には宮廷直属の官吏が鵜飼を行っていた記録も残るという。その後、江戸時代には尾張徳川家の手厚い保護のもと、長良川の鵜飼は維持されてきたのだ。
しかし、明治維新は、この伝統に大きな転換期をもたらした。廃藩置県によって尾張藩が権力を失うと、鵜飼はそれまでの保護を失い、存続の危機に瀕する。 地域の漁師たちが漁業税を支払い、細々と鵜飼を再開する状況だった。そうした中、明治天皇が岐阜を訪れた際に鵜飼で獲れた鮎が献上され、これを契機として、岐阜県知事の要請を受けた宮内省(現在の宮内庁)が鵜飼の保護に乗り出すことになる。 1890年(明治23年)、長良川沿いに皇室向けの漁場「御料場」が設けられ、同時に鵜匠には宮内省主猟局鵜匠(後に宮内庁式部職鵜匠と改称)の肩書が与えられた。 これは、鵜匠の地位を確保し、伝統を継承するための画期的な措置だった。
鮎を献上する職務と世襲の必然
宮内庁式部職鵜匠の職務は、皇室へ鮎を献上する「御料鵜飼」を執り行うことにある。毎年6月から8月にかけて8回行われるこの漁は、観光客の観覧を伴わない特別なもので、獲れた鮎は皇居へ献上されるほか、明治神宮や伊勢神宮にも奉納される。 そのため、鵜匠は宮内庁の職員とみなされ、国家公務員としての身分を持つ。
この職務の継承には、世襲制が採用されている。長良川の鵜匠は、鵜匠家に生まれた男子が代々親から子へと技を受け継ぐ「男系男子の世襲制」である。 鵜匠は、鵜の生態を熟知し、日々の世話を通じて鵜との信頼関係を築く必要がある。野生の海鵜を捕獲し、3年かけて訓練してようやく鵜飼に使えるようになるという。 鵜は慣れた人間からしか餌を食べないため、鵜匠は年間365日、鵜の世話を欠かすことができない。 このように、鵜飼の技術と、鵜を養う「鵜養」の知識は、一朝一夕で習得できるものではない。生涯をかけて鵜と向き合い、川を知り尽くす必要があるため、幼少期からの修行と血縁による継承が、この特殊な職務には不可欠だったのだろう。
「唯一」ではない、二つの御料鵜飼
小瀬の鵜飼が宮内庁の管轄下にあり、鵜匠が世襲であることは事実である。しかし、それは小瀬だけに限られた特別な事例ではない。日本全国で鵜飼が行われている場所は11箇所とされるが、その中でも宮内庁式部職鵜匠が任命されているのは、岐阜県内の二つの地域のみである。
一つは岐阜市で行われる「ぎふ長良川の鵜飼」、そしてもう一つが関市で行われる「小瀬鵜飼」だ。現在、宮内庁式部職鵜匠は全国で合計9名おり、その内訳はぎふ長良川の鵜飼に6名、小瀬鵜飼に3名である。 これら9名の鵜匠全員が、宮内庁の職員であり、世襲制によってその技と職務を受け継いでいる。 他の多くの地域で行われる鵜飼は、主に観光会社が運営し、鵜匠の給与も観光会社から支払われるのが一般的だ。 この点で、宮内庁の直接的な保護と職務を持つぎふ長良川と小瀬の鵜飼は、全国の鵜飼の中でも特異な位置を占めている。
いま、川に立つ9人の鵜匠
現在のぎふ長良川と小瀬の鵜飼では、合計9名の宮内庁式部職鵜匠が活動を続けている。彼らは、皇室への献上という本来の職務である御料鵜飼に加え、観光客向けの鵜飼も行い、伝統文化を広く伝える役割も担っている。小瀬鵜飼は、観光化が進んだぎふ長良川の鵜飼と比較して、昔ながらの漁法としての色が濃く残っているとも言われる。
鵜匠は、その特殊な身分と世襲制ゆえに、一般的な職業とは異なる人生を送る。生まれた時から次代の継承者としての自覚を求められ、中学生の頃から船頭として川に出る者もいるという。 鵜の世話は一年を通じて行われ、旅行に出ることもできないほどの拘束がある。 このような厳しい環境の中で、鵜匠たちは代々受け継がれてきた伝統を守り、その技を次世代へと繋ぐ責任を背負っている。鵜匠家にはそれぞれ屋号があり、鵜匠同士が屋号で呼び合う慣習も、その共同体の歴史の深さを物語る。
伝統を守る「公」の眼差し
小瀬の鵜飼が宮内庁の管轄下にあり、鵜匠が世襲であるという事実は、単なる珍しい慣習として片付けられない。それは、明治期という近代化の波の中で、一度は失われかけた日本の伝統文化を「公」がどのように保護し、継承してきたかを示す具体的な事例である。
全国に点在する鵜飼の中で、ぎふ長良川と小瀬の鵜飼だけが、皇室への献上という明確な職務を持ち、宮内庁の職員という身分を与えられている。これは、単なる観光資源としてではなく、国家的な文化財として、その価値を認め、制度的に維持してきた証左だろう。世襲制は、技術伝承の確実性を担保する一方で、現代社会における後継者問題や、個人の自由との間で常に緊張をはらむ。しかし、この二つの鵜飼においては、その特殊な制度が130年以上にわたり機能し、川と鵜と人との関係が織りなす独自の文化が、いまも脈々と受け継がれているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 宮内庁式部職鵜匠 - 奥長良川 鵜の家足立~天然鮎料理専門店 ~unoie-adachi.jimdofree.com
- 御料鵜飼 – 宮内庁kunaicho.go.jp
- 鵜飼の歴史|長良川温泉旅館 鵜匠の家 すぎ山【公式サイト】 - 岐阜県岐阜市gifu-sugiyama.com
- ZIPANG-2 TOKIO 2020「信長公のおもてなし 清流長良川鵜飼 1300年以上の歴史と伝統 今年も開幕しました!~ 岐阜 ~」 | ZIPANG-2 TOKIO 2020tokyo2020-2.themedia.jp
- mlit.go.jp
- 【Fishing for the Imperial Household】 | Search Details | Japan Tourism Agency,Japan Tourism Agencymlit.go.jp
- 小瀬鵜飼 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 世界一受けたい授業ntv.co.jp