2026/5/30
佐原の胡麻油、350年以上続く「玉締め」の技とは

佐原は胡麻油が有名らしい。昔から作っているのか?
キュリオす
佐原の胡麻油は、利根川水運で栄えた江戸時代から続く伝統製法「玉締め」で作られる。低温・低圧で時間をかけ、胡麻本来の風味を最大限に引き出すこの技法は、現代では稀少となっている。
佐原の胡麻油の歴史を語る上で、まずこの地の地理的条件と江戸時代の繁栄に触れる必要がある。佐原は利根川の東遷事業によって水運が整備されると、江戸と東北を結ぶ物資輸送の中継地点として発展した。小野川沿いには多くの河岸問屋や醸造業者が集まり、米や酒、醤油などの物資が江戸へ運ばれ、江戸の文化もまた佐原にもたらされたという。
このような商業の隆盛の中で、胡麻油の製造も古くから根付いた。現存する油茂製油は、寛永年間(1624年~1644年)に創業したとされ、350年以上の歴史を持つ老舗である。戦前までは菜種油を搾油していたが、戦後からは胡麻油の製造に特化し、今日に至るまで伝統的な製法を守り続けている。この創業時期は、佐原が利根川水運の要衝として栄え始めた時期と重なる。胡麻油がこの地で発展した背景には、水運による原材料の安定供給と、江戸をはじめとする大消費地への販路確保が大きく寄与したと考えられる。
佐原の胡麻油を特徴づけるのが「玉締め」と呼ばれる伝統的な製法である。これは、現代の主流であるスクリュープレス方式とは一線を画す、手間と時間を要する古式搾油法だ。
玉締めの工程はまず、厳選された白胡麻を直径1メートル以上ある大釜で約1時間かけて焙煎することから始まる。この煎り加減が油の色や香りを決定するため、職人の経験と勘が重要となる。季節や温度、湿度によって微妙に調整され、五感を駆使して最適な状態を見極めるという。焙煎後、胡麻は木の床に広げて放冷され、人肌程度の温度まで冷ますことで、油が出やすいようにタンパク質を凝固させる。次に、ロールで胡麻粒を細かく砕き、分子を破壊して油分を抽出しやすくするのだ。
その後、蒸気で約3分間蒸すことで、加水分解の原理を利用して水と油を分離しやすくする。蒸しあがった胡麻は、金輪と呼ばれる鉄枠と麻袋に包んで玉締め機にセットされる。この玉締め機では、水圧によって下の台がゆっくり上昇し、上部の「玉石」(昔は花崗岩、現在は鉄製が多い)に押し付けられて搾油が始まる。常温で、他の搾油法に比べて低い圧力(1平方センチメートルあたり180kg程度)で時間をかけて油を滴り落とすのが特徴だ。この低圧・低摩擦熱の製法により、胡麻本来の芳醇な香りや甘み、旨みが損なわれることなく油に凝縮される。20kgの原料から7kgしか油がとれないという低効率ながら、1時間以上かけてゆっくりと搾油されるのだ。最後に、搾油された油は一昼夜自然沈殿させた後、和紙で入念に濾過され、製品となる。最初の工程から完成まで、およそ4日を要するという。
玉締め製法による胡麻油は、その製造過程の特性から、現代の一般的な胡麻油とは明確な違いを持つ。現代の多くの胡麻油は「スクリュープレス」と呼ばれる機械で短時間に大量の胡麻を処理するが、この方法は玉締めの5倍以上の圧力がかかり、摩擦熱が発生しやすい。これにより油が焦げ付き、色が濃くなり、変質しやすくなるため、精製工程で風味や色を調整する必要が生じる。
対して玉締め製法は、低温・低圧で時間をかけて油を抽出するため、胡麻本来の香ばしさや甘み、栄養素がそのまま残り、透明感のある琥珀色に仕上がるのが特徴だ。これはオリーブオイルでいう「バージンオイル」に近く、胡麻の個性を最大限に引き出す製法と言える。
しかし、その手間と効率の悪さから、現在では玉締め製法を採用するメーカーは日本全国でもごく少数に限られ、胡麻油全体の市場シェアから見ても1%未満という非常に稀少な存在となっている。佐原の油茂製油は、この伝統的な製法を数百年にわたり守り続けてきた数少ない油屋の一つであり、その存在自体が日本の食文化における貴重な財産と言えるだろう。
佐原は1996年に関東地方で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、江戸時代の面影を残す町並みが保存されている。特筆すべきは、この町並みが単なる観光地としてではなく、今も多くの老舗が家業を引き継ぎ、営業を続けている「生きている町並み」として評価されている点だ。油茂製油もその一つであり、忠敬橋からほど近い場所に店舗を構え、その歴史的建造物自体も町の景観に溶け込んでいる。
現在、油茂製油は22代目当主によって運営されており、伝統的な玉締め一番搾りごま油に加え、焙煎せずに搾った「生搾りごま油」や、それらをベースにしたラー油なども製造・販売している。その製品は「どっちの料理ショー」をはじめとするテレビ番組でも紹介され、その品質は国内外で高く評価されている。
しかし、このような伝統産業が現代社会で存続していくには、後継者問題や効率化とのバランスなど、様々な課題に直面している。玉締め製法は機械化が難しい手作業の工程が多く、職人の技術と経験が不可欠である。事業を拡大することなく、味を保つために伝統製法にこだわり続けるという姿勢は、効率性とは対極にある決断だ。佐原の町並みがそうであるように、油屋もまた、過去の遺産を守りつつ、現代の需要に応える形で、その姿を少しずつ変化させている。
佐原の胡麻油、特に「玉締め」という製法に焦点を当てると、そこには単なる食用油の製造を超えた、ある種の問いが見えてくる。現代社会は効率と大量生産を追求し、短時間で多くのものを生み出す技術が日々進化している。しかし、玉締め製法は、その対極にあるかのように、時間と手間を惜しまず、収量を犠牲にしてでも、胡麻本来の風味を最大限に引き出すことに特化している。
この選択は、佐原という町がかつて水運で栄え、江戸の文化を取り入れながらも独自の商家の文化を育んできた歴史と無関係ではない。効率一辺倒ではない価値観が、この町には根付いているのだ。胡麻油の製造において、職人の五感と経験が機械では代替できない重要な要素となっている事実は、効率化の波に抗い、人間が介在する手仕事の価値を再認識させる。
佐原の町並みが「生きている」と称されるように、玉締め製法の胡麻油もまた、単なる商品ではなく、その土地の歴史、職人の技、そして胡麻という素材への敬意が凝縮された「生きた文化」と言えるだろう。現代において、このような手間のかかる伝統製法が維持されていることは、効率だけでは測れない品質や風味、そして物語に、人々が価値を見出していることの証左ではないだろうか。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
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