2026/5/28
熱海の來宮神社、なぜ賑わう?大楠とカフェが誘う魅力

熱海の來宮神社について教えて欲しい。とても賑わっていた。
キュリオす
熱海駅から近い來宮神社は、樹齢2100年以上の御神木「大楠」を核に、カフェやSNS映えする仕掛けで現代の参拝客を惹きつけている。伝統と革新を融合させた空間づくりが、多くの人々を魅了する理由を探る。
熱海駅から少し離れた西山町の坂道を上ると、來宮神社の境内は独特の熱気に包まれている。鳥居をくぐり、参道の先に目をやれば、平日の昼間であるにもかかわらず、多くの参拝客が列をなしている光景にまず驚かされるだろう。特に若い世代や女性の姿が目立ち、一般的な古社のイメージとは異なる活気がそこにはある。なぜこの神社が、これほど多くの人々を惹きつけ、熱海の観光地図において確固たる地位を築いているのか。その問いは、単なる人気の背景を越え、伝統と現代の接続点を探る旅の始まりとなる。
來宮神社の創建は古く、社伝によれば約1300年前、和銅3年(710年)にさかのぼるという。熱海湾で漁師の網に木像がかかり、不思議に思っていると、童子が現れて「我こそは五十猛命(いたけるのみこと)である。波の音が聞こえないこの里の楠の洞に祀るように」と告げたのが始まりとされている。この伝承から、後に熱海の西山に社が築かれ、木の根を御神体としたことから「木宮」と称されたという。主祭神として大己貴命(おおなむちのみこと)、五十猛命、日本武尊(やまとたけるのみこと)の三柱を祀り、来福・縁結び・商売繁盛・樹木や病気平癒・武勇勝利など幅広いご利益があるとされてきた。
平安時代初期には、征夷大将軍坂上田村麻呂が戦勝を祈願し、熱海來宮神社の分霊を東北地方をはじめ各地に広めたとの伝えも残る。これにより、來宮神社は全国44社に及ぶキノミヤ神社の総社として信仰を集めることになった。
境内の奥に鎮座する御神木「大楠」は、樹齢2100年以上と推定され、1933年(昭和8年)には国の天然記念物に指定されている。 江戸時代後期には、周辺の村を巻き込んだ漁業権争い「大網事件」の訴訟費用捻出のため、境内にあった七本の楠のうち五本が伐採されることになった。残された大楠も伐ろうとした樵夫の鋸が折れ、白髪の老人が現れて伐採を遮ったという伝説が残り、以来、この巨木は神木として守られることになった。
明治維新後の一時期には「阿豆佐和気神社」と称されたが、後に「来宮神社」となり、近年では「來宮神社」と表記されることが多い。 本殿は歴史の中で二度焼失しており、現在の社殿は1958年(昭和33年)に再建されたものである。 長い歴史の中で幾度も形を変えながらも、この地の人々の信仰の対象であり続けてきたのが來宮神社なのだ。
來宮神社の人気の核は、やはり圧倒的な存在感を放つ御神木「大楠」にある。樹齢二千百年を超えるこの巨木は、本州一の大きさを誇り、その幹周りは約24メートルに及ぶ。古くから「幹を一回りすると寿命が一年延びる」「願い事を心に秘めて一周すると願いが叶う」という言い伝えがあり、健康長寿や心願成就のパワースポットとして多くの参拝者を集めている。 1974年(昭和49年)の台風で一部が折れるという試練を乗り越え、今なお旺盛な生命力を保ち続ける姿は、人々にとって畏敬の対象であり、活力の源として映るのだろう。
しかし、その人気は単なる巨木信仰だけに留まらない。來宮神社が現代の参拝客を惹きつける大きな要因は、伝統を守りつつも、積極的に「心さやかに参拝できる環境つくり」プロジェクトを推進してきた点にある。 例えば、境内には「茶寮 報鼓(ほうこ)」をはじめとする複数のカフェが設けられ、地元の食材を使ったスイーツや軽食、さらには熱海ビールまで提供されている。 これは、一般的な神社の概念を大きく超える試みと言える。参拝客は、御神木の「大楠」を眺めながら、緑豊かな空間でゆったりと時間を過ごすことができるのだ。
また、「映え」を意識した工夫も随所に見られる。落ち葉をハート型に掃き清めた「ハートの落ち葉」はSNSで話題となり、若いカップルや女性に人気を集めるフォトスポットとなっている。 夜間には「木霊」をイメージした幻想的なライトアップ「大楠・五色の杜」が行われ、昼間とは異なる神秘的な雰囲気を演出する。 これらの取り組みは、従来の参拝客層である年配者だけでなく、20代から40代の女性が全体の約7割を占めるという現代の来宮神社の姿を形作っている。
さらに、来宮駅と神社を結ぶ約300メートルの通りは「来福ロード」と名付けられ、地域の飲食店が神饌である麦こがしや橙を使ったオリジナルメニューを開発・販売するなど、地域一体となった活性化も図られている。 このように、來宮神社は古代からの信仰を基盤としつつ、現代的な視点を取り入れた空間づくりと体験提供によって、多様な人々を呼び寄せているのだ。
日本の多くの神社仏閣が、その歴史的価値や文化的背景に依拠して参拝者を集める中で、來宮神社のアプローチは一線を画す。例えば、伊勢神宮や出雲大社のような全国的な総本社は、その絶対的な格式と歴史の重みが主要な求心力となる。また、明治神宮のように都市の杜として人々に安らぎを提供する場所もある。しかし、來宮神社の場合、確かに1300年を超える歴史と全国のキノミヤ神社の総社という由緒を持つものの、その人気の背景には、より現代的で能動的な試みが見て取れる。
一般的なパワースポットと呼ばれる場所も数多く存在するが、多くは特定の場所の「気」やメディアによる紹介に依存する傾向がある。それに対し、來宮神社は単に「大楠」という強力な御神木があるだけでなく、その周りにカフェやフォトスポット、夜間ライトアップといった具体的な「体験」をデザインしている点が特異だ。これは、テーマパークの運営戦略からヒントを得て、参拝者が五感(観・囁き・暖・食・香)で神社を感じられる環境づくりを目指した宮司の雨宮盛克氏の思想に裏打ちされているという。 多くの神社が静謐な空間を重んじる中で、あえてカフェを設置し、地元の名産品を取り入れたメニューを提供する姿勢は、伝統的な聖地のあり方に対する明確な問いかけと言える。
さらに、來宮神社の活性化は、熱海という観光地全体の盛衰とも連動している。高度経済成長期に新婚旅行の定番として栄えた熱海は、バブル崩壊後に観光客が激減し、一時は「斜陽の街」とまで言われた。來宮神社も2005年頃には経営が苦しい時期があったという。 しかし、熱海が観光復興を遂げる2010年代以降、來宮神社も積極的に境内整備を進め、参拝者数を2008年度の約15万人から2017年度には約68万人にまで増加させた。 これは、単に熱海の観光人気に乗じただけでなく、神社自身が新たな誘客戦略を展開し、地域の活性化に貢献してきたことを示している。多くの伝統的施設が時代の変化に受動的であるのに対し、來宮神社は観光地としての熱海の再生と並走し、時にはその牽引役となるほど能動的な役割を果たしてきたのだ。
現在の來宮神社の境内を歩くと、古くからの鎮守の杜と、現代的なデザインが融合した独特の風景が広がる。樹齢二千百年を超える大楠は、その荘厳な姿で参拝者を迎え、その周囲を巡る人々は、それぞれの願いを胸に静かに歩を進める。その一方で、大楠に面して設けられた「茶寮 報鼓」では、抹茶や麦こがしを使ったスイーツ、地元の橙ジュースなどが提供され、多くの人々が談笑しながら過ごしている。
夜には、大楠とその周辺の森が柔らかな光でライトアップされ、「木霊(こだま)の森」として幻想的な雰囲気に包まれる。 昼間とは異なる静けさの中で、木々の間から漏れる光が、古代の信仰と現代の美意識とを結びつける。また、参道には「ハートの落ち葉」が毎日掃き清められ、専用のフォト台も設置されている。 これらは、神社側が意図的に作り出した「体験」であり、訪れる人々が記憶に残る瞬間を写真として持ち帰れるよう配慮されている。
年間を通して様々な祭事も執り行われる。特に7月に行われる例大祭「こがし祭り」は、神輿渡御や山車コンクールが熱海の街を練り歩き、静岡県の無形民俗文化財にも指定されている。 この祭りは、神事としての厳かさと、地域住民が一体となって盛り上げる賑やかさを併せ持つ。
このように、來宮神社は、古くからの信仰の対象である御神木を核としつつ、カフェやライトアップ、フォトスポットといった現代的な要素を巧みに取り入れることで、多様なニーズに応える場所となっている。宮司をはじめとする神職は、自らを神と参拝者の「なかとりびと」(仲介者)と位置づけ、訪れる人々が心地よく過ごせる環境づくりに尽力しているという。 それは、単なる観光地化ではなく、伝統を現代に接続するための能動的な試みと言えるだろう。
來宮神社の賑わいは、単に「パワースポットブーム」という一過性の現象では説明しきれない複雑な要因の重なりによって生まれている。その核にあるのは、樹齢二千百年を超える大楠という、動かしがたい自然の存在であり、そこから来る悠久の時の流れと生命力への畏敬である。しかし、この古くからの信仰だけでは、現代の多様な人々、特に若い世代を惹きつけるには十分ではない。
來宮神社の事例が示唆するのは、伝統的な聖地が現代においてその価値を再発見され、新たな役割を担うための具体的な道筋だ。それは、変えられない核を尊重しつつ、変えられる部分、特に「体験」や「空間」の提供において、徹底した現代的視点と顧客志向を取り入れるという戦略である。宮司がテーマパークからヒントを得て「五感で感じる神社づくり」を目指したように、聖なる空間にカフェを設け、夜間ライトアップを施し、SNSで共有されやすい「映え」の要素を取り入れることは、一見すると伝統からの逸脱に見えるかもしれない。しかし、その結果として、かつて熱海の観光衰退と共に参拝者が減少した時期を乗り越え、多様な人々が訪れる「開かれた聖地」として再生した事実は重い。
來宮神社は、単に古いものを守るだけでなく、それを現代の感性に合わせて再構築し、提供することで、伝統の持つ本来の力をより多くの人々に届けている。それは、古来からの「神籬(ひもろぎ)磐境(いわさか)信仰」が、現代において新たな形で息づいている風景と言えるだろう。大楠が静かに佇む傍らで、人々がカフェで談笑し、夜の森に光が灯る。その光景は、過去と現在、聖と俗が交錯し、新たな価値を生み出す可能性を示している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。