2026/5/23
香川の骨付鳥、なぜ名物になった?ハリウッド映画から生まれた味の秘密

香川の骨付鳥について詳しく知りたい。なぜ名物になっていったのか。
キュリオす
香川県丸亀市で生まれた骨付鳥。ハリウッド映画に触発された創業者が考案し、地元の鶏肉文化と独自の調理法で名物へと成長した経緯を辿る。「おやどり」と「ひなどり」の食感の違いや、鶏油の楽しみ方など、その魅力を多角的に紹介する。
香川県を訪れる旅人の多くは、まず「うどん」を目的とするだろう。しかし、その記憶の片隅に、もう一つの味覚が残ることがある。熱い鉄皿の上で、豪快に焼かれた骨付きの鶏もも肉。一口食べれば、塩と胡椒、にんにくの香りが立ち上り、肉汁が滴るその料理は「骨付鳥」と呼ばれる。ただの鶏肉ではないのか、なぜこれほどまでに香川の食卓に根付いたのか。その問いは、単なる調理法の話に留まらない。
骨付鳥の歴史は、第二次世界大戦後の復興期、1950年代の香川県丸亀市に始まる。1952年、近藤定市・田鶴子夫妻が「一鶴」というお好み焼きと、おでんの店を創業したのが始まりだ。翌1953年、彼らが一本のハリウッド映画を観たことが、この料理誕生の決定的な契機となる。映画の中で、登場人物が大きな骨付きフライドチキンを豪快にかぶりつくシーンに衝撃を受け、「こんな贅沢な料理を自分たちの店でも提供したい」と考案したのが、骨付鳥だったと言われている。 当初は1本80円で販売されたこの料理は、瞬く間に丸亀の評判となり、その後「一鶴」は1967年に「骨付鳥 一鶴」を商標登録し、専門店としての道を歩み始めることになる。
骨付鳥が香川の地で定着した背景には複数の要因がある。まず、香川県における鶏肉文化の存在が挙げられる。香川は、穀物輸入に適した港があったため養鶏の飼料工場が整備され、また大阪方面への消費地が近かったことから、採卵養鶏が盛んだった。さらに、農村部では古くから各家庭で鶏を飼育し、卵を産まなくなった親鳥が祝いの日のごちそうとして食卓にのぼる文化があったという。
次に、そのシンプルな調理法と独特の味が挙げられる。骨付きもも肉に、にんにく、塩、胡椒、そして各店独自のスパイスで下味をつけ、オーブンでじっくりと焼き上げる。皮はパリッと香ばしく、肉はジューシーに仕上がるのが特徴だ。 この料理には大きく分けて「おやどり」と「ひなどり」の二種類がある。「おやどり」は、年数を経た鶏肉で、しっかりとした歯ごたえと噛むほどに広がる濃厚な旨味が特徴である。対して「ひなどり」は、柔らかくジューシーで食べやすい。この二つの食感と味わいの対比が、多くの客を引きつける要因となった。 皿に残る鶏油(チーユ)を、添えられたキャベツや握り飯につけて食べるのが「香川流」とされ、この食べ方まで含めて、骨付鳥の体験として確立している点も大きい。
骨付鳥が香川の地で独自の発展を遂げた経緯を、他地域の鶏肉料理や、地域名物となった肉料理と比較すると、その特徴がより明確になる。例えば、名古屋の「名古屋コーチン」や宮崎の「チキン南蛮」のように、特定の品種や、独自の調理法を確立した鶏肉料理は各地に存在する。しかし、骨付鳥の場合、特定のブランド鶏にこだわるのではなく、あえて「その土地で手に入る鶏」を使うことで、地域に根差した普及を目指した側面がある。
また、豪快な骨付き肉料理という点では、山口県の「山賊焼」のような例も挙げられる。しかし、山賊焼が屋外での炭火焼きという豪快さや、その提供形態に特徴があるのに対し、骨付鳥は居酒屋の一品として始まり、店ごとのスパイスと焼き加減、そして「おや」と「ひな」の選択という、より繊細な味のバリエーションで差別化を図った。 加えて、香川県が「うどん県」として知られる中で、昼食のうどんとは異なる「夜の食卓」を彩る料理として、独自のニッチを確立した点も、他の地域名物には見られない特徴だろう。 多くの地域で、B級グルメが地域振興の起爆剤となる中で、骨付鳥は、単なる一過性のブームではなく、地元に深く根ざした食文化として定着していったのである。
現在、骨付鳥は丸亀市のみならず香川県全域に広がり、高松市内の飲食店でも多くの店で提供されている。 丸亀市内だけでも50軒以上の店が骨付鳥を提供していると言われ、それぞれの店が独自の味付けや焼き方を追求している。 地元住民にとっては、クリスマスにローストチキンではなく骨付鳥を食べる家庭も少なくないという。
2005年には、丸亀市商工会議所青年部や骨付鳥販売店舗が中心となり「丸亀とっとの会」が結成された。彼らは、骨付鳥を全国に広める活動として、マップの作成やイベントの開催、公式キャラクター「とり奉行 骨付じゅうじゅう」の考案など、多角的なPRを展開している。 真空パックなどのお土産品も販売され、家庭でも店の味を楽しめるようになっている。 観光客は昼に讃岐うどんを楽しみ、夜には骨付鳥を味わう、という新たな食の導線が確立されつつある。
骨付鳥は、ハリウッド映画という外部からのインスピレーションと、香川県に元々あった鶏肉文化、そして創業者の創意工夫が重なり合って生まれた。この料理が示唆するのは、郷土料理が必ずしも「古くから伝わるもの」だけではないという点だろう。わずか半世紀ほどの歴史で、地域を代表する食文化へと成長した骨付鳥は、新しい発想と、それを支える地域の基盤、そして何より地元の熱意が結びつくことで、新たな伝統が創造され得ることを物語っている。
豪快にかぶりつく「おやどり」と、柔らかな「ひなどり」の選択、そして皿に残った鶏油を余すところなく味わう作法は、単なる食事を超えた「体験」として、訪れる人々の記憶に刻まれる。香川の骨付鳥は、地域の食が持つ可能性を、具体的な味と、その食べ方を通して示しているのである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。