curiosu / キュリオす
紀行で文化や歴史を綴る、好奇心をくすぐるメディア。
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広島県は瀬戸内海沿岸と中国山地で気候や土壌が異なり、多様な農産物を生み出している。花崗岩由来の土壌や沖積土壌が、レモン、ハーブ、うすい豆などの栽培を支える背景を探る。
広島風お好み焼きのルーツは、大正時代の一銭洋食に遡る。戦後の食糧難の中、小麦粉とキャベツを使い、鉄板文化と調達環境が重なり「重ね焼き」スタイルが確立された。復興の象徴として、市民のソウルフードとなった歴史を辿る。
広島湾奥に鎮座する多家神社。神功皇后の伝承が残るが、現在の社地と「浜への上陸」という伝承には地理的な隔たりがある。古代の海岸線や地形の変化、地域の信仰と結びついた伝承の形成過程を辿る。
広島市南区の邇保姫神社と和歌山県の丹生都比売神社。祭神名に共通の響きを持つ両社は、古代の辰砂信仰を介して繋がる可能性が指摘される。本記事では、その歴史的背景と神名の由来を探る。
明治維新以降、広島は西日本の軍事拠点として発展し、日清戦争時には臨時首都ともなった。同時に、交通網の整備や産業の勃興により、中国地方の中心都市としても独自の発展を遂げた。軍港都市とは異なる、多機能都市としての姿を探る。
広島の街に数多く流れる川は、治水が困難な場所である一方、水運の利便性や防御上の優位性、土地開発の可能性といった利点があった。毛利輝元による築城以来、人々は水害と向き合いながらデルタ地帯に都市を築き上げてきた。
広島の牡蠣養殖、熊野筆、備後絣は江戸時代にその原型や基礎が築かれた。自然条件や人々の工夫が、現代に続く特産品を生み出した背景を探る。
江戸時代の広島は、太田川の三角州に築かれ、毛利氏から浅野氏へと統治が移る中で発展した。米作に加え、塩、綿、牡蠣などの多様な産業と瀬戸内海の海運・太田川水運を基盤に、西日本有数の大都市へと成長した。
広島県域の古代から中世にかけて、人類の活動は旧石器時代に遡る。弥生・古墳時代を経て、7世紀には安芸国と備後国が設置された。瀬戸内海の要衝として厳島信仰が興隆し、荘園が広がるなど、陸と海の結節点としての歴史が形成された。