2026/6/1
甘みと白さの秘密!茨城県稲敷市「ひかり蓮根」の栽培法

「ひかり蓮根」について教えて欲しい。めちゃくちゃ美味しい。
キュリオす
茨城県稲敷市で栽培される「ひかり蓮根」は、光合成微生物農法により、一般的な蓮根より高い糖度と輝くような白さを実現しています。半世紀にわたり栽培技術を追求してきた高須賢一氏の挑戦と、各地の蓮根との違いを紹介します。
食卓に並ぶ蓮根は、その切り口の穴が象徴するように、遠い未来を見通す縁起物として古くから親しまれてきた。しかし、茨城県稲敷市で生まれる「ひかり蓮根」を口にしたとき、その「見通しの良さ」は、単なる形而上のものではないことに気づかされる。噛むほどに広がる甘みと、確かな歯応えの奥にあるほくほくとした食感は、従来の蓮根のイメージを静かに覆すだろう。なぜ、この地の蓮根はこれほどまでに特別なのか。その問いの答えは、泥の下で脈々と受け継がれる栽培の歴史と、新たな知見が織りなす土壌の物語の中にあった。
蓮根が日本に伝来したのは奈良時代、仏教とともに中国からもたらされたとされている。食用としての栽培が本格化したのは鎌倉時代以降で、その神秘的な花と、穴が開いた根茎が「先を見通す」縁起物として、特別な意味合いを持つようになった。
しかし、「ひかり蓮根」の物語は、それよりもはるかに新しい、昭和の時代に始まる。茨城県稲敷市浮島地区は、かつて霞ヶ浦に浮かぶ島であり、大規模な干拓事業を経て農地へと姿を変えた土地だ。塩分濃度の高い土壌は稲作には不向きとされ、そこで自生していた蓮根の栽培が広まっていったという経緯がある。
この地で、高須賢一氏が蓮根栽培に人生を捧げ始めたのは1973年(昭和48年)のことである。約半世紀にわたり蓮根と向き合い続けた高須氏は、浮島地区の地域ブランド「浮島れんこん」の中でも、独自の栽培技術を確立し、「ひかり蓮根」という自身のブランドを立ち上げた。 地下で育つ作物の品質を見極め、美味しさを追求する飽くなき探求が、この蓮根の礎を築いたのだ。
「ひかり蓮根」の特異な美味しさの秘密は、高須農園が実践する「光合成微生物農法」にある。これは、光合成細菌を独自に培養し、米ぬかや鰹粉砕などの有機物を土壌に散布することで、土壌中の微生物を活性化させる栽培方法だ。 化学肥料を一切使用せず、農薬の使用量も規定の半分以下に抑えることで、健全な土壌環境を作り上げている。 この取り組みは「茨城県エコ認証」や「茨城県特別栽培農産物認証」として認められている。
この微生物農法がもたらす効果は、蓮根本来のポテンシャルを最大限に引き出すことにある。一般的な蓮根の糖度が7~8度であるのに対し、「ひかり蓮根」は時に10度を超える糖度を記録する。 これはまるで野菜というよりもフルーツのような甘さであり、その濃厚な味わいの根源は、土壌の微生物活動によって蓮根の地下茎に効率よく栄養が蓄積されることにある。また、漂白剤を使うことなく、輝くような白い肌を持つことも特徴だ。
収穫は、冬の冷たい水に腰まで浸かりながら、高圧の水流を使い、蓮根を傷つけないよう一本一本手作業で行われる。 泥の中で見えない蓮根を、長年の経験と感覚で掘り出す作業は、熟練の技を要する。この手間暇こそが、土壌の力を信じ、蓮根の生命力を引き出す栽培哲学の表れと言えるだろう。
「ひかり蓮根」が育つ茨城県は、全国でも有数の蓮根産地として知られているが、日本各地にはそれぞれの風土と歴史に根ざした多様な蓮根が存在する。それぞれの産地が異なる栽培方法や品種を選び、独自の蓮根文化を形成してきた背景には、土地の条件と人々の知恵がある。
例えば、茨城県に次ぐ全国第2位の生産量を誇る徳島県では、特に「鳴門れんこん」が有名だ。 徳島での蓮根栽培が本格的に広がったのは、1946年の南海地震による地盤沈下で、沿岸部の水田が塩害に見舞われたことがきっかけだったという。 塩害に強い蓮根への転作が進み、吉野川下流域の豊富な水資源と粘土質の土壌が、きめ細かく色白で艶やかな蓮根を育んできた。 徳島では「備中」という品種が主に栽培され、水圧を利用して手作業で丁寧に掘り出されることが多い。 しかし、近年は連作障害や腐敗病の発生が課題となっており、太陽熱消毒や新たな品種「阿波白秀」の開発など、持続可能な栽培に向けた取り組みが進められている。
一方、全国第3位の生産量を誇る佐賀県では、「白石れんこん」が特産品だ。 有明海のミネラルを豊富に含む重粘土質の肥沃な土壌で育ち、甘みが強く、ほくほくとした粘り気のある食感が特徴とされている。 また、石川県の「加賀れんこん」や山口県の「岩国れんこん」は、江戸時代から伝わる在来種をルーツに持ち、緻密な肉質とデンプン質の多さによるもちもちとした食感が評価されている。
このように見ると、「ひかり蓮根」が土壌微生物の力を最大限に引き出すことで、シャキシャキとした食感と高い糖度を実現しているのに対し、徳島や佐賀の蓮根は、それぞれの地域の土壌特性を活かした独自の食感や風味を追求していることがわかる。同じ「蓮根」という食材でありながら、その背景にある自然条件と人々の工夫は、多様な個性を生み出しているのだ。
「ひかり蓮根」は、その品質の高さから東京・大田市場で「品質ナンバーワン」と評されるなど、流通業者や料理人からの高い評価を得ている。 その美しさと味の濃さは、遠く沖縄からも注文が入るほどだという。 高須農園では、贈答用の高級品として桐の緩衝材に包まれた蓮根を販売するなど、その価値を伝えるための工夫も凝らされている。
しかし、単に高い評価を得るだけでなく、その品質を安定して提供し続けることは容易ではない。高須氏の目標は、安定的に糖度10度を超える蓮根を生産することであり、その挑戦は今も続いている。 蓮根栽培は、天候に左右される地下茎作物であり、予測困難な自然条件の中で、常に最高の品質を追求するには、長年の経験と飽くなき探求心が必要となる。
日本の農業全体が抱える後継者問題や耕作放棄地の増加は、蓮根産地にとっても無縁ではない。 徳島県鳴門市では、コウノトリが飛来する環境に優しい農法で栽培された「コウノトリれんこん」がブランド化されるなど、地域全体で持続可能な農業を目指す動きも見られる。 「ひかり蓮根」のような独自のブランドが確立されることは、消費者への価値の提示だけでなく、農業の魅力を高め、次世代の担い手を育む上でも重要な意味を持つだろう。
「ひかり蓮根」がもたらす驚きは、単なる美味しさに留まらない。それは、蓮根という普遍的な食材の中に、茨城県稲敷市浮島という特定の土地と、高須賢一氏という一人の農家の半世紀にわたる挑戦が凝縮されていることを示している。泥の中で育つ蓮根が持つ「先を見通す」という縁起は、まさに未来を見据えた土壌づくりと、そこに宿る微生物の活動によって実現されていると言えるだろう。
全国各地の蓮根が、それぞれ異なる土壌、気候、そして歴史的背景の中で独自の進化を遂げてきたことは、この食材の奥深さを示唆している。徳島の粘土質土壌が育むきめ細やかな蓮根、佐賀の重粘土質土壌がもたらすねっとりとした甘み、そして茨城の干拓地で光合成微生物農法によって引き出されるシャキシャキとした高糖度。これらは、自然条件への適応と、それを超えようとする人間の創意工夫の結晶だ。
「ひかり蓮根」の物語は、伝統に安住せず、新たな科学的知見と長年の経験を融合させることで、既存の価値観を更新する可能性を提示する。蓮根の穴が示す「見通し」とは、単に未来を予測するだけでなく、足元の土壌の声を聴き、見えない微生物の働きに光を当てることで、より豊かな実りへと繋がる道を見出すことではないだろう。その乾いた事実の積み重ねの中に、確かな発見と静かな熱量が宿っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。