2026/6/14
材木商から始まった「田子重」、静岡の日常に根付く理由

静岡の田子重について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
静岡県中部を中心に展開するスーパーマーケット「田子重」。材木商から始まった意外な歴史と、従業員を大切にする独自の経営哲学が、地域に深く根付く理由を探る。
静岡の日常に溶け込む赤
静岡県中部に足を踏み入れると、街のあちこちで「田子重」という名のスーパーマーケットを見かけることになる。赤いロゴマークと、店内から流れる親しみやすいメロディは、この土地で暮らす人々の日常風景の一部として深く根付いているようだ。しかし、単なる日用品の供給源としてだけでなく、なぜこれほどまでに地域に密着し、確固たる存在感を放ち続けているのか。その背景には、明治時代にまで遡る意外な歴史と、独自の経営哲学が息づいている。
材木商から始まった道
株式会社田子重の歴史は、スーパーマーケット事業の開始よりもはるかに古い。その起源は1872年(明治5年)に遡り、創業者の曽根家が現在の焼津市小川村で材木商を営んだことに始まるという。伊豆の山から伐り出された材木は駿河湾を渡り、黒石川を利用して運搬されていた。曽根家が掲げた看板は「田子重材木店」あるいは「田子十材木店」とされ、屋号の「カネジュウ」に由来するとされている。社名の「田子重」は、創業地のすぐ東にあった「田子ノ橋」と、創業者の曽根重兵衛(十兵衛)の名を組み合わせたものだという説が有力だ。
当時の曽根重助氏や曽根十兵衛氏は、材木商としてだけでなく、地域の治水工事や道路整備にも尽力したと伝えられている。特に田子ノ橋を含む旧小川村小川のインフラ整備は、多くの人々が移り住むきっかけとなり、現在の焼津の賑わいへと繋がった。また、焼津荒祭りにおいて神輿が田子ノ橋を通過するルートになったのも、曽根十兵衛氏の尽力によるものだという逸話も残る。この頃にはすでに地域の人々の間で「たごじゅう」という呼び名が定着していたとされる。
材木商としての歴史が約100年続いた後、1972年(昭和47年)12月15日に株式会社田子重が設立され、翌1973年(昭和48年)6月には焼津市に「スーパー田子重」の1号店である小川店が開業した。 創業当初、社長の自宅が仮事務所となり、市場調査や商談が行われたという。開店日の夕方には従業員に賞与が支給されるなど、創業者の従業員への配慮がうかがえるエピソードも残されている。
初期の店舗展開は、1974年の田尻店、1976年の登呂田店と続く。登呂田店は当時の田んぼの中に立地し、舗装されていない道を客が訪れるため、雨の日は店内が泥だらけになることもあったという。しかし、1977年には同店で夜間営業を始めたことが転機となる。当時の一般的な店が午後6時から7時には閉店していたのに対し、深夜12時までの営業は売上を急激に伸ばす結果を生んだ。 さらに1982年には焼津地区で初となる正月営業に挑戦し、これも時代に合致して好評を博した。
順調な滑り出しを見せた店舗展開だったが、大規模小売店舗法(大店法)の規制強化により、新たな出店は容易ではなくなった。1990年(平成2年)に清水市(現在の静岡市清水区)に駒越店を開店するまで、実に14年もの空白期間があったのは、そうした社会情勢が背景にある。 その後も、2000年(平成12年)にはスーパー瀬名と合併し、スーパー田子重セナ店とするなど、外部環境の変化に対応しながら事業を拡大していった。 しかし、長年地域に愛された創業の地である小川店は、周辺の人口減少と収益低迷のため、2025年(令和7年)4月16日に52年の歴史に幕を下ろすこととなる。これは地域住民から1000名を超える閉店撤回を求める署名が寄せられたにもかかわらずの決定であり、時代の移り変わりを象徴する出来事と言えるだろう。
「ふだん」を支える十八の理念
田子重が静岡の地で確固たる地位を築いてきた背景には、その独自の経営哲学がある。同社が掲げる企業理念は「ふだんを愛する、プロがいる」という言葉に集約されている。 これは、単に商品を販売するだけでなく、「日常の食生活を豊かにするスーパーマーケット」を目指すという姿勢を示している。美味しさ、鮮度、豊富な品揃え、快適な買い物環境、そして手頃な価格であること。これら全てが、顧客の豊かな食生活を支えるための要素だと捉えているのだ。
その経営理念は18条に及び、中でも特に重要なのは「従業員の幸せを考える。その後、お客様の利益を考える」という第二条だ。 多くの企業が顧客第一主義を掲げる中で、従業員の幸福を優先するこの考え方は、田子重の企業文化を形成する上で重要な柱となっている。働く従業員が生きがいを持って楽しく働ける環境を整えることが、結果として顧客への質の高いサービスに繋がるという信念がある。
この理念は具体的な施策にも表れている。新入社員に対しては、入社後半年間の研修期間を設け、精肉、鮮魚、青果、惣菜、レジ、事務といった全ての部門の基礎知識を習得させる。 配属後も社内研修や海外出張研修があり、特にスーパーマーケット発祥の地とされるアメリカへの研修は、従業員の視野を広げ、プロ意識を高める機会となっている。 また、女性従業員が能力を発揮できる環境づくりにも積極的で、事業所内保育所や放課後児童クラブを設置し、育児と仕事の両立を支援している点も特徴だ。
店舗作りへのこだわりも、田子重の特徴の一つである。多くの店舗で「お買いまわりしやすい広々としたフロア」が意識され、休憩所や幼児用の遊具がある「プレイロット」が付設されている店舗も多い。 一部の店舗では無料のコーヒーサービスを提供し、顧客がゆっくりと過ごせる空間を提供している。 こうした設備は、単なる買い物の場を超え、地域住民の生活の一部となることを意図しているのだろう。
商品の品揃えにおいても、地域密着の姿勢が強く反映されている。特に鮮魚コーナーでは、焼津漁港に近い立地を活かし、カツオやマグロをはじめ、シラス、サクラエビなど駿河湾の豊富な海の幸が並ぶ。 青果物においても「○○さんちのイチゴ」といった生産者名を明記した地元産の新鮮な農作物が並び、地域とのつながりを重視している。 また、近年では家族構成やライフスタイルの変化に対応し、惣菜部門の強化を図っている。新しい店舗では、弁当、惣菜、寿司、ベーカリー、バーガー、ピザなどを店内で製造し、最初の通路に陳列することで「即食需要」に応える工夫も見られる。
さらに、情報発信の方法も独特である。新聞折込チラシはほとんど発行せず、代わりにカレンダー形式の「〇月のお買得情報」を各店舗で配布している。 これは、頻繁な価格競争に陥ることなく、顧客との長期的な関係性を重視する姿勢の表れとも解釈できるだろう。これらの多岐にわたる取り組みが、田子重を単なる小売店ではなく、地域社会に不可欠な存在へと押し上げている要因と考えられる。
地域スーパーの多様な生存戦略
静岡県は、東京と名古屋という二大都市圏に挟まれながらも、独自の食文化を育んできた地域であり、その特性ゆえに地場の食品スーパーが活発に競合している。田子重が築き上げてきた地域密着型の経営は、こうした環境下で生き残るための独特な生存戦略と言えるだろう。他の地域スーパーと比較することで、田子重の独自性がより鮮明になる。
例えば、静岡県内で有力な地域スーパーの一つに「しずてつストア」がある。しずてつストアのルーツは1966年に開業した「新静岡センター」のスーパー部門「ファミリーストア」に遡り、1999年にスーパーマーケット事業を継承して現在の形となった。 同社もまた地域貢献活動に力を入れ、児童画コンクールを開催してラッピングバスに採用するなど、地域とのつながりを重視している点は共通している。 しかし、しずてつストアが鉄道会社を母体とするという背景を持つ一方で、田子重は材木商という全く異なる業種から転身し、地域のインフラ整備に貢献してきた歴史を持つ点が異なる。この独自のルーツが、田子重の地域への深い関わり方に影響を与えている可能性はある。
また、同じく静岡県を拠点とする「タカラ・エムシー」が運営する「フードマーケット マム」などは、「鮮度と安さ」を基本コンセプトに掲げ、M&Aによって店舗網を拡大し、売上規模を大きくしている。 一方で田子重は、もちろん価格競争力も意識しつつも、それ以上に「ふだんを愛する、プロがいる」という理念や、「従業員の幸せ」を重視する文化を前面に押し出している。 こうした明確な企業文化は、単なる価格競争に巻き込まれることを避け、顧客ロイヤルティを築く上で重要な要素となっている。
さらに、全国展開する大手スーパーマーケットチェーン、例えばイオングループ傘下の「マックスバリュ東海」と比較すると、その戦略の違いが際立つ。マックスバリュ東海は、合併や事業譲受を通じて広域に店舗を展開し、効率的なサプライチェーンとブランド力を背景に成長してきた。 それに対し田子重は、創業地である焼津市を中心に、静岡県中部から西部、東部へと徐々に展開エリアを広げながらも、あくまで地域に根差した「個店主義」を重視している節がある。 各店舗の店長が地域に合った品揃えを主導する「店長主導型」を採用しているのもその一例だ。 これにより、画一的な商品展開ではなく、その地域の住民が本当に求める商品をきめ細やかに提供できるという強みを持つ。
田子重の「従業員第一」の経営理念は、人材育成にも力を入れる地域スーパーの共通項とも言えるが、特に海外研修制度や充実した社内研修は、従業員の「プロ意識」を育むための投資として際立っている。 これは、単に商品を並べるだけでなく、専門知識を持った従業員が顧客の食生活をサポートするという、より高度なサービスを提供しようとする姿勢の表れだろう。
これらの比較から見えてくるのは、田子重が単なる価格競争や規模の拡大だけを追求するのではなく、材木商時代から培ってきた地域への貢献意識と、独自の従業員重視の哲学を基盤に、地域住民の「ふだんの暮らし」に深く入り込むことで、独自の存在価値を確立してきたという点である。これは、画一化が進む現代の小売業界において、地域固有の文化と結びついたビジネスモデルが持つ可能性を示唆していると言える。
変化の波と新たな店舗の息吹
田子重は、創業以来、時代の変化に柔軟に対応しながら事業を継続してきた。現在の静岡県内には、静岡市、焼津市、藤枝市、島田市、菊川市、沼津市に合計14店舗を展開している。 2025年3月期の売上高は368億円に達しており、地域に根差したスーパーマーケットとして確固たる地位を築いていることがわかる。
近年では、少子高齢化やライフスタイルの多様化、そしてデジタル化の進展といった社会の大きな変化の波に直面している。特に人口減少は、地域密着型スーパーにとって直接的な影響を及ぼす課題だ。その象徴的な出来事が、2025年4月に閉店した創業1号店である小川店のケースだろう。 焼津市小川新町に位置する同店は、半世紀以上にわたり地域住民の食卓を支えてきたが、周辺の人口が10年で25%減少したことや、東日本大震災以降の南海トラフ巨大地震への懸念など、複数の要因が重なり収益の回復が困難になったという。 閉店に際しては、1000名を超える住民から継続を求める請願書が提出されるほど、地域からの強い愛着が示された。
しかし、こうした厳しい現実がある一方で、田子重は新たな挑戦も続けている。近年も積極的な新規出店を進めており、2021年2月には初の静岡県西部地区への出店となる小笠店、2022年3月には初の静岡県東部地区への出店となる西島町店を開業した。 これらの新店舗では、世帯人数の縮小や共働き世帯の増加といった現代のニーズに対応するため、「魚惣菜」「肉惣菜」「サラダ惣菜」といった即食性の高い商品の品揃えを強化している。 また、2023年2月オープンの神戸(かんど)店では、惣菜・ベーカリーの主通路を広く取り、イートインテラスやミニ滑り台、ミニブランコといった遊具を設置するなど、家族でゆったりと買い物を楽しめる空間づくりを目指している。
環境への配慮も現代の重要な経営課題として捉えられている。田子重は、食品ロスの低減、レジ袋の削減、廃棄物の再資源化といった取り組みを進めている。 特に、植物由来の原料を使用した特定プラスチック使用製品の無償提供を2023年8月1日から開始したほか、新設店舗の屋根に自家消費型太陽光発電設備を設置し、照明をLEDに切り替えるなど、再生可能エネルギーの活用や省エネルギー化にも力を入れている。 これらは、持続可能な社会の実現に向けたSDGsへの貢献という側面も持つ。
地域とのつながりも、現代において形を変えながら継続されている。地元の学校とのコラボレーション企画や、地域活性化、新商品開発への取り組みを通じて、単なる商業施設にとどまらない役割を担おうとしている。 従業員が地域社会に貢献すること、そして地域住民が「田子重があって良かった」と感じられる店舗づくりは、これからも同社の根幹を成す目標であり続けるだろう。
土地の記憶と未来の食卓
静岡の街角に立つ田子重の店舗は、一見すると現代の一般的なスーパーマーケットと変わらないように見えるかもしれない。しかし、その根底には、明治期に材木商として地域に深く関わり、インフラ整備に貢献した曽根家の歴史が流れている。 この始まりが、単なる商売を超えた「地域への貢献」という意識を育み、後のスーパーマーケット事業へと受け継がれていったと見ることもできるだろう。
創業者が示した「従業員の幸せを考える。その後、お客様の利益を考える」という理念は、現代の企業経営において改めてその価値が見直されつつある「人的資本経営」の先駆けとも言える。 従業員が安心して働き、成長できる環境を整えることが、結果として顧客への質の高いサービス提供に繋がり、持続的な成長を可能にするという考え方は、田子重の半世紀にわたるスーパーマーケットとしての歩みを支えてきた確かな基盤である。
また、創業の地である小川店の閉鎖は、地域社会の変遷と、それに対応せざるを得ない企業の現実を突きつけるものであった。住民からの強い存続希望にもかかわらず閉店を選択したことは、感情論だけでは立ち行かない経営の厳しさを物語る。 しかし、その一方で、即食需要への対応やSDGsへの取り組み、そして新たな地域への出店といった動きは、田子重が過去の成功体験に固執せず、常に未来を見据えて変化し続けている証拠でもある。
田子重の物語は、地域に根差した企業が、いかにしてその土地の歴史や文化と結びつきながら、時代の荒波を乗り越えてきたかを示す一例と言える。それは、特定の地域でしか見られない「当たり前」の中に、実は普遍的な経営の知恵や、人々の暮らしを豊かにしようとする静かな熱意が息づいていることを教えてくれる。静岡の食卓を彩る「田子重」は、これからもその土地の記憶を背負いながら、未来の日常を創造していくのだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 田子重 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 田子重の名前の由来 | 企業情報 | 田子重 - 「ふだん」を愛する、プロがいる。tagoju.co.jp
- 10-10-64.com
- 【静岡スーパー】スーパー田子重(たごじゅう) 清里店 訪問レビュー(ご当地スーパー巡り)|かもめ_ご当地スーパー巡りが好きですnote.com
- 田子重 - 浅田三等兵の日記asada-santohei.hateblo.jp
- 企業情報 | 田子重 - 「ふだん」を愛する、プロがいる。tagoju.co.jp
- 沿革 | 企業情報 | 田子重 - 「ふだん」を愛する、プロがいる。tagoju.co.jp
- 静岡県に16店舗のスーパー 創業1号店が52年の歴史に幕 1000人超える閉店撤回の署名届かず… - 静岡ライフshizuoka-life.jp