2026/6/2
奥久慈しゃもはなぜ特別?茨城の地鶏開発の歴史とこだわり

茨城の地鶏やブランド鶏について知りたい。奥久慈しゃもが有名?
キュリオす
茨城県奥久慈地方で生まれた奥久慈しゃも。闘鶏の血統と地域の恵みを活かし、長い飼育期間と特別な飼料で肉質を追求した開発経緯を辿る。比内地鶏など三大地鶏との違いにも触れながら、その独自性とブランド確立の道のりを追う。
茨城県と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。海産物、納豆、メロン。しかし、この地には、日本を代表する「地鶏」と称される存在がある。それが奥久慈しゃもだ。関東平野の北東部に位置し、阿武隈・八溝の山系に囲まれた奥久慈地方。寒暖差の激しいこの中山間地域で、なぜこれほどまでに特別な鶏が育まれてきたのか。その背景には、土地の歴史と、人々のたゆまぬ努力があった。
奥久慈地方で古くから軍鶏の飼育が行われてきた背景には、この地の風土が大きく関わっている。元々、軍鶏は江戸時代初期にシャム(現在のタイ)から渡来した闘鶏用の鶏であり、その気性の荒さゆえに群れでの飼育は困難とされた。 しかし、肉質や卵の味に優れることから、食用としての価値も早くから注目されていたようだ。茨城県は、江戸時代から軍鶏の飼育が盛んな地域の一つであったことが、後の奥久慈しゃもの誕生に繋がっていく。
昭和初期には、茨城県で陸軍特別大演習が開催され、昭和天皇が行幸した際には、食肉として軍鶏、名古屋種、ロードアイランドレッド種が調達された記録が残されている。 この三種類の鶏は、偶然にも後の奥久慈しゃものルーツとなる鶏種であった。そして昭和50年代後半、大子町の有志が地域振興の一環として、茨城県養鶏試験場(現:茨城県畜産センター)の技術協力を得て、新たな品種の育種を開始した。 目標は「肉の味を最高に、産卵率・育成率を高く」することであったという。
数々の試験と改良が重ねられた結果、肉の味に優れた軍鶏の雄と、肉と卵の味に定評のある名古屋種の雄、そして産卵率の高いロードアイランドレッド種の雌を交配したF1種鶏の雌を組み合わせることで、現在の「奥久慈しゃも」の血統が確立された。 1985年には「奥久慈しゃも」として本格的に生産・販売が始まり、当初6,500羽程度だった生産羽数は、2017年度末には約51,000羽にまで拡大している。 この成長の背景には、高度経済成長期にブロイラーに飽き足らず、昔ながらの鶏肉の味を求める消費者のニーズがあったことも指摘されている。
奥久慈しゃもの特長は、その肉質にある。脂肪分が少なく、身が締まって歯ごたえがあり、肉汁が豊富で滋味深い味わいが評価されている。 この独特の肉質は、一般的なブロイラーとは異なる、手間暇かけた飼育方法によって生まれる。
まず、飼育期間が長い。奥久慈しゃもの雄は最低110日以上、雌は最低130日以上飼育される。 これは、飼育期間が約50日前後のブロイラーと比較して約3倍もの期間にあたる。 全国に数ある地鶏の中でも、飼育期間が100日を超えるものは奥久慈しゃもや比内地鶏などごく少数だ。 この長い飼育期間が、鶏の足腰を強くし、肉の締まりと旨みを凝縮させる要因となる。
次に、飼育環境が挙げられる。奥久慈しゃもは、28日齢以降、1平方メートルあたり10羽以下というゆったりとした飼育密度で平飼いされる。 奥久慈の豊かな自然に囲まれた環境で、十分に運動できるスペースが確保されることで、気性の荒い軍鶏の野性味をコントロールしつつ、ストレスを軽減させてのびのびと育つことができる。
さらに、飼料にも工夫が凝らされている。動物性タンパク質は使用せず、穀物や青菜を中心に、ヨモギなどの滋養成分や海藻由来の天然ミネラルを配合した低カロリーの専用飼料が与えられる。 これらの飼育方法が一体となり、奥久慈しゃもの緻密でしっかりとした肉質、ジューシーでありながら脂肪分の少ないヘルシーな味わいを生み出しているのだ。 料理人からも高い評価を受け、「全国特種鶏(地鶏)味の品評会」で第1位に選ばれた実績も持つ。
日本には数多くの地鶏が存在するが、その中でも「日本三大地鶏」として知られるのは、秋田県の比内地鶏、愛知県の名古屋コーチン、鹿児島県の薩摩地鶏である。 これらの地鶏と比較することで、奥久慈しゃもの独自性がより鮮明になる。
比内地鶏は、国の天然記念物である比内鶏とロードアイランドレッドを交配して生まれた地鶏で、赤みが強く適度な歯ごたえとイノシン酸を多く含む旨みが特徴だ。 飼育期間は170日程度と奥久慈しゃもよりさらに長いとされることもある。 名古屋コーチンは、その名の通り名古屋種を改良した鶏で、肉だけでなく卵も高く評価されており、きめ細かな肉質とコクのある味が特徴である。 薩摩地鶏は、古くから鹿児島に伝わる薩摩鶏を基にした地鶏で、しっかりとした歯ごたえと深いうま味が持ち味だ。
これらの三大地鶏がそれぞれ長い歴史や特定の鶏種を背景に持つのに対し、奥久慈しゃもは、昭和後期に「肉の味を最高に」という明確な目標のもと、軍鶏、名古屋種、ロードアイランドレッドという三種の鶏を組み合わせることで意図的に開発された経緯を持つ。 この点が、古くから伝わる在来種を純粋培養的に発展させた地鶏とは一線を画す。また、飼育期間の長さも特筆すべき点であり、ブロイラーの約3倍、多くの地鶏が80日以内である中で100日を超える飼育期間は、比内地鶏と並び、奥久慈しゃもの肉質を特徴づける重要な要素だ。
奥久慈しゃもが日本で初めて地理的表示(GI)保護制度に登録された地鶏であることも、その品質と地域との結びつきが公的に認められた証左と言える。 三大地鶏がそれぞれ独自のブランドを確立する中で、奥久慈しゃもは、開発者の意図と地域の自然環境、そして「在来種由来」という地鶏の定義を独自の配合で満たしながら、新たな価値を創造してきたのである。
現在、奥久慈しゃもは高級鶏肉として確固たる地位を築き、その販路は北海道から九州にまで及ぶ。 東京銀座の有名焼き鳥店「バードランド」でも扱われ、ミシュランガイドで星を獲得した店主からも絶賛されているという。 大子町では、奥久慈しゃもを使った親子丼、そば、鍋、さらには韓国料理のサムゲタンをベースにした「シャモゲタン」など、様々な料理が提供されており、観光客もその味を楽しむことができる。
農事組合法人奥久慈しゃも生産組合が中心となり、飼料の供給から出荷まで一貫した管理体制を敷き、品質の維持向上に努めている。 茨城県も「いばらき地鶏認証制度」を設け、奥久慈しゃもを含む県産地鶏の安全性と品質を保証している。 生産者たちは、杉の間伐材を利用した鶏舎で、一鶏舎あたり500羽前後という低密度で鶏を育て、鶏の健康と肉質を追求している。
しかし、その道のりは決して平坦ではない。全国的に高級鶏肉の販売が増加する一方で、鳥インフルエンザの発生などが原因で、奥久慈しゃもの販売羽数が伸び悩む時期もあった。 今後も他の地鶏との競争は激化すると予想されており、無薬飼料の導入や生産費の低減、未利用資源の飼料化など、新たな技術導入や工夫が求められている。 生産者たちは、鶏に目をかけ、ストレスの少ない環境づくりを心がけながら、茨城が誇る地鶏のブランド力を守り、さらに高めていくための努力を続けている。
茨城県奥久慈地方で育まれてきた奥久慈しゃもの物語は、単なる食肉の歴史に留まらない。そこには、地域の自然条件と、それに向き合い、試行錯誤を重ねてきた人々の営みが凝縮されている。気性の荒い軍鶏をベースとしながらも、肉質の向上を追求し、長い飼育期間とゆとりのある環境、そして特別な飼料を与えることで、独自の価値を生み出した。
これは、地域の資源を最大限に活かし、現代のニーズに応える形で再構築するプロセスであったと言える。三大地鶏のような「古くからの血統」とは異なるアプローチで、確固たるブランドを築いた奥久慈しゃもは、地域が持つ潜在的な可能性と、それを引き出す人間の知恵と粘り強さを静かに示している。その肉を味わうことは、単に美味を体験するだけでなく、この土地の風土と、そこに息づく文化の一端に触れることでもあるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。