2026/5/30
用宗で「邪魔モク」から「しずまえアカモク」へ

用宗で獲れるアカモクについて知りたい。最近食べるようになったのか?
キュリオす
用宗では長年漁業の妨げだったアカモクが、2020年頃から栄養価の高さと地域課題解決のため「しずまえアカモク」として本格的に食用化・産業化された。日本海側では古くから食されてきたアカモクの、地域による認識の違いと再評価の道のり。
アカモクの歴史は、現代の「スーパーフード」という言葉からは想像できないほど古い。日本書紀や万葉集には「なのりそ」という古語が登場し、これはアカモクやホンダワラ類を指すと考えられているのだ。 縄文時代から食用とされてきた可能性も指摘されており、日本人が古くから海藻を食生活に取り入れてきた一端をうかがわせる。 しかし、その利用は地域によって大きく異なってきた。特に日本海沿岸の東北地方や新潟県では、アカモクは「ギバサ」や「ナガモ」と呼ばれ、冬場の貴重な食料として伝統的に親しまれてきた歴史がある。 豪雪や季節風が厳しい冬に生鮮野菜が手に入りにくい環境で、栄養補給の代用としてアカモクが重宝されたのだ。 湯通しして細かく刻むことで生まれる強い粘りとシャキシャキとした食感は、これらの地域で独自の食文化を育んできた。 一方で、太平洋側、特に静岡県の用宗のような地域では、アカモクは長らく「邪魔モク」あるいは「ダメ藻」と呼ばれ、厄介者として扱われてきた。 アカモクはホンダワラ科に属し、冬から春にかけて急速に成長し、長いものでは10メートル近くにも達することがある。 この生命力の強い海藻が、漁船のスクリューに絡まったり、シラス漁の網に大量に紛れ込んだりして、漁業の妨げとなることが多かったのだ。 食用としての認識が薄く、その存在は漁業者にとって頭痛の種であり、時には畑の肥料として捨てられることもあったという。 同じ日本列島でありながら、アカモクに対する認識と利用法がこれほどまでに地域によって二分されてきた背景には、食文化の多様性とともに、特定の海藻に対する人々の視点の違いが横たわっていた。
長らく「邪魔モク」とされてきたアカモクが、現代において「スーパーフード」として脚光を浴びるようになったのは、主にその栄養価の高さが科学的に解明されたためである。この転換点にはいくつかの要因が重なっている。 一つの大きなきっかけは、1998年に富山大学の林利光教授が日本薬学会で発表した研究だろう。アカモクのエキスが試験管内でエイズウイルスや単純ヘルペスウイルスの増殖を抑える効果を持つことが確認されたのだ。 この研究は、それまで注目されてこなかったアカモクの機能性成分に光を当てる端緒となった。 その後、アカモクにはフコイダン、アルギン酸、フコキサンチンといった粘質多糖類や、カルシウム、マグネシウム、鉄、カリウムなどのミネラル、そして豊富な食物繊維が含まれていることが次々と明らかになっていく。 これらの成分は、腸内環境の改善、免疫力の向上、抗アレルギー作用、コレステロール値の低下、高血圧の抑制、脂肪燃焼のサポートなど、多岐にわたる健康効果が期待できるとされている。 特に、ワカメやモズクといった他の一般的な海藻と比較しても、アカモクが持つミネラルやポリフェノール類、食物繊維の含有量が多いという報告もある。 このような研究成果がメディアを通じて広まるにつれて、健康志向の高まりと相まって、アカモクは「海のスーパーフード」として全国的な知名度を獲得し始める。特に2010年代以降、その関心は急速に高まった。 静岡市の用宗漁港においても、アカモクを取り巻く状況は大きく変化した。用宗は高品質なシラスの産地として知られているが、近年は黒潮大蛇行などの影響でシラスの漁獲量が不安定な状況が続いていたのだ。 単一魚種への依存からの脱却と、新たな地域産業の創出が喫緊の課題となる中で、それまで邪魔者とされてきたアカモクが、豊富な未利用資源として見直されることになった。 用宗漁港の清水漁業協同組合用宗支所青壮年部が中心となり、2020年からアカモク漁を本格的に開始。 これは、科学的な知見と地域経済の必要性が合致した結果と言えるだろう。
アカモクが「海の厄介者」から「資源」へとその評価を転換させた背景には、他の未利用資源や「スーパーフード」の事例と比較することで、その独自性と普遍性が見えてくる。 例えば、日本国内でも近年注目された「もずく」や「めかぶ」も、そのぬめり成分であるフコイダンが健康に良いとされ、消費が拡大した経緯がある。これらは古くから食されてきた海藻だが、特定の成分に科学的な光が当たり、健康食品としての価値が見出された点でアカモクと共通する。しかし、アカモクの場合、日本海側の一部地域を除いては、食用としての伝統がほとんどなかったという点が異なる。多くの地域では、その存在自体が漁業の妨げでしかなかったのだ。 海外に目を向ければ、チアシードやキヌアといった南米原産の穀物が、その高い栄養価から世界的に「スーパーフード」として普及した例がある。これらはもともと特定の地域で伝統的に食されてきたものだが、現代の栄養学的な知見によってその価値が再評価され、グローバルな市場へと広がった。アカモクも同様に、その栄養価が科学的に証明されたことで、一部地域の伝統食から全国規模の健康食材へと認識が変化したと言える。 アカモクの事例が特徴的なのは、その普及の過程で、地域社会の課題解決という側面が強く絡んでいる点だ。用宗のように、主要漁獲物の不漁に直面した地域が、これまで捨てていた海藻に新たな価値を見出し、産業化を進める動きは、単なる市場のトレンドを超えた地域振興の取り組みである。 静岡県松島湾でのアカモク藻場造成による水質改善の実証試験のように、環境保全の観点からもアカモクが注目されるケースもある。 このように、アカモクの「再発見」は、単に健康ブームに乗じたものではなく、科学的探求、地域経済の変革、そして環境意識の高まりという複数の要因が複雑に絡み合い、その価値を多角的に再定義した結果と言えるだろう。
用宗漁港におけるアカモクの本格的な利用は、2020年から始まった比較的新しい取り組みである。 シラス漁の網に絡まり、長年漁師たちを悩ませてきた「邪魔モク」が、新たな地域の資源として位置づけられたのだ。 アカモクの収穫は、主に冬場に成長し、3月から4月頃に旬を迎える。 用宗の漁師たちは、手漕ぎボートを使って波消しブロックの近くに自生するアカモクを手作業で収穫していく。 収穫されたアカモクは、そのままでは食べられないため、小エビなどの不要物を取り除き、丁寧に洗浄される。その後、湯通しすることで鮮やかな緑色に変化し、細かく刻むことで特有の強い粘りが生まれる。 用宗では、このアカモクを地域ブランド「しずまえアカモク」として展開している。 地元の清水漁業協同組合用宗支所青壮年部が中心となり、地元の飲食店や食品加工会社、さらには高校生とも連携した取り組みが進められているのだ。 例えば、地元のカフェではアカモクとしらすを組み合わせたコロッケやパスタなどのオリジナルメニューが提供され、女性客を中心に人気を集めている。 また、加工会社との協力により、冷凍品や粉末加工品が開発され、年間を通してアカモクを供給できる体制も整えられつつある。 これらの活動は、地元新聞で紹介されたり、静岡市のSDGs連携アワードを受賞したりするなど、地域内外からの注目を集めている。 しかし、アカモクの収穫時期は限られており、需要の高まりとともに持続可能な漁獲方法や資源管理が今後の課題となるだろう。 用宗の漁師たちは、シラス漁の不漁という厳しい現実の中で、アカモクを新たな収入源とし、地域の活気を維持しようと試みている。
用宗で獲れるアカモクが「最近食べるようになったのか」という問いに対しては、いくつかの層に分けて捉える必要がある。 まず、用宗という特定の地域において、アカモクが商業的な食品として積極的に収穫・販売され、一般の食卓に上るようになったのは、2020年頃からという点で「最近」の現象であると言える。 これは、シラス漁の不漁という地域経済の切実な課題と、アカモクの栄養価に関する科学的知見の普及が重なり、地元漁業関係者や行政、企業が連携して新たな産業を創出しようとした結果だ。それ以前の用宗では、アカモクは漁業の障害物であり、食用としての価値はほとんど認識されていなかった。 しかし、日本全体を見渡せば、アカモク自体が「最近」発見された食材というわけではない。日本海沿岸の特定の地域では、古くから「ギバサ」や「ナガモ」として食され、郷土料理の一部として受け継がれてきた歴史がある。 さらに、文献を遡れば、古代日本の歌にもその存在が示唆されるほど、日本人と海藻アカモクの関わりは深い。 したがって、「最近食べるようになったのか」という問いの答えは、「用宗においては、地域課題解決と科学的再評価が融合した結果、ごく近年になって本格的な食用化と産業化が進んだ」となる。それは、古くから一部で知られていた海藻が、現代の価値観と技術、そして地域社会の必要性によって、新たな姿で再生した事例と捉えることができる。用宗のアカモクは、かつて見過ごされてきた資源が、人々の視点の転換と工夫によって、地域の未来を拓く可能性を秘めているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。