2026/5/29
茶畑の脇に金胡麻畑?藤枝で胡麻栽培が始まった理由

藤枝では胡麻の栽培もしているらしい。詳しく知りたい。
キュリオす
お茶の町、藤枝で金胡麻の栽培が始まった背景を探る。耕作放棄地の活用や、水はけの良い土壌、十分な日照といった藤枝の地理的条件が、手間のかかる金胡麻栽培を可能にした。国内自給率の低さも、この試みの意義を際立たせている。
藤枝と聞けば、多くの人は「お茶の町」を思い浮かべるだろう。東海道の宿場町として栄え、古くから茶栽培が盛んなこの地で、まさか胡麻が作られているとは、にわかには信じがたい。しかもそれが、芳醇な香りで知られる「金胡麻」だという。茶畑が広がる丘陵地帯を車で走っていると、不意に茶色の背の低い植物が整然と並ぶ畑が目に飛び込んできた。それは、一般的にイメージされる胡麻畑の風景とは少し異なる。なぜこの茶どころで、わざわざ胡麻を、それも金胡麻を栽培するのか。その背景には、この土地が抱える農業の事情と、小さな挑戦の歴史が隠されている。
藤枝における胡麻栽培の歴史は、決して古いものではない。大規模な産地形成を目指したというよりも、地域が抱える課題への対応として始まった側面が強い。2000年代に入り、茶業を取り巻く環境は厳しさを増し、採算性の悪化や後継者不足から、多くの茶畑が耕作放棄地となっていった。こうした状況に対し、新たな収益源や土地の有効活用策が模索される中で、胡麻が選択肢の一つとして浮上したという。特に「金胡麻」に着目したのは、その高い付加価値と、静岡県の気候風土への適応性が見込まれたためだ。地元農家が試験的な栽培を始めたのは、2010年代に入ってからのことである。当初は小規模な取り組みであったが、耕作放棄地の解消と、新たな特産品開発への期待から、徐々に栽培面積を広げていった経緯がある。
藤枝で金胡麻栽培が成り立つのは、いくつかの条件が重なったためである。まず、胡麻は水はけの良い土壌を好む。藤枝の茶畑は、もともと水はけを重視して造成された丘陵地に多く、これが胡麻の栽培に適した土壌環境を提供している。また、胡麻の生育には十分な日照時間が必要であり、温暖な気候も好条件だ。藤枝市は比較的温暖で日照量も確保しやすいため、生育期間を通じて胡麻が健全に育つ。 しかし、栽培は容易ではない。胡麻は病害虫に比較的強い作物とされるが、収穫期には細心の注意が求められる。特に金胡麻は、鞘が熟すと自然と弾けて種子がこぼれ落ちる「裂莢性」が強い品種が多い。そのため、収穫時期の見極めが非常に重要となり、少しでも遅れると収穫量が激減する可能性がある。 さらに、胡麻は機械化が難しい作物でもある。特に小規模な畑では、播種から除草、収穫、乾燥、選別といった一連の作業の多くが手作業に頼らざるを得ない。藤枝の胡麻栽培も例外ではなく、生産者たちは手間を惜しまず、一つ一つの工程に時間をかけている。この手作業が、最終的な品質を支える要因ともなっているのだ。
国内における胡麻の自給率は極めて低い。現在、日本で消費される胡麻のほとんどは海外からの輸入に頼っており、自給率は0.1%にも満たないとされる。これは、胡麻栽培が手間のかかる上に、海外産に比べて価格競争力が劣るため、大規模な生産が難しいという背景がある。国内で胡麻を生産する地域は限られており、鹿児島県喜界島や沖縄県など、特定の地域で伝統的に栽培されてきた歴史がある。これらの地域では、主に白胡麻や黒胡麻が中心であり、喜界島の胡麻は特に有名だ。 藤枝の金胡麻栽培は、こうした国内産胡麻の希少性の中に位置づけられる。他地域の胡麻が伝統的な農業や地域文化に根ざしているのに対し、藤枝の場合は、耕作放棄地対策という現代的な農業課題への対応として始まった点が特徴的である。大規模な産地を形成するのではなく、むしろ小規模ながら高付加価値の金胡麻に特化することで、他産地との差別化を図ろうとしている。これは、国産胡麻というニッチな市場において、新たな価値を創出しようとする試みと言えるだろう。
現在、藤枝市内で胡麻を栽培する農家はまだ少数に留まるが、その取り組みは着実に広がりを見せている。耕作放棄地となっていた茶畑の一部や、稲作が行われなくなった水田跡地などを活用し、胡麻畑へと転換する動きが見られる。生産された金胡麻は、地元の菓子店や飲食店での利用のほか、胡麻油や胡麻ドレッシングなどの加工品としても商品化されている。 「藤枝産金胡麻」としてブランド化を進め、地域の特産品としての認知度を高めようとする努力も続けられている。道の駅や直売所では、その希少性から関心を集める存在となっているようだ。生産者たちは、茶栽培で培った土壌管理の知識や、地道な手作業の技術を胡麻栽培にも応用している。茶畑が広がる風景の中に、時に金色の胡麻の鞘が実る畑が点在する。それは、この地域の農業が新たな可能性を模索する、現在の姿を映し出している。
藤枝の金胡麻栽培は、単に新しい農産物を生み出す試みに留まらない。それは、地域の農業が直面する課題に対し、具体的な行動で応えようとする姿勢の表れだ。茶どころとして知られる土地で、あえて手間のかかる胡麻、それも希少な金胡麻を選ぶという選択には、単なる経済合理性だけでは説明できない、土地と向き合う農家の視点がある。かつて茶が植えられていた土地に、背の低い胡麻が風に揺れる光景は、この地域の風景に新たな色と、静かな問いを投げかけている。それは、農業が常に変化し、その土地の条件と人の手によって姿を変えていく過程を、私たちに示しているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。