2026/6/11
岐阜のこもどうふ、藁の模様と「す」の秘密

岐阜のこもどうふとはなにか?どうやって作るの?
キュリオす
岐阜の飛騨地方に伝わる「こもどうふ」。藁で豆腐を巻き、茹でることで生まれる独特の「す」が、だし汁を吸い込み深い味わいを生み出す郷土料理の成り立ちと製法を紹介。
岐阜県、特に飛騨地方の食卓に並ぶ「こもどうふ」は、初めて目にする者に静かな驚きを与えるだろう。一般的な豆腐が持つ滑らかな表面とは異なり、その肌には藁を巻いたような独特の網目模様が刻まれているのだ。これがただの意匠ではなく、製法そのものによって生まれた痕跡であると知れば、さらにその背景に興味が湧く。なぜ、この地の豆腐はこのような姿をしているのか。それは単なる郷土料理の枠を超え、厳しい自然と向き合ってきた人々の知恵と工夫の結晶と言える。
こもどうふの歴史は、明確な記録に乏しいものの、山間部の暮らしと深く結びついている。古くから飛騨市や高山市を中心とする飛騨地域で親しまれてきたこの豆腐は、家庭で豆腐を作った際の余りものを有効活用することから始まったと言われている。肉類が貴重だった時代、豆腐は重要なタンパク源であり、その保存方法もまた生活の知恵であった。一般的な豆腐は日持ちがしないため、人々は藁を持ち寄り、そこに豆腐を詰めて大きな鍋で茹でることで、保存性を高めたのだという。
この共同作業は、単なる食料加工に留まらず、地域コミュニティの絆を深める役割も果たしただろう。農作業で得られる藁は、当時の暮らしにおいて身近な素材であり、それを編んで「こも」とする技術もまた、代々受け継がれてきたものだ。こうして生まれたこもどうふは、やがて盆や正月、祭りなどの特別な「ハレの日」の料理として、また仏事の際にも供される、飛騨を代表するもてなしの味として定着していったのである。
こもどうふの製法は、その独特の食感と風味を生み出す上で欠かせない。まず、軽く水切りした木綿豆腐を適当な大きさに切り分ける。この豆腐を、編んだ藁のむしろ、すなわち「こも」でしっかりと巻き、紐で縛る。この際、豆腐の間に人参やごぼうといった山菜を挟み込む地域もあるようだ。
次に、この藁で巻かれた豆腐をたっぷりの熱湯で1時間ほど茹でる、あるいは蒸す工程が続く。この加熱によって、豆腐の内部には「す」と呼ばれる無数の気泡が形成される。この「す」こそがこもどうふの最大の特長であり、その後の味付けにおいてだし汁をたっぷりと吸い込むスポンジのような役割を果たすのだ。茹で上がった豆腐は、藁の香りがほんのりと移り、表面には藁の網目模様がくっきりと残る。その後、醤油や砂糖、みりんなどで調味しただし汁でじっくりと煮含めることで、深い味わいが染み込む。煮崩れしにくいしっかりとした弾力も、この製法によってもたらされる。「中までしっかり味がこもる」という意味から「こもどうふ」と名付けられた、あるいは「しみどうふ」とも呼ばれるのは、この吸水性と風味の良さに由来する。
豆腐を加工する文化は日本各地に存在するが、こもどうふの製法は、その中でも独特の立ち位置にある。例えば、茨城県や福島県、群馬県の一部地域にも、豆腐を藁苞(わらづと)や菰(こも)で包んで塩茹でする「つと豆腐」と呼ばれる類似の郷土料理がある。これらは、豆腐の保存性を高めるという点で共通の背景を持つと言えるだろう。
一方で、同じ岐阜県内でも、中濃・西濃地方には「からし豆腐」という異なる豆腐料理が存在する。これは丸いドーム状の豆腐の中にからしが封じ込められており、冷ややっことして食される夏の味覚だ。また、佐賀県有田町には、デンプンを加えて作られる「ごどうふ」があり、こちらはぷるぷるとした餅のような食感が特徴である。
これらの比較から見えてくるのは、こもどうふの独自性である。単に藁で包むだけでなく、その状態で茹でる、あるいは蒸すという加熱工程を挟むことで、豆腐の組織に意図的に「す」を作り出す。これにより、他の豆腐にはない、だし汁を吸い込む力と、煮崩れしにくい独特の弾力が生まれるのだ。これは、山間部で貴重だった調味料を無駄なく活用し、簡素な豆腐を豊かな味わいの料理へと昇華させるための、地域固有の工夫であったと考えられる。
現代においても、こもどうふは飛騨地域の食卓に欠かせない存在である。正月のおせち料理や雑煮に入れられたり、祭りのごちそうとして振る舞われたりするだけでなく、日常的なおかずとしても親しまれている。
地元のスーパーマーケットでは、真空パックされたこもどうふが並び、手軽に購入できるようになっている。すでに味付けがされているものも多く、家庭での調理の手間を省く工夫もされている。また、飛騨地方の飲食店や宿泊施設の中には、郷土料理としてこもどうふを提供するところもあり、観光客もその味に触れる機会が増えている。
一方で、藁を編む技術や、伝統的な製法を家庭で実践する機会は減少傾向にある。農林水産省の「うちの郷土料理」の記述にも、近年では「豆腐を巻きすで巻いて作ったり、市販のこも豆腐を調理したりすることが増えている」とあり、伝統的な道具や手間を要する工程が簡略化されている実態が窺える。しかし、そうした変化の中でも、こもどうふが地域の人々に愛され、土産物としても流通している事実は、この郷土料理が持つ価値が今もなお認識され続けていることの証左だろう。
岐阜の山間部に伝わるこもどうふは、一見すると素朴な豆腐料理に過ぎないかもしれない。しかし、その藁の模様や、だしを吸い込んだ内部の無数の気泡は、この地の歴史と人々の暮らしを静かに物語っている。肉が貴重な時代に、手近な豆腐をいかに美味しく、そして長く食べ続けるかという切実な問いに対し、藁という自然の素材と、熱湯による加工、そしてだしによる味付けという複合的な知恵で応えた結果が、この独特の姿なのだ。
それは単なる保存食でも、贅沢な珍味でもない。質素な素材を最大限に生かし、工夫と手間を惜しまないことで、日常に深く根差し、そして祝いの席をも彩る一品へと昇華させてきた。こもどうふが持つ、だしを吸い込む「す」は、単なる物理的な空隙ではなく、この土地の風土と人々の精神が染み込んだ奥行きを示していると言えるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。