2026/6/14
洞爺丸事故が契機となった青函トンネル、建設の経緯と技術的挑戦

青函トンネルについて詳しく教えて欲しい。いつできたの?
キュリオす
1954年の洞爺丸事故をきっかけに、天候に左右されない青函トンネル建設が動き出した。複雑な地質と高水圧、湧水という困難を乗り越え、先進導坑や作業坑を活用した独自の工法で、世界最長の海底トンネルが完成した。
海底に刻まれた、もう一つの津軽海峡
津軽海峡に立つと、荒々しい潮流が遠くの水平線へと吸い込まれていくのが見える。本州と北海道を隔てるこの海峡は、古くから人々にとって渡るべき障壁であり、同時に希望を運ぶ道でもあった。かつては青函連絡船がその役割を担ったが、今は海面下深くを列車が走り抜けている。全長53.85kmにも及ぶ青函トンネルが、この海峡の地下に横たわっているのだ。私たちはなぜ、これほどの巨大な構造物を、この過酷な条件下で作り上げたのだろうか。その問いの答えは、単なる技術的な挑戦を超えた、時代と人々の強い願いの中に見出すことができる。
洞爺丸の悲劇とトンネルへの道筋
青函トンネルの構想は、明治時代後期にまで遡るが、その建設が具体的に動き出す大きな契機となったのは、1954年(昭和29年)9月26日に発生した「洞爺丸事故」である。台風15号、通称「洞爺丸台風」によって、青函連絡船「洞爺丸」を含む5隻の船が津軽海峡で沈没し、1,175人もの犠牲者を出した。この大惨事は、当時の青函連絡船の安全性に対する根本的な疑念を呼び起こし、天候に左右されない、より安全な交通手段の必要性を強く認識させることとなった。
事故以前から、津軽海峡は水深が深く海流も速いため、船での航行は決して容易ではなかった。 陸路での連絡を求める声は以前から存在したが、洞爺丸事故がその構想に「ゴーサイン」を出したと言える。 1946年(昭和21年)頃には国による地質調査が開始され、1961年(昭和36年)3月23日には建設が開始された。 しかし、技術的な課題が多く、実際に建設可能との結論が出されたのは1971年(昭和46年)になってからである。
この間、トンネル建設のための具体的なルート選定も進められた。当初は下北半島大間崎から北海道汐首岬へ通じる東ルートが検討されたが、水深が270メートルと深く、火山帯の存在も懸念された。そのため、水深が約140メートルと浅い津軽半島の竜飛岬から北上する西ルートが採用された。 この西ルートは、氷河期にナウマン象が行き来したとされる「陸の道」をなぞるものであったとも言われている。 1971年(昭和46年)9月には本工事が着手され、本州側と北海道側で起工式が実施された。 調査開始から24年、本格着工から17年後の1988年(昭和63年)3月13日、青函トンネルはついに開業した。
未知への挑戦と三つのトンネル
青函トンネルの建設は、「未知への挑戦」であった。 総延長53.85kmのうち、海底部が23.30kmを占めるこの巨大トンネルは、当時世界最長の鉄道トンネルであり、海面下240mという深さに達する。 津軽海峡の複雑な地質と高水圧、そして大量の湧水は、工事を極めて困難なものとした。
この難工事を可能にしたのは、独自の工法と技術開発である。青函トンネルは、列車が走行する「本坑」のほかに、「先進導坑」と「作業坑」という合計三つのトンネルで構成されている。 まず、地質調査と施工技術の開発を目的とした「先進導坑」が掘り進められ、その成果を元に、機械や資材の運搬、土砂の排出、そして排水を行うための「作業坑」が並行して掘削された。 そして、これら二つのトンネルの先導と並行作業を経て、ようやく最終的な列車が通る「本坑」が掘り進められるという手順がとられた。
工事期間中には、海底部の掘削で4度もの大出水事故が発生し、水没の危機に瀕することもあった。 特に1976年(昭和51年)5月に発生した出水では、最大70トン/分という大量の水が噴出し、3,000m以上の区間が水没したという。 こうした困難を克服するため、レーザー測量、世界最長の水平ボーリング、水ガラスとセメントミルクの混合物を高圧で注入する地盤注入、コンクリート吹付工法、ロックボルト工法など、多くの新技術が開発され、実用化された。 これらの技術は、その後の日本のトンネル技術の発展に大きく貢献したと言われている。 延べ約1,400万人の作業員が携わり、総工事費は約6,900億円にも上った。
海底トンネルが示す共通の課題
青函トンネルのような大規模な海底トンネルは、世界を見渡しても数少ない。その代表例として挙げられるのが、イギリスとフランスを結ぶ「英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)」である。青函トンネルと英仏海峡トンネルは、ともに海峡を横断する鉄道トンネルであり、全長もそれぞれ53.85kmと50.5kmと近い長さを持つ。 しかし、その建設環境や背景にはいくつかの違いが見られる。
英仏海峡トンネルがドーバー海峡の比較的浅い水深(最大60m)と均質なチョーク層を掘削したのに対し、青函トンネルは津軽海峡の最大水深140m、そして複雑な第三紀火山岩・堆積岩という地質条件に直面した。 この地質の違いは、掘削工法にも影響を与えた。英仏海峡トンネルが主にTBM(トンネルボーリングマシン)シールド工法を用いたのに対し、青函トンネルでは在来工法がメインで、地質に応じた複数の工法が使い分けられた。 例えば、安定した地質区間では底設導坑先進上部半断面工法が、上半分から掘削する上部半断面先進工法などが採用されている。
建設期間にも差がある。英仏海峡トンネルが1984年から1995年の約11年間で完成したのに対し、青函トンネルは調査斜坑着工から1988年の開業まで約24年を要した。 総工費も、青函トンネルが約6,900億円であったのに対し、ユーロトンネルは約1兆7,000億円とされている。 このような違いはあれど、両者ともに国家間の物流や人的交流を促進するという共通の目的を持ち、海底という過酷な環境下での技術的困難を克服し、多大な時間と費用を投じて建設された点では共通している。
さらに、青函トンネルは2016年にスイスのゴッタルドベーストンネル(57.09km)が開通するまでは、世界最長の鉄道トンネルであった。 これらの巨大トンネル群は、それぞれの地域の地理的・地質的特性と、当時の技術水準、そして社会の要請が複雑に絡み合って生まれた、人類の土木技術の到達点を示していると言えるだろう。
新幹線と共用する青函の現在
青函トンネルは、開業当初は在来線の津軽海峡線として利用され、旅客列車と貨物列車が走行していた。 しかし、2016年(平成28年)3月26日に北海道新幹線(新青森〜新函館北斗間)が開業すると、青函トンネルはその一部として組み込まれ、新幹線と貨物列車が共用走行する区間となった。
現在、青函トンネル内には3本のレールが敷設された「三線軌条」方式が採用されており、新幹線(標準軌1,435mm)と貨物列車(狭軌1,067mm)が同じトンネル内を走行している。 この共用走行は、トンネル内の保守作業を全国で最も難易度の高いものにしているという。 特に、新幹線と貨物列車がすれ違う際の風圧による貨車の吹き飛ばしや脱線を防ぐため、新幹線はトンネル内で最高時速140kmに制限されてきた。 これは、新幹線本来の最高速度260km/hと比較すると大幅な減速であり、開業当初から課題として認識されていた。
この速度制限を緩和するため、2019年には最高速度が160km/hに引き上げられ、さらに2020年12月からは特定の時期に時間帯区分方式が導入され、一部の時間帯で最高速度210km/h、2024年4月からは260km/hでの走行が可能となっている。
トンネルの設備は開業から30年以上が経過し、老朽化も進んでいる。 JR北海道は、排水設備のポンプ更新や列車火災検知装置の改修など、トンネル機能保全のための大規模な改修工事を継続的に実施している。 青函トンネルは、北海道の農産物などの大量輸送を担う貨物列車にとっても不可欠な存在であり、北海道経済を支える物流の要としての役割も大きい。 東日本大震災の際には、北海道と本州間の電力融通にトンネル内の高圧線が使用されるなど、インフラとしての多様な重要性も示された。
過去と未来を繋ぐ地下の道
青函トンネルは、単に本州と北海道を結ぶ交通インフラというだけでなく、日本の土木技術の歴史における一つの到達点を示している。洞爺丸事故という悲劇を契機に、不可能とも思われた海底トンネル建設に挑み、数々の技術的困難を克服しながら完成に至った経緯は、災害からの復興と、より安全で効率的な社会基盤を求める人々の強い意志が結晶化したものと言える。
この巨大な地下構造物は、建設当時世界最長であり、その後の日本のトンネル技術に多大な影響を与えた。現在、北海道新幹線と貨物列車が共用走行するという特殊な運用形態をとりながら、その維持管理には多大な労力と費用が費やされている。新幹線本来の速度が出せないという課題や、設備の老朽化という現実にも直面しているが、これらの問題解決に向けた取り組みもまた、技術の進化と運用の最適化を促す原動力となっている。
青函トンネルが示すのは、困難な自然条件に抗い、あるいは適応しながら、長期的な視点で社会の基盤を築き上げてきた人間の営みである。それは、過去の教訓を未来へと繋ぎ、絶え間ない改善を求める意志の具体的な形として、今日も津軽海峡の底を静かに貫いている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- japias.jpcontest.japias.jp
- どうして青函トンネルが掘られたのか?contest.japias.jp
- 青函トンネル | 山岳トンネル技術 | 大成建設 Technology & Solution テクノロジー&ソリューション(テクソル)taisei-techsolu.jp
- 青函トンネル | 鉄道建設事業の概要 | 鉄道建設 | JRTT 鉄道・運輸機構jrtt.go.jp
- 【今日は何の日?】青函トンネルの契機になった日本史上最悪の海難事故発生(1/2 ページ) | 乗りものニュースtrafficnews.jp
- 【技術士二次試験】技術士は歴史に学ぶ ~夢物語を夢のままで終わらせない~青函トンネル完成へのあゆみ~【技術士試験 建設部門】gijutsushi-goukaku.jp
- 世界で絶賛された青函トンネルの測量技術とは? | Through the LENS by TOPCON(スルー・ザ・レンズ)topcon.co.jp
- 青函トンネルのあゆみ(完成前)|青函トンネル(メモリアルボード)|駅・鉄道・観光|JR北海道- Hokkaido Railway Companyjrhokkaido.co.jp