2026/6/17
幻の米「大正餅」復活と古民家再生で長岡の里山に根差す江口だんご

長岡の江口だんごについて詳しく教えて欲しい。
キュリオす
長岡の江口だんごは、信濃川の茶屋から始まり、幻の餅米「大正餅」の復活と古民家再生を経て、里山に本店を構える。食文化と土地の価値を現代に伝える菓子店である。
里山の風景に佇むだんご屋の問い
長岡市街地から車で柏崎方面へ向かう国道8号線を走ると、やがて視界は田園風景へと移り変わる。周囲に店らしい建物が見当たらない静かな里山に、突如として現れる巨大な串だんごのオブジェ。それが江口だんご本店の目印だ。築130年以上の古民家を再生した店舗は、単なる和菓子店というよりも、ある種のテーマパークのような趣を醸し出している。なぜ、これほど歴史あるだんご屋が、利便性の高い市街地ではなく、この長岡の里山に、わざわざ古民家を移築・再生して本店を構えたのだろうか。この場所を選ぶに至った背景には、単なる商売を超えた、ある種の信念が横たわっているように見える。
信濃川の茶屋から古民家再生の夢へ
江口だんごの創業は明治35年(1902年)に遡る。初代の江口駒吉が、当時信濃川の中州にかかっていた長生橋のたもとで茶屋「お休み処 橋駒」を開いたのが始まりとされている。 明治9年に完成した初代長生橋は、中州を挟む二本の木橋であり、行き交う旅人や行商人たちにだんごや煮しめなどを提供し、賑わいを見せていたという。 しかし、明治40年(1907年)の大洪水で中州の茶屋は流失し、店舗は東岸の山田町へと移転を余儀なくされた。
太平洋戦争による一時的な営業中断を経て、戦後に事業を再開したのは三代目の江口賢司である。彼は日本各地で和菓子の修行を積み、長岡に帰郷後、だんご・大福専門店として本格的に菓子店を営み始めた。 当時珍しかったデパートでの実演販売が評判を呼び、長岡市内のデパート全てに販売店を持つまでに成長する。 昭和48年(1973年)には、車社会の到来を見据え、郊外型の工場兼店舗を西津町に建築。数寄屋風の店構えで製造・販売・喫茶を兼ねた直売店として、新たな展開を図った。
四代目の江口太郎が家業を継ぐ頃、東京や大分での菓子修行を経て、新たな店舗開発に着手する。 特に大分での修行中に出会った古民家を再生した茶寮に感銘を受けたことが、後の本店構想に大きな影響を与えたという。 当時、新潟では古くなった建物の多くが取り壊されていたが、大分で見た新潟からの移築古民家が、洗練された空間として生まれ変わっていることに衝撃を受けたのだ。 「地元の人たちが、その土地の住文化の価値に気づき守っていくべきではないか」という思いを抱いた江口太郎は、地元長岡で古民家を再生した店舗を作ることを決意する。 そして2005年、長岡市宮本東方町に、大正時代に建てられた旧長岡藩家老の屋敷など、複数の古民家部材を活用して再生された本店がオープンした。これは親子二代にわたる長年の夢の結実であった。
幻の餅米「大正餅」と里山の必然
江口だんごの製品、特に笹だんごや餅菓子を支える基盤には、「米・ヨモギ・小豆」という厳選された素材と、昔ながらの製法へのこだわりがある。 中でも注目すべきは、50年の時を経て2005年に復活を遂げた「里宮大正餅」の存在だろう。 「大正餅」はコシが強く、柔らかさが長続きし、独特の旨味を持つ餅米であったが、栽培の難しさから昭和30年頃には「幻の餅米」となっていた。 三代目賢司の「大正餅の味が忘れられない」という一言がきっかけとなり、四代目太郎は「この素晴らしい餅米と文化を今に伝えたい」という思いから、その復活プロジェクトを始動させた。
この大正餅の復活は、容易な道のりではなかった。探し始めて5年が過ぎた頃、ようやく宮本の農家でわずかな量の大正餅が見つかる。 そこから、コガネ餅の種もみと混在していた大正餅を区別し、絶やすことなく育てるための地道な努力が始まった。 収穫期の遅い大正餅をコガネ餅とは別に手作業で刈り取るなど、地元農事法人との試行錯誤が繰り返され、気の遠くなるような手間暇をかけて栽培が続けられた結果、2005年に「里宮大正餅」として復元に成功したのだ。
江口だんご本店が、あえて長岡の里山に立地する理由も、この大正餅の復活と深く結びついている。四代目社長の江口太郎が理想としたのは、田んぼに囲まれ、山と川が近くにある自然豊かな場所だった。 この宮本地区はその理想に適しており、周囲に「何もない」と言われるような場所だからこそ、美しい里山や稲穂の風景、ゆったりと流れる時間が存在するという認識があった。 本店敷地内には長屋の体験スペース「餅土間」があり、餅米の植え付けから餅つきまでを体験できる田植え会員を募るなど、食を通じて新潟・長岡の自然と文化を伝える活動も行われている。 大正餅の生産現場が見渡せる場所に店舗を構えることで、単に菓子を販売するだけでなく、その素材が育まれる環境や、それを取り巻く文化そのものを体感できる場所として機能しているのだ。
笹だんごが持つ普遍性と地域性
新潟名物として全国に知られる「笹だんご」は、江口だんごの代表的な商品の一つである。 笹の葉で包まれた俵形のおだんごは、およそ500年前から新潟の中越・下越地方と福島県会津地方の一部で食べられてきたとされる。 笹の葉には殺菌作用があり、戦国時代には上杉謙信が携行保存食として携帯していたという俗説も存在するが、これを裏付ける確固たる証拠はない。 しかし、笹で包むことで保存性を高めた餅菓子という形状は、いかにも携帯食として理にかなっており、そのくらい昔から存在したのではないかという推測を呼ぶ。
笹だんごの材料は、もち米とうるち米を乾燥させて粉にしたもの、よもぎ、砂糖、小豆あん、そして笹の葉とイグサ(またはスゲ)の紐である。 よもぎの新芽を使い、もち粉をメインに少量の小麦粉を配合することで、歯にまとわりつかない柔らかな食感を生み出しているという。 北海道産小豆の粒あんは甘さ控えめで、よもぎの風味と調和する。 江口だんごでは、この笹だんごを一つひとつ職人の手で包み、昔ながらの杵つき・後蒸し製法にこだわっている。 後蒸し製法は、笹の香りがだんごに馴染み、本来の美味しさを引き出す効果がある。
笹だんごが持つ普遍性は、餅米を葉で包むという形態が日本各地に見られることからも伺える。例えば、中国から伝わったとされる「ちまき」も、餅米を殺菌力や防腐性のある葉で包んだ保存食であり、新潟では笹で三角にしたちまきをきなこで食す習慣がある。 また、全国的に有名な餅菓子店の中には、家庭で作られていた笹だんごを商品として打ち出し、上越新幹線開業をきっかけに全国に知られるようになった例もある。
しかし、江口だんごの笹だんごには、独自の地域性が色濃く反映されている。特に「里宮大正餅」の復活は、単なる伝統菓子の継承に留まらない。幻の餅米を自ら栽培し、それを使って笹だんごを作るという一連の流れは、長岡の土地と食文化への深い敬意を示すものだ。一般的に笹だんごは農家がくず米をおいしく食べる工夫から生まれたとも言われ、砂糖が貴重だった時代には甘くなかったが、各家庭で様々なアイデアの笹だんごが作られていたという。 江口だんごは、その普遍的な知恵を現代に引き継ぎつつ、長岡固有の「大正餅」という稀有な素材を用いることで、他にはない特別な笹だんごを生み出しているのである。
古民家が紡ぐ現代の風景
江口だんご本店は、長岡市宮本東方町の1500坪にも及ぶ広大な敷地に、古民家2軒を再生して作られた店舗兼喫茶、そして蔵を改装したカフェを展開している。 国道沿いでありながら、周囲は田園地帯と里山に囲まれ、訪れる人々は日本の原風景を感じられると評される。 築130年以上の古民家は、豪雪地帯である新潟の気候に耐えうる太い柱や梁を持ち、その重厚な構造を活かしつつ、現代的な照明やステンドグラスが配され、クラシック音楽が流れる洗練された空間となっている。 「暗い、寒い」といった古民家のイメージを払拭し、古き良きものを現代に活かす工夫が凝らされているのだ。
店内では、笹だんごや五色だんご、ちまきといった伝統的な餅菓子のほか、長岡独自の醤油赤飯、さらには幻の米「里宮大正餅」を使った「むかしぼたもち」なども販売されている。 喫茶スペースでは、田園風景を眺めながら甘味やランチを楽しむことができる。 また、土日祝日には焼きたてのだんごが提供され、その場で味わうことも可能だ。
江口だんごは、本店以外にも長岡市内に複数の店舗を展開している。 例えば、近年オープンした摂田屋店は、江戸時代から続く醸造の町として知られる摂田屋地区に位置し、こちらも古民家を改装している。 摂田屋店では、日本庭園を眺めながら甘味を楽しめる喫茶スペースがあり、醸造蔵の発酵商品を使った「蔵元菓子」など、その土地ならではの商品も提供している。 地域との連携を重視し、食を通じて新潟・長岡の魅力を発信し続ける姿勢は、単なる菓子製造販売業に留まらない。米の植え付けから餅つきまでを体験できる田植え会員の募集や、地域活動を支えるソーシャルアクションにも取り組んでいる。
過去と土地が織りなす現代の価値
長岡の江口だんごの歩みは、単に老舗和菓子店の歴史として語られるだけではない。そこには、失われた地域の食文化を掘り起こし、現代に再構築していくという、一貫した試みが見て取れる。初代が信濃川の中州で茶屋を営み、水運と人々の往来に寄り添った時代から、三代目が全国修行を経て菓子専門店として基盤を固め、四代目が古民家再生と幻の餅米復活に情熱を注ぐ現代に至るまで、その節目には常に「土地」と「文化」への問いかけがあった。
多くの老舗が効率化や多角化を追求する中で、江口だんごはあえて手間のかかる「里宮大正餅」の復活を選び、その生産現場を見渡せる場所に本店を築いた。 これは、菓子そのものの美味しさだけでなく、それが生まれる背景、育まれる風景、そしてそれに関わる人々の営みまでをも含めて「商品」として提供しようとする姿勢の表れだろう。現代社会において、効率や利便性が重視される一方で、手間暇をかけたもの、物語性のあるものへの価値が見直されている。江口だんごは、その価値を100年以上前から受け継がれてきた「だんご」という形を通して、長岡の里山という具体的な場所で示している。
古民家の再生もまた、単なるノスタルジーに留まらない。かつて取り壊されかけていた雪国の古民家が持つ構造的な強さや美しさを再評価し、現代の感性で快適な空間として蘇らせた。 これは、過去の遺産を単に保存するのではなく、現代の生活やビジネスの中に活かし、新たな価値を生み出す実践と言える。江口だんごは、長岡の風土が育んだ米と、雪国の知恵が詰まった古民家、そしてそこに息づく人々の思いを織り交ぜることで、単なるだんご屋の枠を超えた、地域文化の発信拠点となっている。その場所でだんごを味わうことは、長岡の歴史と自然、そしてそれらを未来へ繋ごうとする人々の静かな熱意に触れることでもあるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 古民家再生で日本のよさを今に伝える。老舗和菓子店「江口だんご」 | 長岡市の公式Webメディア「な!ナガオカ」na-nagaoka.jp
- 古民家の老舗だんご屋で味わう革新の味「江口だんご本店」/長岡市|新潟県観光協会公式ブログ たびきち|【公式】新潟県のおすすめ観光・旅行情報!にいがた観光ナビniigata-kankou.or.jp
- 長岡のソウルフード「江口だんご」完全ガイド | 2025 年のリアルなLemon8ユーザー体験lemon8-app.com
- e-dango.com
- dhrc.co.jp
- 一歳のお誕生日に名前入りお祝い一升餅|新潟土産の笹団子と餅菓子…古民家再生の江口だんご本店eguchidango.web.fc2.com
- 古き良き新潟の風景に | 伊藤聡子 オフィシャルブログ 「Be active! Be graceful!」 Powered by Amebaameblo.jp
- e-dango.com
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