2026/5/28
伊東温泉の湯は肌に優しい?豊富な湯量と静かな賑わいの秘密

温泉地としての伊東の特徴は?湯はどんな感じ?
キュリオす
平安時代から続く伊東温泉の歴史と、毎分約2万7千リットルという静岡県随一の湧出量を解説。単純温泉中心の肌に優しい泉質と、熱海とは異なる穏やかな雰囲気が、湯治文化を支えてきた背景を探る。
伊東温泉の開湯は平安時代にまで遡ると言われている。古くから湯治場として人々に親しまれ、その歴史は室町時代の文献にも登場するという。 江戸時代には、慶安3年(1650年)に三代将軍徳川家光へ樽詰めにした湯が献上された記録も残る。 これは伊東の湯が当時すでに高い評価を得ていたことを示す出来事だろう。 明治時代の中頃になると、汽船や三島までの鉄道を利用して東京方面からの来訪者が増え始める。 当時は自噴する温泉を遠くまで引く技術が未発達だったため、限られた湯場にのみ宿が存在したという。しかし明治末期から機械掘削技術が開発され、源泉の数は急速に増加した。大正時代には松川の両岸に多くの温泉旅館や別荘が建ち並び、温泉地としての伊東の骨格が形成されていったのだ。 昭和初期には、木造三階建ての旅館「東海館」が開業し、その精緻な建築美は多くの湯治客を惹きつけた。 戦後は交通の便のさらなる向上、特に昭和13年(1938年)の国鉄伊東線の開通や、昭和36年(1961年)の伊豆急行線開通が、伊東の観光開発を大きく後押しする。 伊豆高原方面へのリゾート開発も進み、伊東温泉はその玄関口として活況を呈した時期があった。 このように、伊東は古くからの湯治文化を土台としつつ、時代の変遷とともに交通インフラの整備と掘削技術の進歩が重なり、大規模な温泉地へと発展していったのである。
伊東温泉の最大の特徴の一つは、その圧倒的な湧出量にある。伊東市によれば、毎分26,836リットル(2024年1月現在)という湯量は静岡県内で最も多く、全国でも有数の規模を誇る。 また、源泉数も750本を超えると言われており、この豊富な湯量が大規模ホテルでの源泉かけ流しを可能にしている。 全国的に見ても、これほど多くの湯が自噴に近い形で供給される場所は稀である。 泉質は主に単純温泉と塩化物泉、そして一部に硫酸塩泉が見られる。 特に単純温泉は、無色透明で無味無臭、肌への刺激が少ないことで知られている。 この低刺激性は、乳幼児から高齢者まで、幅広い年齢層が安心して入浴できる理由とされる。 塩化物泉は、塩分が肌に薄い膜を作り、湯冷めしにくい保温効果が高いのが特徴だ。 また、硫酸塩泉も保温効果を高める作用を持つ。 湧出温度は源泉によって異なるが、45度から52度前後のものが多く、浴槽に届く頃には加温や加水なしで適温となるケースも少なくない。 これは温泉本来の成分を損なわずに楽しめる「源泉かけ流し」の文化を支える重要な条件である。リウマチや脳卒中の回復期、骨折や外傷、病後の回復期などに適応があるとされ、心身のリラックス効果も期待できるという。 伊東の湯は、その豊富な量と穏やかな質によって、古くから湯治場としての役割を果たし続けてきたのである。
伊東温泉と並び称される熱海温泉は、同じ伊豆半島東海岸に位置しながら、その雰囲気や泉質には明確な違いがある。熱海は、駅前から活気ある商店街が広がり、飲食店や観光施設が密集する、より「賑やか」で「アクティブ」な温泉地として知られている。 新幹線停車駅であるため都心からのアクセスも良く、短い滞在でも旅行の満足感を得やすい。 熱海海上花火大会のような大規模イベントも年間を通じて開催され、カップルやファミリー層に人気が高い。 泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物温泉が主体で、湧出温度は約98度と高温の源泉が多い。 塩分を多く含むため、湯に浸かると肌にまとわりつくような感触があり、保温効果が高いのが特徴だ。
一方、伊東は熱海と比較して「穏やか」で「落ち着いた」雰囲気が漂う。 温泉街は熱海ほど観光客の密度が高くなく、大人向けの静かな滞在を好む層や一人旅に選ばれる傾向がある。 豊富な湯量を活かした源泉かけ流しを重視する宿が多く、温泉そのものをじっくりと楽しむ「休む温泉旅」に適していると言えるだろう。 泉質も、熱海の塩化物泉が持つ強い個性に比べ、伊東の単純温泉は無色無臭で刺激が少なく、より「優しい」肌触りである。 熱海が「旅行に来た!」という高揚感を提供するならば、伊東は「やっと休めた……」と肩の力が抜けるような、異なる種類の安らぎを提供しているのである。
現代の伊東温泉は、古くからの湯治文化と新しい観光の形を模索しながら、その魅力を発信し続けている。市内には源泉かけ流しを謳う宿が多数点在し、歴史ある共同浴場から、道の駅伊東マリンタウンの天然温泉「シーサイドスパ」のような現代的な施設まで、多様な入浴体験を提供している。 JR伊東駅前から海へと続く「湯の花通り商店街」には、昔ながらの土産物店や飲食店が並び、散策しながら気軽に足湯や手湯を楽しむことができる。 昭和初期の建築美を今に残す「伊東温泉観光・文化施設 東海館」は、かつての旅館の風情を伝えるとともに、日帰り入浴も可能で、伊東の歴史と建築に触れる貴重な機会を提供している。 また、伊東は豊かな自然景観も魅力の一つである。城ヶ崎海岸の吊り橋や、小室山のリフトから望む相模湾と富士山の眺望は、温泉と合わせて楽しめる。 温泉地としての伊東は、単に湯に浸かるだけでなく、その周辺の自然や歴史、そして穏やかな街の雰囲気を丸ごと味わう滞在型のリゾートへと進化しているのだ。
伊東温泉の湯は、その豊富な湧出量と穏やかな泉質によって、他の多くの温泉地とは異なる存在感を示している。熱海が持つような華やかさや賑やかさとは一線を画し、伊東は静かに、しかし確実に、訪れる人々に「休む」ことの価値を問いかけているように見える。 源泉かけ流しが可能なほどの湯量と、肌に優しい単純温泉が中心であることは、温泉の効能を追求する湯治文化がこの地に深く根付いた理由だろう。温泉地としての発展の過程で、伊東は乱開発を抑制し、既存の源泉を守るための取り組みも行ってきたという。 このことは、単なる観光資源としてだけでなく、恵まれた自然の湯を大切に守り継ごうとする土地の姿勢を示している。伊東の湯に浸かるとき、それは単に体を温める行為に留まらず、この土地が長きにわたり育んできた「湯治」という文化、そして自然との向き合い方を静かに体感することなのかもしれない。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。