2026/6/11
岐阜・白扇酒造はなぜ「飲めるみりん」を生み出すのか?三つの米と三年熟成の秘密

岐阜の白扇酒造について教えて欲しい。味醂が有名だ。
キュリオす
岐阜県川辺町で江戸時代後期からみりん造りを続ける白扇酒造。もち米、米麹、自家製米焼酎の三つの米を使い、90日の仕込みと三年以上の熟成を経て生まれる「福来純」は、そのまま飲めるほどの品質を誇る。その製法と歴史を辿る。
岐阜県加茂郡川辺町。飛騨川がゆったりと流れるこの地で、白扇酒造は江戸時代後期からみりんを造り続けてきた。みりんといえば、料理の風味を整える脇役と捉えられがちだが、白扇酒造が手がける「福来純 伝統製法 熟成本みりん」は、その常識を覆す。琥珀色に輝き、そのまま飲んでも美味だというそのみりんは、なぜこの地で生まれ、どのようにしてその品質を保ち続けているのだろうか。
白扇酒造の創業年は明確な記録がないものの、江戸時代後期には既にみりん屋として存在していたとされる。当初は近隣の清酒蔵元から酒粕を仕入れ、粕取り焼酎を造り、それを用いてみりんを醸造していたという。 明治時代に入ると「加藤醸造店」として地域に親しまれ、明治32年(1899年)には酒類製造免許を取得し、清酒の醸造も開始した。
この地でみりん造りが根付いた背景には、当時の川辺町の地理的条件が関わる。かつて川辺町は、飛騨方面から木材を筏に組んで流す水運の拠点、いわゆる「川湊」として栄えた。 木材運搬に携わる人々が、疲労回復のために甘いものを重宝し、みりんが「甘い酒」として飲用されていた可能性があるのだ。 近隣の関市に鰻屋が多いことも、鰻のたれにみりんが使われることを考えれば、みりんの需要が高かったことを示唆している。
昭和40年代の高度経済成長期には、低価格のみりん風調味料が台頭し、伝統的な本みりんの売上は厳しい状況に陥った。 しかし、昭和50年代後半頃から、当時の四代目当主が広報に力を入れ、昔ながらの製法を守る「福来純三年熟成本みりん」が食品研究家やメディアから注目を集めるようになった。これが転機となり、白扇酒造は再びその名を広めていくことになる。
白扇酒造の「福来純 伝統製法 熟成本みりん」の製法は、もち米、米麹、そして自家製米焼酎という三つの「米」を主要原料とする。 なかでも、もち米には飛騨地方産の「たかやまもち」を、麹米には「ひだほまれ」を使用するなど、地元岐阜県産の原料にこだわっている。
まず、蒸したもち米に手造りの米麹と自家製の米焼酎を混ぜ合わせ、「もろみ」を仕込む。 このもろみを約90日間かけて糖化・熟成させる。 この期間、米麹の酵素がもち米のデンプンをブドウ糖やオリゴ糖に、タンパク質をアミノ酸に分解し、みりん特有のまろやかな甘みと深い旨味、芳醇な香りを生み出す。
仕込み後、もろみは昔ながらの槽(ふね)でゆっくりと手搾りされる。 そして、搾られたみりんの原液は、さらに蔵の中で三年以上の歳月をかけて熟成されるのだ。 この長期熟成によって、みりんは琥珀色に深まり、とろりとした濃厚な口当たりと、複雑で上品な甘み、そしてまろやかな味わいを獲得する。 白扇酒造は、この熟成による味の変化を重視しており、瓶詰め後も熟成が進むため、時間とともに色や味、香りが変化していく特徴を持つ。
現在、市場に流通するみりんには、大きく分けて「本みりん」「みりん風調味料」「みりんタイプ調味料(発酵調味料)」の三種類がある。 白扇酒造が造るのは、米、米麹、焼酎のみを原料とし、長期熟成させる伝統的製法の本みりんだ。 これに対し、工業的製法の本みりんは、アルコールや糖類を添加し、熟成期間も40〜60日と短いものが多い。 さらに「みりん風調味料」はアルコール分が1%未満で酒税の対象外となり、水あめなどの糖類やグルタミン酸、香料を混ぜ合わせて作られるため、本みりんとは原料も製法も大きく異なる。
伝統製法の本みりんの代表的な産地としては、愛知県の三河地方が知られる。「三州三河みりん」は200年以上の歴史を持つ銘柄もあり、こちらも上質なもち米と米麹、本格焼酎を原料に、長期糖化熟成させる製法が特徴だ。 三河みりんが、温暖な気候と良質な水に恵まれた三河湾沿岸地域で発展したのに対し、白扇酒造のある岐阜・川辺町は飛騨川の清流と山に囲まれた内陸の地である。
両者ともに伝統的な製法を守り、長期熟成による複雑な甘みと旨味を追求している点では共通する。しかし、白扇酒造の大きな特徴は、みりんに使う焼酎も自社で製造している点にある。 米麹も本格焼酎もすべて手造りという徹底したこだわりは、全国的にも珍しいとされる。 この自家製焼酎が、白扇酒造のみりん特有のクリーンさの中に深い味わいをもたらす要因の一つだろう。
白扇酒造は現在、日本酒「花美蔵」や焼酎、リキュールなども製造しているが、やはり「福来純 伝統製法 熟成本みりん」が主力商品である。 五代目の加藤祐基氏も、この伝統製法を次世代に残すべく、様々な取り組みを行っている。
「飲めるみりん」としての評価は高く、一流料亭や料理人からも支持されている。 実際、グラスに注がれたみりんは琥珀色に輝き、そのまま食前酒や寝酒として楽しむこともできる。 牛乳割りやホットみりんレモンなど、新しい飲み方も提案されている。 2013年にはNIKKEIプラス1の特集で、料理のプロ50人が選ぶ調味料の「本みりん」部門で第1位を獲得したこともある。
また、2019年には物置になっていた蔵を改装し、カフェスペースを開設。 訪れる人々がみりんの歴史や文化に触れ、その魅力を体感できる場を提供している。 現代の多様な食文化の中で、伝統的な調味料であるみりんの可能性を広げようとする彼らの試みは続いている。
岐阜の山あいに位置する白扇酒造の「福来純 伝統製法 熟成本みりん」は、単なる調味料ではない。もち米、米麹、自家製米焼酎という三つの米が、90日の仕込み期間と三年以上の熟成期間を経て、琥珀色の液体へと姿を変える。 その手間と時間は、現代の効率性とは対極にある。
このみりんの物語は、日本の食文化における「甘み」の役割を問い直す。かつて甘い酒として飲用され、やがて料理の味を深める調味料となったみりん。 白扇酒造の製品は、その両方の側面を現代に伝える。それは、単調な甘さではなく、複雑な旨味と香りを伴う、奥行きのある甘みである。
料理の脇役として見過ごされがちなみりんが、実はその土地の歴史や人々の営み、そして時間という見えない要素によって深く形作られている。白扇酒造の「福来純」が示すのは、当たり前の中に潜む、豊かさの発見なのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。