2026/6/23
甲斐駒ヶ岳の花崗岩が育む「白い州」の軟水、ウイスキー醸造を支えるまで

山梨の白州の歴史について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
山梨県白州町は、甲斐駒ヶ岳の花崗岩層で磨かれた極めて軟らかな水が特徴。この水は、縄文時代から人々の暮らしを支え、江戸時代には宿場町として栄えた。近代には、この軟水がウイスキー醸造に適していることから、サントリー白州蒸溜所が建設され、地域の産業を形作ってきた。
古代からの水の恵みと街道の賑わい
白州の地には、はるか縄文時代から人々が生活を営んできた痕跡が残る。甲斐駒ヶ岳を主峰とする山地の麓に広がる台地には、縄文前期(約7000年前)から後期にかけての遺跡が多数分布しており、下教来石の加久保遺跡や鳥原の浦門遺跡などがその例だ。豊かな渓流の水と日照に恵まれたこの地は、当時の人々にとって格好の居住地であったことがうかがえる。
時代が下り、江戸時代に入ると、白州は交通の要衝として新たな役割を担うようになる。江戸幕府によって整備された五街道の一つである甲州街道がこの地域を通過し、台ヶ原と教来石が宿場町として栄えたのだ。 台ヶ原宿は、江戸から日本橋を起点として40番目の宿駅にあたり、甲府と諏訪を結ぶ街道の中間点に位置していた。天保14年(1843年)の記録によれば、宿内には本陣1軒、旅籠14軒が並び、総家数は153軒、人数は670人を数えたという。 ここでは参勤交代の大名や善光寺参り、身延山参りの巡礼者たちが休憩し、人馬の継ぎ立てが行われた。また、信州方面からの年貢米が鰍沢河岸へと運ばれる中継地でもあり、塩の道としても機能したため、多様な商売が軒を連ねていたとされる。 宿場町の繁栄は明治36年(1903年)の中央線開通とともに変容していくが、今も台ヶ原宿には当時の面影を残す家並みが一部に残り、往時の賑わいを静かに伝えている。
花崗岩が磨き上げた「白い州」の物語
白州の地が「名水」と称される背景には、この地域特有の地理的・地質的条件が深く関係している。その源は、標高2967メートルを誇る南アルプス・甲斐駒ヶ岳である。 この山に降り注ぐ雨や雪は、長い年月をかけて地中深くに浸透し、花崗岩の地層によって濾過される。
甲斐駒ヶ岳周辺には、新第三紀中新世前半の約1500万年前に形成されたとされる甲斐駒ヶ岳花崗岩体が広く分布している。 花崗岩は、石英や長石、黒雲母などの鉱物からなる火成岩の一種で、水をよく含む性質がある。 この花崗岩層を何十年もの時間をかけて通過するうちに、水は不純物を取り除かれ、炭酸ガスやカルシウム、マグネシウム、カリウム、珪素といったミネラル類が微量ながらバランスよく溶け込んだ、硬度約30度の極めて軟らかな水となるのだ。 このような軟水は、口当たりがまろやかで、ウイスキーや日本酒の醸造、あるいは繊細な食品加工に適していると言われる。
そして、「白州」という地名そのものも、この地質と水の働きに由来している。南アルプスの山々を浸食した河川が、花崗岩の白い砂を扇状地や沖積層として堆積させ、広大な「白い州」を形成したことから名付けられたという経緯がある。 「白州・尾白川」は環境省選定の「名水百選」にも選ばれており、その水質は古くから評価されてきた。 水が大地を磨き、大地が水を育む。この循環こそが、白州の根幹をなす要素なのである。
水質が導く産業の多様性
白州の良質な水は、この地で育まれてきた産業の多様性に直結している。特に顕著なのは、酒造りと飲料水製造の分野だろう。
1973年、サントリーは山崎蒸溜所に次ぐ第二のウイスキー蒸溜所として、白州の地に白州蒸溜所を建設した。 創業者である鳥井信治郎の思いを受け継いだ二代目社長の佐治敬三は、山崎とは異なる個性のモルト原酒を求めて全国を探し、この白州の清冽な水と豊かな自然環境を選んだのだ。 白州の水は、山崎の仕込み水(硬度約90度)と比較して硬度が低く、穏やかでクリーンな原酒を生み出す。 蒸溜所は広大な森林に囲まれ、「森の蒸溜所」とも称されるその環境は、ウイスキーの風味に若葉やミントを思わせるフレッシュな香りを付与すると言われている。 また、サントリーは「サントリー天然水 南アルプス」のボトリング工場も白州に併設し、名水を全国に届けている。
酒造りでは、江戸時代から台ヶ原宿で続く造り酒屋「七賢」も、甲斐駒ヶ岳の伏流水を用いて酒を醸し続けている。 軟水は酒の酵母の働きを穏やかにし、きめ細かく、まろやかな味わいの日本酒を生み出すとされる。他にも、白州町では、この清らかな水を利用した農業も盛んである。きのこ栽培など、水質に敏感な作物の生産が行われ、地域資源を活かした農産物加工も試みられている。 道の駅「はくしゅう」では、地元農産物や加工品が販売され、地域経済の一翼を担っているのだ。
このように、白州の水は単なる飲料水に留まらず、地域の産業構造そのものを形作り、発展させてきた原動力となっている。
日本各地の水と白州の個性
日本には「名水百選」に選ばれた場所が数多く存在するが、白州の水の特異性は、その源流と地質、そしてそれによって育まれた産業に現れる。たとえば、京都の伏見は、古くから酒どころとして知られるが、その仕込み水は一般的に中硬水であり、白州の軟水とは異なる。伏見の水は、酒にコクと旨味を与えると言われ、芳醇な日本酒を生み出す土壌となっている。対して白州の軟水は、より繊細で軽やかな酒質、あるいはウイスキーの複雑な香りを引き出すことに寄与していると言えるだろう。
また、同じ山梨県北杜市内には、白州・尾白川の他に「八ヶ岳南麓高原湧水群」と「金峰山・瑞牆山源流」も名水百選に認定されており、一つの市に三カ所もの名水が存在する稀有な地域である。 八ヶ岳南麓高原湧水群の代表的な湧水である三分一湧水は、戦国時代に武田信玄が農業用水を三等分するために整備したという歴史を持ち、地域の生活用水として重要な役割を担ってきた。 こちらの水も、大滝湧水を含め、地域の住民によって長年管理・保全されてきた歴史がある。
これらの事例と比較すると、白州の水は、その軟水という特性が、特に近代以降のウイスキー蒸溜という国際的な産業を誘致し、世界的なブランドを確立するに至った点で、独自の発展を遂げたと言える。他の名水地が農業用水や地域文化の基盤として水を利用してきたのに対し、白州は、その水質がもたらす繊細な味わいが、嗜好品としての価値を最大限に引き出すことに成功したのである。水が単なる資源ではなく、製品の「個性」そのものとなる、その違いが白州の特質を際立たせている。
「森の蒸溜所」が守る水、未来へ
現代の白州は、その名水と豊かな自然環境を基盤に、多様な顔を持つ地域へと発展している。サントリー白州蒸溜所は、1973年の竣工以来、日本のウイスキー文化を牽引する存在であり続けている。 1994年にはシングルモルトウイスキー「白州12年」が発売され、国内外で高い評価を獲得した。 現在も、蒸溜所見学ツアーには多くのウイスキーファンが訪れ、その製造工程や「森の蒸溜所」と呼ばれる環境を体験している。
しかし、この豊かな水の恵みを享受する一方で、その保全活動もまた、地域の重要な課題である。白州蒸溜所が約82万平方メートルもの広大な敷地を持ち、その83%が自然環境保護のために未開発であることは、水を育む森そのものを守るという意志の表れだろう。 敷地内にはバードサンクチュアリ(野鳥の聖域)も設けられ、多様な生物と共存する環境が維持されている。 地域住民も、尾白川渓谷周辺でごみ拾いや草刈りを行うなど、水質保全活動に積極的に取り組んでいる。 2014年には、白州を含む南アルプス地域がユネスコエコパークに登録され、豊かな自然環境と人々が共生する価値が国際的に認められた。
白州の地は、単に水が湧き出る場所ではなく、その水が育む生態系、それを守る人々の営み、そして水が生み出す文化と産業が一体となって存在する場所なのだ。水の恩恵を未来に繋ぐための、弛まぬ努力がここにはある。
澄んだ水が示す、大地の記憶
白州の歴史を辿ると、この地の中心には常に「水」があったことが見えてくる。縄文時代から人々が定住を始めたのも、甲州街道の宿場町が賑わったのも、そして今日のウイスキーやミネラルウォーター産業が発展したのも、すべては南アルプスの花崗岩が磨き上げる清冽な水がもたらしたものであった。
「白州」という地名が、白い砂が堆積した扇状地を表現しているように、この地の水は、単に透明であるだけでなく、大地が刻んできた長い時間の記憶を宿している。水底の白い砂礫は、数百万年をかけて山々が削られ、運ばれてきた花崗岩の結晶であり、その粒一つ一つが、大地の歴史を物語る。
尾白川の渓谷に立つと、光が水底で屈折し、幾重にも重なる透明な層が見えるという。 その光景は、白州の清らかな水が、いかに深い地層を通り、長い時間をかけて磨き上げられてきたかを静かに示している。この地の水は、過去から現在、そして未来へと、変わらぬ姿で生命と産業を支え続けるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 白州町の歴史の流れ【白州町の考古】 | 山梨県歴史文学館 山口素堂とともに - 楽天ブログplaza.rakuten.co.jp
- 白州町 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 北杜市白州町台ヶ原の町並みmatinami.o.oo7.jp
- 山梨県 歴史文学館 山口素堂資料室 : はくしゅうまち白州町<白州町>(昭和59年 「角川日本地名大辞典」による)kamanasi4321.livedoor.blog
- 台ヶ原宿 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 白州町台ヶ原の町並kyoshu-komichi.com
- 環境省選定 名水百選/詳細ページwater-pub.env.go.jp
- 白州の味わいをつくる、天然水の源流を訪ねる シングルモルトウイスキー白州 サントリーsuntory.co.jp