2026/6/1
土浦駅の青いラインはなぜ?廃線跡が自転車の街へ

土浦の駅にはレンタサイクルが沢山あり、自転車の街っぽかった。なぜ自転車の街になったのか?
キュリオす
土浦駅の青いラインは、廃線となった筑波鉄道の跡地を「つくば霞ヶ浦りんりんロード」として整備した結果生まれた。駅ビル全体をサイクリスト向け施設にし、自転車の街としての地位を確立した経緯を紹介する。
JR土浦駅の改札を出て、駅ビル「プレイアトレ土浦」へと足を踏み入れると、まず目に飛び込むのは床に描かれた鮮やかな青いラインだろう。アスファルトを模した床材に引かれたその線は、まるで屋外のサイクリングロードがそのまま駅の中に続いているかのようだ。実際、この線に沿って自転車を押して歩くことができ、館内にはレンタサイクルショップやシャワー、更衣室、そして自転車と一緒に泊まれるホテルまでが整備されている。多くの地方都市が駅前の活性化に苦心する中で、これほどまでに自転車に特化した駅空間は珍しい。なぜ土浦はこれほどまでに「自転車の街」としての顔を強く打ち出すようになったのか。駅の構内にまで自転車の動線が引かれる背景には、この土地がたどってきた歴史と、現代のまちづくりにおける戦略的な選択があった。
土浦が自転車の街として現在の姿を現すまでには、鉄道という過去の記憶が深く関わっている。かつてこの地域には、土浦駅から岩瀬駅までを結ぶ「筑波鉄道」が走っていた。大正7年(1918年)に開業したこの路線は、筑波山の観光客や真壁の石材輸送、そして沿線住民の生活の足として69年間にわたり利用されてきたのだ。最盛期の昭和40年代には年間400万人を超える利用客があったというが、モータリゼーションの進展とバス路線の充実により利用客は減少し、昭和62年(1987年)にその歴史に幕を閉じることになる。
鉄道の廃止は、沿線自治体にとって大きな転換点であった。当初、沿線市町村は鉄道存続を求める運動を展開したが、代替バス輸送網の整備と地域振興への茨城県の協力を条件に、廃止に同意する。そこで浮上したのが、廃線跡地を「大規模自転車道」として活用する構想であった。線路跡地は、急なカーブや勾配が少なく、自転車道として整備するのに適した条件を備えていたのだ。
茨城県は平成4年(1992年)に筑波鉄道の路線敷地を買収し、自転車道としての整備事業を開始する。そして、平成5年(1993年)には一部区間の供用が始まり、総事業費80億7千万円を投じて、平成14年(2002年)に全長40.1kmの「筑波りんりんロード」が全線開通した。
この廃線跡を活用した道は、その後、さらに広がりを見せる。平成12年(2000年)には、日本で2番目に広い湖である霞ヶ浦の湖岸を周回する自転車道の整備が開始され、平成28年(2016年)には旧筑波鉄道の廃線敷と霞ヶ浦湖岸道路が統合され、全長約180kmにも及ぶ「つくば霞ヶ浦りんりんロード」として生まれ変わった。この統合されたルートは、平成31年(2019年)11月には国土交通省が創設した「ナショナルサイクルルート」の第一次指定を受け、琵琶湖を一周する「ビワイチ」や瀬戸内海の「しまなみ海道サイクリングロード」と並び称される、全国有数のサイクリングコースとしての地位を確立するに至ったのだ。この指定は、土浦が自転車の街として歩む上で、決定的な転換点となったと言えるだろう。
土浦が自転車の街として発展した背景には、複数の要因が複合的に作用している。その一つは、旧筑波鉄道の廃線跡地が持つ地形的な利点である。鉄道はもともと、急勾配や急カーブを避けて建設されるため、その跡地は自転車道としても非常に走りやすい条件を備えている。土浦から筑波山方面へ続く約40kmの旧鉄道区間は、信号が少なく、緩やかな起伏しかないため、初心者からベテランまで幅広いサイクリストが安心して走行できる。また、霞ヶ浦を周回するコースも、ほとんど起伏のない平坦な道が続き、雄大な湖の景色を楽しみながらロングライドができる環境を提供している。
次に、土浦駅を「サイクリングのゲートウェイ」として戦略的に位置づけた拠点整備が挙げられる。平成30年(2018年)にJR土浦駅ビル内にオープンした「プレイアトレ土浦」は、「日本最大級のサイクリングリゾート」をコンセプトに掲げ、サイクリストにとって至れり尽くせりの施設「りんりんスクエア土浦」を擁している。ここでは、ロードバイクやE-バイク、キッズバイクなど多様な車種のレンタサイクルが用意されており、手ぶらで訪れてもすぐにサイクリングを楽しめる。さらに、シャワーや更衣室、ロッカー、自転車のメンテナンススペース、そして自転車を部屋に持ち込めるホテルまで併設されており、サイクリストのあらゆるニーズに応える体制が整えられているのだ。駅直結というアクセスの良さは、輪行で訪れるサイクリストにとって大きな魅力であり、土浦を起点とするサイクリング文化の定着に寄与している。霞ヶ浦湖畔にも「りんりんポート土浦」が整備され、これらの拠点が一体となってサイクリストをサポートする体制を築いている。
そして、行政による明確な「自転車のまちづくり構想」と、それを支える官民連携の推進も重要な要因である。土浦市は、平成29年(2017年)に施行された「自転車活用推進法」を受け、令和2年(2020年)に「土浦市自転車のまちづくり構想」を策定した。この構想は、自転車を活用した地域活性化と自転車文化の醸成を目標とし、観光振興だけでなく、市民の健康増進や環境負荷低減といった多角的な効果を期待している。茨城県や周辺自治体、JR東日本といった民間事業者と連携し、「つくば霞ヶ浦りんりんロード利活用推進協議会」を設立するなど、官民一体となって魅力的なサイクリング環境の整備やイベントの開催に取り組んでいるのだ。この組織的な推進力が、土浦を単なる通過点ではなく、サイクリングを目的とした目的地へと変貌させたと言える。
土浦が自転車の街として存在感を放つ背景には、他の著名なサイクリングルートとの比較から見えてくる独自性がある。日本には「しまなみ海道」や「ビワイチ」といった、全国的に知られたナショナルサイクルルートが他にも存在する。これらのルートが、それぞれ多島美の景観や広大な湖を巡る魅力でサイクリストを惹きつけているのに対し、「つくば霞ヶ浦りんりんロード」は、廃線跡という歴史的遺産を基盤としている点で特徴的だ。
しまなみ海道が橋で島々をつなぎ、瀬戸内海の多島美を活かした景観を売りとする一方で、その道程には起伏も少なくない。ビワイチも琵琶湖という象徴的な自然景観を一周する壮大なルートだが、交通量の多い一般道を走行する区間もある。対して、つくば霞ヶ浦りんりんロードの旧筑波鉄道区間は、鉄道のために整備された路盤を転用しているため、勾配が緩やかでカーブも少なく、初心者でも走りやすいという特性を持つ。これは、かつて人や物を運んだ鉄道の「道」が、現代においてレジャーと健康を運ぶ「道」へとその役割を変えた好例と言えるだろう。
また、土浦が他のルートと一線を画すのは、その「拠点」の思想である。しまなみ海道やビワイチにもサイクリスト向けの施設は点在するが、土浦駅の「プレイアトレ土浦」のように、駅ビル全体がサイクリングを核とした複合施設として機能している例は稀である。駅直結でレンタサイクル、シャワー、メンテナンス、宿泊までを完結できるワンストップサービスは、遠方から手ぶらで訪れるサイクリストにとって、計画の容易さと利便性という点で大きなアドバンテージとなる。これは、土浦が単に「道」を提供するだけでなく、「体験」そのものをデザインし、都市機能とサイクリング文化を融合させようとする意図の表れではないか。
さらに、土浦の自転車のまちづくりが観光客誘致だけに留まらない点も注目される。土浦市は、サイクリングを地域経済の活性化、住民の健康増進、環境負荷低減といった多角的な側面から捉え、自転車活用推進計画を策定している。これは、単なるレジャーとしての自転車利用を超え、自転車を地域社会のインフラとして位置づけようとする試みであり、他の地域におけるまちづくりのモデルケースともなりうる視点を提供する。駅ビル内に地元の店舗が入居したり、サイクリストが地域の飲食店を利用したりする動きは、自転車が地域経済に新たな循環を生み出す可能性を示唆している。
現在、「つくば霞ヶ浦りんりんロード」は、多様なサイクリストのニーズに応えるコースを提供している。土浦を起点とした主なコースは、大きく分けて二つある。一つは、旧筑波鉄道の廃線跡を利用した約40kmのルートで、筑波山方面へと向かうものだ。このコースは、勾配が少なく、信号も少ないため、初心者やファミリー層でも安心して走ることができる。沿線には、かつての駅舎を休憩所として活用した「筑波休憩所」や「真壁休憩所」などが点在し、鉄道時代の面影を感じながら休憩できる。特に、桜川市の真壁地区では、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された歴史ある町並みを巡ることができ、サイクリングと歴史散策を組み合わせた楽しみ方が可能だ。また、ルートの途中からは日本百名山の一つである筑波山が次第に大きく姿を現し、健脚なサイクリストであれば、そこから筑波山へのヒルクライムに挑戦することもできる。
もう一つは、日本で二番目に広い霞ヶ浦を一周する「かすいち」と呼ばれる約140kmのロングコースである。このコースもほとんど起伏がなく平坦で、霞ヶ浦の雄大な水辺の景色を存分に堪能できるのが魅力だ。湖畔には「霞ヶ浦総合公園」や「天王崎公園」といった休憩スポットがあり、道の駅たまつくりでは地元の特産品を味わうこともできる。湖の景色に加え、かすみがうら市では果樹園が点在し、季節によってはフルーツ狩りを楽しむこともできるだろう。
土浦駅には「ル・サイク土浦」や「タビペダル」といったレンタサイクルショップがあり、ロードバイク、クロスバイク、電動アシスト自転車(E-bike)など、様々な種類の自転車を借りることが可能だ。E-bikeの普及は、体力に自信のない層や、より気軽に長距離サイクリングを楽しみたい層にとって、大きな後押しとなっている。
年間を通じて、サイクリングイベントも盛んに開催されている。「いばらきK1ライド」のように霞ヶ浦を巡るファンライドイベントや、筑波山を舞台にしたヒルクライムレース「ツール・ド・つくば」などが開催され、多くのサイクリストが参加している。土浦市は、これらのイベントを通じて、サイクリング文化のさらなる浸透と地域経済の活性化を目指しているのだ。駅周辺の老舗蕎麦屋がサイクリストの休憩所として再注目されるなど、地域全体でサイクリストを歓迎する動きも広がっている。
土浦の駅にレンタサイクルが並び、青いラインが床を走る風景は、単に自転車が好きな人々が集まる場所という以上の意味を持っている。それは、かつて地域の動脈であった鉄道という「土地の記憶」が、現代において自転車という新しい動線として再構築された結果である。昭和62年(1987年)に廃線となった筑波鉄道の跡地は、一時は失われた交通インフラであったが、茨城県と沿線自治体、そして民間事業者の戦略的な連携によって、全長約180kmの「つくば霞ヶ浦りんりんロード」として蘇った。
この再構築は、土浦を「サイクリングのゲートウェイ」として位置づけ、駅ビル全体をサイクリスト向けの複合施設へと変貌させた。これは、単なる観光地の整備に留まらず、交通の結節点である駅を中心とした都市機能の再編であり、地域活性化の新たなモデルを示していると言える。自転車が、過去の遺産と現代の都市を結びつけ、さらには住民の健康と環境、地域経済にまで影響を及ぼす多面的な媒体となっているのだ。
土浦の取り組みは、日本各地で進む地方創生において、固有の地域資源をどのように現代のニーズに合わせて再評価し、活用していくかという問いに対する一つの具体的な回答である。廃線跡地の利点を最大限に生かし、駅という拠点を徹底的にサイクリストに最適化することで、土浦は「自転車の街」としての確固たる地位を築いた。そして、その道は、これからも多くの人々を、歴史と自然が織りなす茨城の風景へと誘い続けるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。