2026/5/23
なぜ讃岐富士は、ろくろで挽いたような綺麗な形をしているのか?

讃岐富士はなぜあんなに形が綺麗なのか?
キュリオす
飯野山(讃岐富士)の美しい円錐形は、約1400万年前の火山活動で噴出した硬い岩盤が、周囲の軟らかい地層よりも浸食に強かったために取り残された「差別浸食」によって形成された。硬い頂部が下層を守り、なだらかな斜面が保たれた結果である。
高松市街から西へ向かう列車に揺られていると、車窓の風景は次第に田園へと変わっていく。その中に、まるで誰かが丁寧に置いたかのように、なだらかな裾野を持つ円錐形の山がすっと現れる。香川県の人々が「讃岐富士」と親しみを込めて呼ぶ、飯野山である。その姿は均整がとれており、何度見ても飽きることがない。なぜこれほどまでに、この山は「富士」と称されるほどに整った形をしているのだろうか。その疑問は、この土地の地質と、気の遠くなるような時間の流れを遡る旅へと誘う。
讃岐富士、正式には飯野山は、標高422メートルの独立峰である。その形成史は、はるか新生代第三紀、約1400万年前に遡る。当時の瀬戸内地域では、活発な火山活動が起こっており、飯野山もまた、その活動によって噴出した安山岩や凝灰岩といった硬質な火山岩が積み重なってできたとされる。しかし、飯野山が他の火山と一線を画すのは、その後のプロセスにある。
噴出した火山体は、周囲を覆う堆積物と共に、長い年月をかけて浸食に晒された。数百万年という単位で地殻変動が続き、その間に瀬戸内海が形成され、讃岐平野の原型が作られていく。この地域の地質は、比較的軟弱な砂岩や泥岩といった堆積岩層の上に、飯野山のような硬い火山岩が乗るという特徴を持つ。
飯野山を形作った硬質な火山岩は、周囲の軟弱な地層が風雨や河川の浸食によって削られていく中で、相対的に浸食に強く、取り残されていったのである。これは「差別浸食」と呼ばれる現象だ。香川県の土地は、瀬戸内海の形成と連動して隆起と沈降を繰り返してきた歴史があり、その中で河川による浸食がさらに進んだ。結果として、周囲の軟らかい地層が大きく削り取られた後も、飯野山の硬い岩盤は残され、孤立した山塊として屹立することになったのだ。
飯野山の美しい円錐形は、この差別浸食と、その上部を覆う硬質な岩盤の存在によって説明される。山の頂部を構成するのは、安山岩質の溶岩流や火山砕屑物でできた硬い地層である。この硬い「蓋」が、その下の比較的軟らかい凝灰岩や火山角礫岩といった地層を、上からの浸食から守る役割を果たしてきた。
周囲の平野部が河川や風雨によって削り取られる際、この硬い頂部が抵抗し続けた。もし頂部の岩盤が均一に柔らかければ、山全体が平坦に削られていただろう。しかし、硬い岩盤がまるで傘のように下部を守ることで、その下層は周囲よりゆっくりと浸食され、結果として側面がなだらかな斜面を形成する。このプロセスが、あたかもろくろで挽いたかのような、均整の取れた円錐形を生み出したのである。
飯野山は地質学的には「メサ」あるいは「ビュート」と呼ばれる地形に分類される。メサはテーブル状の広大な頂部を持つが、浸食が進んで頂部が小さくなるとビュートと呼ばれるようになる。飯野山の場合、頂部は比較的狭く、その形状はまさにビュートの特徴を示している。讃岐平野には飯野山以外にも、城山や高鉢山など、同じような差別浸食によって形成された独立峰が点在しており、これらは「讃岐七富士」と総称されることもある。いずれも硬い岩盤が軟らかい地層を保護する構造を持ち、浸食の力学を視覚的に物語っている。
日本各地には「○○富士」と称される山々が存在する。その多くは、火山活動によって形成された成層火山であり、富士山のように噴火と堆積を繰り返して円錐形を成したものである。たとえば、北海道の羊蹄山や鹿児島の開聞岳などがその代表例だろう。これらはマグマの活動が直接的にその美しい形を形成した山々である。
一方で、飯野山のような「郷土富士」の中には、火山活動とは異なる地質学的なプロセスを経て、結果的に富士山に似た形になったものも少なくない。例えば、山梨県の甲斐駒ヶ岳は花崗岩が隆起し、氷河による浸食を受けて鋭いピークを形成しているが、これもまた「甲斐駒ヶ岳富士」と呼ばれることがある。また、沖縄県の伊良部富士のように、隆起サンゴ礁が浸食されてできた山もある。
飯野山の特徴は、火山活動で形成された硬い岩盤が、その後の浸食作用によって取り残され、周囲の平野との対比の中でその均整の取れた姿を際立たせた点にある。火山由来の硬い岩が「蓋」となり、軟弱な地層を守ることで円錐形が保たれた。これは、マグマの噴出による「積み上げ」で形作られた成層火山とは異なる、「削り出し」の美学と言えるだろう。その姿は、火山が連なる地域で見られる富士とは異なり、平坦な沖積平野のただ中に孤高の存在として立つことで、いっそうその造形美が強調されるのだ。
飯野山は、香川県、特に丸亀市や坂出市周辺の人々にとって、単なる美しい風景の一部ではない。それは生活のランドマークであり、季節の移ろいを告げる存在でもある。朝日に輝き、夕日に染まるその姿は、日々の暮らしの中に溶け込み、人々の意識下に深く刻まれている。
山麓には飯野山を巡るハイキングコースが整備されており、多くの人々がその自然に親しんでいる。山頂からは讃岐平野が一望でき、瀬戸内海の多島美を望むこともできる。また、飯野山には古くから山岳信仰の対象としての側面もあったとされ、山中にはいくつかの社や石仏が点在している。山の神への畏敬の念は、現代においても地域の祭りや行事に形を変えて受け継がれている場合がある。
近年では、その特徴的な形状から、地元の観光資源としても活用されている。飯野山をモチーフにした土産物や、その姿を望むカフェなども見られるようになった。また、讃岐富士の名は、地域のブランドイメージを高める上でも重要な役割を担っている。その姿は、香川の風景を語る上で欠かせない要素であり、地域住民の誇りでもあるのだ。
讃岐富士の「美しい形」という問いは、単なる美意識に留まらない、地質学的な必然と偶然の重なりを示している。私たちはしばしば、富士山のような火山が持つ造形を「完璧」と捉えがちだが、飯野山の姿は、むしろ「浸食」という破壊のプロセスが生み出した創造物である。硬い岩盤が軟らかい地層を守り、周囲が削られていく中で、独自のバランスを保ち続けた結果が、あの均整の取れた円錐形なのだ。
それは、気の遠くなるような時間のスケールで地球の表面が常に変化し続けていることの証左でもある。何百万年もの間、風雨に晒され、河川に削られながらも、その姿を保ち続けた飯野山。その「綺麗さ」は、静かで力強い自然の営みが、ある一点で均衡を保ち続けた結果として、我々の目の前に現れている。田園風景の中に、ぽつんと立つその姿は、地球の歴史が刻んだ造形美を、現代に生きる私たちに静かに問いかけているようである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。