2026/6/14
函館・元町末広町:坂と洋館が織りなす異国情緒の景観は、どのようにして生まれたのか

函館の元町末広町にある伝統的建造物群保存地区について詳しく教えて欲しい
キュリオす
函館の元町末広町伝統的建造物群保存地区は、開港と度重なる大火からの復興を経て形成された。西洋館や和洋折衷建築が並ぶ独特の景観は、計画的な都市整備と文化の融合の歴史の上に成り立っている。
坂と洋館が織りなす、港町の記憶
函館の元町末広町を歩くと、港から伸びるいくつもの坂道が視界を遮り、また開く。そのたびに、異国情緒を帯びた洋館や、和の趣を残す商家が目に飛び込んでくる。石畳の道と、その両側に連なる多様な建築群が織りなす風景は、一般的な日本の町並みとは一線を画している。なぜこの北の港町に、これほどまでに独特の景観が形成されたのか。その問いは、開港から度重なる大火、そして復興の歴史の中に隠されている。
開港と大火が刻んだ街の骨格
函館が国際貿易港として開かれたのは安政6年(1859年)、長崎、横浜と並んでのことだった。日米修好通商条約の締結に続き、諸外国との交流が本格化すると、函館山の麓に位置する元町・末広町一帯は、領事館や教会、外国人居留地として急速に発展していく。ロシア領事館やハリストス正教会聖堂(現函館ハリストス正教会復活聖堂の前身)が建てられたのは万延元年(1860年)のことだという。この時期から、西洋の建築様式が持ち込まれ、和風の建物と混在する異国情緒豊かな町並みの基礎が築かれていった。
しかし、函館の歴史は度重なる大火と復興の歴史でもある。特に明治11年(1878年)と明治12年(1879年)に発生した大火は、市街地の構造を根底から変えるきっかけとなった。入り組んだ路地が焼け落ちた後、防火帯として幅20間(約36メートル)の基坂や二十間坂といった広い街路が整備され、街区は矩形に整えられた。 この市区改正事業によって、現在の元町末広町伝統的建造物群保存地区の原型が形作られたのだ。その後も明治40年(1907年)や大正10年(1921年)にも大規模な火災に見舞われたが、そのたびに街は復興し、和風、洋風、そして和洋折衷の多様な建築が再建されていった。 現存する古い建物の多くは、この明治40年の大火以降に建てられたものだという。 このように、函館の町並みは、自然災害による破壊と、それを乗り越えるたびに計画的に再構築されてきた歴史の上に成り立っている。
「和洋折衷」が示す多様な解釈
函館市元町末広町の伝統的建造物群保存地区を特徴づけるのは、その多様な建築様式だ。特に目を引くのは、西洋館、教会建築、そして「和洋折衷」と呼ばれる独自の様式である。 この地域には、旧函館区公会堂のような洋風の公共建築物や、函館ハリストス正教会復活聖堂、カトリック元町教会、函館聖ヨハネ教会といった宗教建築が立ち並ぶ。 これらは開港によって流入した諸外国文化を端的に示すものだ。
一方で、一般の町家にも見られる和洋折衷様式は、函館ならではの工夫と適応の結果と言える。 例えば、1階が和風で2階が洋風の外観を持つ建物が多く見られる。 これは、港から見上げられる2階部分を洋風にすることで、外国に対して函館が近代化された都市であると印象づけようとした意図があったとする説もある。 実際には内部まで完全に洋風化されているわけではなく、1階も2階も和風の内装を残す建物も少なくない。 「旧相馬家住宅」のように、和風の主屋に洋風の応接間を配する左右和洋折衷の例もある。 これらの建物は、明治から昭和初期にかけて、海産商などの庶民の町家にも広く取り入れられ、函館独自の景観を形成する大きな要素となった。 持ち送りや軒蛇腹、縦長窓といった洋風の意匠が、瓦屋根や格子窓といった和風の要素と組み合わされ、独特の美意識を生み出している。
この地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは平成元年(1989年)のことである。 函館山山麓から港へ向かう斜面地に広がる約14.5ヘクタールの範囲に、明治、大正、昭和初期の和風、洋風、和洋折衷の町家や宗教建築、公共建築が建ち並び、異国情緒豊かな町並みを形成している点が評価された。 保存地区の範囲は、弥生町、大町、末広町、元町、豊川町の各一部に及んでいる。
港町が織りなす多様な景観
函館市元町末広町の伝統的建造物群保存地区が持つ景観は、日本の他の歴史的港町が示す姿と比較すると、その特異性がより明確になる。例えば、横浜の山手や神戸の北野町山本通も、開港によってもたらされた洋風建築が立ち並ぶ地域として知られている。これらは主に外国人居留地として発展し、異人館と呼ばれる西洋館が集中して残されている点で共通する。長崎のグラバー園周辺もまた、幕末から明治にかけての国際交流の痕跡を色濃く残す。
しかし、函館の元町末広町地区がこれらと決定的に異なるのは、度重なる大規模火災とその後の復興が、街の骨格形成に与えた影響の大きさである。横浜や神戸の洋館街が比較的緩やかな発展を遂げたのに対し、函館は明治期に複数回の大火に見舞われ、その都度、防火を意識した都市計画と、新たな建築様式が導入された。 幅の広い防火線としての街路(基坂、二十間坂など)が計画的に整備され、その結果、整然とした街区の中に多様な建築が配置されることになった。 この計画的な再建は、単なる復旧に留まらず、西洋の技術と日本の職人技が融合した「和洋折衷」という独自の建築スタイルを普及させる契機ともなった。
また、函館の伝統的建造物群が、領事館や教会といった公共建築だけでなく、海産商の店舗兼住宅など、多様な用途の建物を含む点も特徴である。 これは、函館が単なる外国人居留地としてだけでなく、開港を機に経済活動の中心地として発展し、市民生活の中に西洋文化が浸透していった様子を物語っている。例えば、小樽もまた港湾都市として栄え、運河沿いの倉庫群にその面影を残すが、函館のように山手の坂道に沿って多様な用途の和洋折衷建築が密集する景観は、北海道では珍しいと言える。函館の景観は、破壊と創造を繰り返しながら、異文化を柔軟に取り入れ、それを地域固有の文脈で再解釈してきた歴史の結晶なのだ。
現代に息づく歴史と課題
函館市元町末広町の伝統的建造物群保存地区は、現在も活発な観光地として多くの人々を惹きつけている。年間を通して、旧函館区公会堂や旧イギリス領事館、函館ハリストス正教会といった主要な歴史的建造物には多くの観光客が訪れる。 これらの建物は、その歴史的価値から国や市の指定を受け、保存・修繕が進められている。例えば、旧函館区公会堂は大規模な改修工事を経て、2021年にリニューアルオープンした。
一方で、この地区の保存活動は、行政だけでなく地域住民の取り組みによっても支えられている。函館市伝統的建造物群保存会は、主に伝統的建造物の所有者によって構成され、建物の保存・活用を通じて地区の魅力を発信し、保存への協力を呼びかけている。 清掃活動や会報誌の発行、コンサートの開催など、多岐にわたる活動を展開しているという。 また、近年では空き家となっていた伝統的建造物をリノベーションし、飲食店や宿泊施設、商業施設として活用する事例も増えている。 「大三坂ビルヂング」や「箱館カネサ佐々木邸」などがその例であり、これらは地区に新たな賑わいを生み出している。
しかし、伝統的建造物の保存には、老朽化対策や維持管理費、さらには後継者問題といった課題が常に伴う。 積雪寒冷という北海道の気候風土に適合しない建物も少なくなく、近代的な建物への建て替え圧力も存在する。 また、観光地としての魅力を維持しつつ、住民の生活環境との調和を図ることも重要な課題である。函館市は、小規模な外観改修や内部改修にも補助金を出す「指定建造物等活用支援事業」を創設するなど、所有者の意見を取り入れながら、より効果的な保存と活用を促進している。 地域社会の活動と行政の支援が連携することで、この独特な町並みは未来へと受け継がれていく。
破壊が育んだ「見立て」の景観
函館の元町末広町に残る伝統的建造物群を改めて見つめると、単に古いものが残された場所ではないことがわかる。この地の景観は、開港という外部からの強い刺激と、度重なる大火という内部からの破壊、そしてその後の復興というプロセスが繰り返し作用し、形成されてきた。特に興味深いのは、大火後の復興において、防火のために整備された広い街路が、結果として多様な建築群を際立たせる舞台装置となった点だろう。
そして、「和洋折衷」という建築様式は、単なる技術的な融合に留まらない。そこには、開国後の日本が西洋文化といかに向き合い、自らのアイデンティティを保ちながら新しい価値を取り入れようとしたかという、ある種の「見立て」の精神が宿っている。港から見上げる風景を意識して、建物の2階部分に洋風の意匠を凝らすという発想は、外来の視線を意識しつつ、自らの文化を再構築しようとする当時の人々の試みであったのかもしれない。それは表面的な模倣ではなく、限られた資源の中で、いかに「ハイカラ」な都市として見せるかという、したたかな知恵の表れであったとも言える。
この地区の建物一つ一つが、異なる時代、異なる背景を持つが、それらが緩やかな坂道と広い街路に沿って並ぶことで、一つのまとまった「異国情緒」という印象を形成している。それは自然発生的な景観ではなく、幾度もの破壊と、その都度の計画的な再構築、そして住民たちの生活の中で育まれた、複合的な歴史の痕跡なのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- city.hakodate.hokkaido.jp
- hokudai.ac.jpeprints.lib.hokudai.ac.jp
- 函館市元町末広町伝統的建造物群保存地区の概要 | 函館市city.hakodate.hokkaido.jp
- 伝建地区を歩く 函館(3) | 名古屋市にある古民家の耐震補強aoki-ken.co.jp
- 函館市元町末広町 文化遺産オンラインonline.bunka.go.jp
- 歴史的町並みの保存・整備・活用『全国伝統的建造物群保存地区協議会(伝建協)』|函館市元町末広町 伝建地区詳細denken.gr.jp
- 元町エリアで半日観光♪ / モデルコース / 函館・みなみ北海道観光ガイドhakodate-kankou.com
- 函館の街並みを形づくった和洋折衷住宅と防火への工夫 | 秋田で新築・リノベーション・古民家のご相談は株式会社TMTtm-team.jp