2026/6/25
海なし県山梨で「生臭さゼロ」の川魚が育つ理由

北杜市の川魚専門店 みやまについて詳しく教えて欲しい
キュリオす
山梨県北杜市の「みやま」は、八ヶ岳の湧水でニジマスやイワナを養殖し、刺身でも食べられる品質を実現。その秘密は、年間通して水温が安定した清冽な湧水と、ゆっくりとした成長による身の締まりと旨味の凝縮にある。
八ヶ岳の麓、清冽な水の問い
山梨県北杜市、八ヶ岳の南麓に足を踏み入れると、まずその空気の透明感に気づかされる。標高約1100メートルに位置するこの地は、一年を通じて清澄な水が豊かに湧き出すことで知られている。その水の音、そしてそれによって育まれる命の存在は、この土地が持つ静かな豊かさを物語る。川魚専門店「みやま」は、その象徴として、この地に根を下ろしている。
なぜ、海から遠く離れた内陸の山間部で、これほどまでに質の高い川魚が専門的に養殖され、多くの人々を惹きつけるのか。その疑問は、単なる地理的な隔たりを超えた、この土地固有の必然性を探る旅の始まりとなるだろう。多くの地域で川魚特有の泥臭さが避けられがちである中、「みやま」の魚、特に「八ヶ岳湧水鱒」が生臭さとは無縁で、刺身でも供されるという事実は、この場所の持つ特別な条件を示唆している。それは、単に魚を育てる場所ではなく、水そのものが持つ力、そしてそれを最大限に引き出す人間の営みが結びついた結果である。この「みやま」という小さな養魚場が、北杜市という土地の何を語っているのか、その深層を探ることは、地域の食文化と自然環境の密接な関係を解き明かす手がかりとなるだろう。
越水湧水が育んだ歴史
川魚専門店「みやま」は1972年に創業した。その歴史は、八ヶ岳南麓の豊かな自然と、清らかな湧水「越水湧水」の存在なくして語ることはできない。この湧水は100年以上前から絶えず流れ出ており、年間を通じて11℃前後の安定した水温を保ち続けている。地域の飲料水としても利用されるこの清冽な水が、「みやま」の養魚の基盤となっているのだ。
山梨県は海に面していない内陸県であるため、古くから川魚の利用が盛んだった。笛吹川や釜無川といった主要河川、そして富士五湖では、アユやコイ、ハヤ、ウナギ、ヤマベ、ワカサギなどが漁獲されてきた歴史がある。しかし、それらの多くは「山の幸」として、加熱調理や保存加工を前提とした食文化の中で消費されてきた。生食が可能な魚は限られ、特に新鮮な海の魚が手に入りにくい時代には、その希少性が際立っていた。江戸時代には、甲府を中心に物流が発達し、甲州街道を通じて海産物が運ばれるようになったが、鮮度を保つための工夫として塩漬けや酢漬けにした魚が用いられたという。
そのような中で、八ヶ岳山麓の清里地域に位置する「みやま」が、生食可能な高品質なニジマスやイワナの養殖を手がけるに至った背景には、この地域の特異な水環境がある。北杜市は、環境省が認定する「名水百選」に選ばれた場所が3ヶ所もある、日本で唯一の自治体である。「三分一湧水」「大滝湧水」「白州・尾白川」などがその代表例であり、特に大滝湧水はニジマスの養殖にも利用されてきた。
「みやま」の創業者である大柴治重氏は、地元清里出身であり、祖父の代からこの地で湧き出る清冽な水を大切にしてきたという。「清里は、程よい傾斜があるおかげで風の通りがよく、いい空気が流れている。空気と水が抜群にきれいなんだよ」と大柴氏は語っている。この言葉は、単に豊富な水があるだけでなく、その水質を保つための自然環境全体の重要性を指し示している。安定した水温と清浄な水質は、魚の健康的な成長を促し、川魚特有の臭みを抑える上で決定的な要素となる。これは、単に養殖技術の進歩だけでなく、土地が持つ本来のポテンシャルを最大限に引き出す営みによって築かれてきた歴史であると言えるだろう。
水が育む、身の締まりと旨味
川魚専門店「みやま」の魚が持つ独特の品質は、八ヶ岳南麓の自然条件と、それに適応した養殖技術の組み合わせによって生まれる。その核心にあるのは、年間を通して水温が安定している「越水湧水」の存在だ。水温が11℃前後で一定しているため、魚は急激な環境変化に晒されることなく、ストレスの少ない状態で育つことができる。
一般的に、養殖魚は成長を早めるために比較的高水温の環境で育てられることが多い。しかし、「みやま」の養殖環境では、低水温のため魚の成長速度は遅くなる。このゆっくりとした成長こそが、魚の身を引き締め、きめ細やかな肉質と豊かな旨味を凝縮させる要因となるのだ。冷たい水は溶存酸素量も多く、魚の運動量を活発に保つため、筋肉が発達し、結果として締まった身質が形成される。
さらに、この越水湧水は地域住民の飲料水にも使われるほどの清浄さを誇る。川魚特有の「生臭さ」は、しばしば魚が棲む水の質や、餌の種類に由来すると言われる。泥質の環境や、不適切な餌が原因で、魚の体内に特定の臭気成分が蓄積されることがあるのだ。しかし、「みやま」の魚は清らかな湧水で育つため、そのような臭みがほとんど発生しない。これにより、通常は加熱調理が前提とされるニジマスやイワナが、新鮮な刺身として提供できる品質にまで高められている。
「みやま」で主に養殖される「八ヶ岳湧水鱒」は、ニジマスの一種でありながら、その品質は一般的なニジマスとは一線を画す。身は美しいサーモンピンク色をしており、適度な脂の乗りと、川魚とは思えないほどの淡白で上品な味わいが特徴だ。また、イワナも同様に、湧水の恩恵を受けて育ち、その身は締まりつつもとろりとした食感を持ち合わせる。これらの魚は、出荷時に丁寧に処理され、小骨や腹骨、皮が取り除かれたフィレとして真空パックにされる。これにより、消費者は自宅で手軽に、その特別な味わいを享受できる仕組みが整えられているのだ。この一連の工程は、単に魚を育てるだけでなく、その魚が持つ最高の状態を消費者に届けるための細やかな配慮と技術が凝縮されていることを示している。
内陸の魚文化と「みやま」の立ち位置
内陸県である山梨における川魚文化は、海産物が手に入りにくいという地理的制約の中で発展してきた。しかし、その食文化の背景には、一見すると矛盾するような「海の魚への強い志向」も存在してきた。例えば、山梨県はマグロの消費量が全国的に見ても高いことで知られ、特に甲府などの都市部では、古くからハレの日のご馳走としてマグロの刺身が珍重されてきた歴史がある。これは、静岡の港から富士川舟運や甲州街道を通じて、鮮度を保ちながら運ばれてきた海の魚、特にマグロが、特別な存在として食文化に深く根付いた結果である。
こうした「魚尻線」と呼ばれる、海から内陸へ生魚を運べる限界線が存在する中で、山梨の人々は海の魚を稀少なものとして尊ぶ一方で、身近な川魚をどのように食卓に取り入れてきたのか。一般的な川魚は、その独特の風味や小骨の多さから、塩焼きや甘露煮、唐揚げといった調理法が主流であり、生食されることは稀である。この点において、「みやま」の「八ヶ岳湧水鱒」やイワナが、刺身として提供できる品質を持つことは、山梨の川魚文化における特異な進化と言えるだろう。
他の内陸地域における川魚養殖と比較してみると、その違いはより明確になる。例えば、長野県や群馬県などでもニジマスやイワナの養殖は盛んだが、その多くは釣り堀でのレジャー利用や、塩焼きなどの加熱調理が主となる。山梨県水産技術センターでも、アユやニジマスなどの淡水魚の養殖技術研究が行われている他、キングサーモンとニジマスの交配種である「富士の介」を開発し、新たな地域ブランド魚として流通させている。「富士の介」もまた、刺身で食べられる品質を追求している点で、「みやま」の方向性と共通するが、そのアプローチは異なる。水産技術センターが品種改良や大規模な技術開発に注力する一方で、「みやま」はあくまで「越水湧水」という特定の湧水環境を最大限に活かすことに特化しているのだ。
「みやま」の魚が持つ「生臭さがない」という特徴は、単に美味しいというだけでなく、内陸県で海魚への憧れが強かった山梨の人々が、川魚に対しても「海の魚のような品質」を求めた結果、あるいはその欲求に応える形で生まれたとも解釈できる。それは、限られた資源の中で、いかにして最高の食体験を生み出すかという、この土地固有の知恵と工夫の表れではないだろうか。海から遠いからこそ、足元の清流が育む恵みを、より洗練された形で享受しようとする文化が、「みやま」の魚に結実しているのである。
いま、清里の食を支える「みやま」
現在の「みやま」は、単なる養魚場としてだけでなく、北杜市の食文化を支える重要な存在として機能している。ウェブサイトを通じて全国への通販を展開し、その清らかな湧水で育まれた「八ヶ岳湧水鱒」やイワナのフィレ、串刺しなどを届けているのだ。特にフィレは、小骨や腹骨、皮が丁寧に処理されており、冷蔵で発送日から3日間は刺身として、7日間は加熱調理用として楽しむことができる。この手軽さは、多くの消費者が川魚を食卓に取り入れるハードルを下げている。
また、「みやま」は地元の他の生産者との連携も積極的に行っている。例えば、北杜市小淵沢町で西洋野菜を専門に手掛ける「Crazy Farm」とコラボレーションし、ニジマスやイワナの串刺しと旬の西洋野菜を組み合わせたBBQセットを提供している。「Crazy Farm」の野菜は、北杜市内のレストランや都内のシェフからも高い評価を得ており、この組み合わせは、八ヶ岳南麓の豊かな食材を一堂に味わえる機会となっている。このような地域内での協業は、単一の生産者だけでは生み出せない新たな価値を創造し、北杜市全体のガストロノミーを牽引する役割も担っていると言えるだろう。
北杜市内の多くの飲食店やホテルでも、「みやま」の「八ヶ岳湧水鱒」がメニューに並ぶ。これは、地元の食材を積極的に取り入れ、地域の魅力を発信しようとする動きの一環であり、観光客にとってもこの土地ならではの味覚体験を提供することに繋がっている。清里という観光地において、地元の湧水が育んだ高品質な食材が提供されることは、地域経済の活性化にも寄与する。
一方で、養魚業を取り巻く環境は常に変化している。水質の維持、安定した生産量の確保、そして後継者問題など、様々な課題が存在する。しかし、「みやま」が長年培ってきた、自然の恵みを最大限に活かす養殖技術と、地域との連携による多角的な事業展開は、持続可能な地域産業のモデルケースとして注目に値する。清冽な水が枯れることなく湧き続ける限り、「みやま」の営みは、この地の食文化を豊かにし続けるだろう。
水と人の営みが織りなす風景
北杜市の川魚専門店「みやま」の存在は、単に高品質な川魚を提供する一軒の店という枠を超え、水と人、そして土地の歴史が織りなす複雑な関係性を静かに示している。八ヶ岳南麓の「越水湧水」という、地域にとってかけがえのない自然資源を基盤とし、その特性を最大限に引き出すことで、一般的な川魚のイメージを覆すような、刺身で味わえる魚を生み出してきた。この事実は、「海なし県」山梨の食文化における、ある種の「逆説的な豊かさ」を浮き彫りにする。
海産物が容易に手に入らない環境で、人々は内陸の豊富な水資源に目を向け、その恵みをいかにして食へと繋げるか模索してきた。その結果として、古くから親しまれてきた川魚を、現代の技術と知恵をもって昇華させたのが「みやま」の養殖魚である。それは、遠くから運ばれる海の魚への憧れと並行して、足元の自然が与える恵みを深く見つめ直し、その価値を再発見する営みでもあったと言える。
「みやま」の魚が持つ「生臭さがない」という特徴は、単に養殖技術の勝利ではなく、清冽な湧水がもたらす水環境そのものの質が根底にある。この水質は、八ヶ岳という雄大な山岳が育んだものであり、その保全は、魚を育てる人々だけでなく、地域全体で取り組むべき課題として認識されている。北杜市が「名水百選」に複数選ばれる「水の里」であることは、この地の川魚文化が、いかに強固な自然基盤の上に成り立っているかを物語っている。
「みやま」の営みは、単に魚を生産し販売するだけでなく、地元の農産物との連携や、地域飲食店の食材供給源となることで、北杜市全体の食の風景を豊かにしている。それは、特定の場所に限定された資源が、いかに地域全体の魅力を高め、持続可能な形で活用され得るかを示す具体的な事例である。清里の澄んだ空気の中で、湧水の恵みを受け育つ魚たちは、この土地の自然と、それを慈しみ活用してきた人々の歴史を、静かに語り続けているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 川魚専門店 みやまmiyamakawauo.thebase.in
- RESTAURANT | 川魚専門店 みやまmiyamakawauo.thebase.in
- ABOUT | 川魚専門店 みやまmiyamakawauo.thebase.in
- 八ヶ岳の恵み - 北杜市長坂町 和食処 ひな菊HPwa-hinagiku.jimdofree.com
- ふるさと食文化の旅:山梨 | 小堺化学工業株式会社kosakai.co.jp
- 寿司の歴史と山梨県独自の食文化を紐解く地域探訪ガイド | コラム | 山梨県甲府の寿司ならすし・うまいもの処 伊津美izumi-sushi.jp
- 北杜市は「名水百選」が3つもある 日本唯一のまち - 八ヶ岳に暮らす。二地域・移住/拠点づくりをプロがサポート。kai-life.net
- 日本一の名水の里 北杜市の名水百選 - 山梨県北杜市公式サイトcity.hokuto.yamanashi.jp