2026/5/28
日本平のイチゴはなぜ石垣で育つ?太陽と海の恵みが生む甘さの秘密

日本平のあたりはイチゴのビニールハウスが多かった。このあたりはイチゴ栽培に適しているのか?
キュリオす
日本平周辺のビニールハウスではイチゴが多く栽培されている。その背景には、明治時代から続く石垣を利用した栽培方法と、駿河湾からの反射光や日照時間の長さといった自然条件がある。伝統と革新が共存するこの地のイチゴ栽培の理由を探る。
日本平の山麓、駿河湾に面した一帯を訪れると、目に飛び込んでくるのは無数のビニールハウスだ。特に冬から春にかけて、その風景は一層鮮やかになる。ハウスの中を覗けば、赤い宝石のようなイチゴが鈴なりに実り、「きらぴ香」といった品種の表示も多く見かける。この地域がこれほどまでにイチゴ栽培に傾倒し、また成功しているのはなぜだろうか。単なる地理的な偶然とは思えない、何か特別な条件が重なっているように感じられる。
静岡におけるイチゴ栽培の歴史は、明治時代にまで遡る。諸説あるが、明治29年(1896年)頃、久能山東照宮の宮司が友人のアメリカ領事館員からイチゴの苗を譲り受け、それを東照宮に仕えていた川島常吉氏に託したことが始まりの一つとされている。川島氏は、裏山の桃畑の土留めに使われていた石垣の間にイチゴを植えたところ、冬にもかかわらず早く実をつけ、甘く育つことに気づいたという。これが、久能地区特有の「石垣いちご」栽培の原点になった。
当初は自然の石を積んだだけの石垣だったが、大正12年(1923年)には、萩原清作と新谷啓太郎らによって、V字の切れ込みが入ったコンクリート板が開発された。これにより、苗の定植や管理が格段に容易になり、栽培面積は一気に拡大する。昭和に入ると、富士山麓の低温地帯で苗を育てる「山上げ」という技術も導入され、10月中旬からの早期収穫が可能になった。さらに、昭和30年代後半にはビニールハウスが普及し、栽培は全県下に広がっていく。このように、この地のイチゴ栽培は、先人たちの観察眼と創意工夫によって、その形を確立していったのだ。
日本平から久能にかけての地域がイチゴ栽培に適している要因は複数ある。まず、この一帯が駿河湾に面した南向きの急斜面に位置している点が大きい。これにより、年間を通じて日照時間が長く、特に冬場でもイチゴの生育に必要な光量を十分に確保できる。加えて、駿河湾の海面から反射する光が、斜面のハウスにまで届き、イチゴの光合成を促進するとも言われている。
そして、この地の象徴とも言える「石垣」の存在である。石垣は日中の太陽熱を蓄積し、夜間になってもその熱を放出し続ける。これにより、ハウス内の温度が安定し、イチゴが低温でゆっくりと熟す環境が自然と作り出されるのだ。石垣による栽培は、果実が直接土に触れるのを防ぎ、傷みを軽減する効果ももたらす。また、急斜面と石垣によって水はけが良いため、イチゴの根が過湿になるのを防ぎ、結果として甘みが凝縮された果実が育つとされる。これらの自然条件と、それを最大限に活かす栽培技術が、この地のイチゴに独特の風味を与えている。
日本国内には多くのイチゴ産地が存在し、その生産量は全国的に見ても上位に位置する栃木県、福岡県、熊本県といった地域が知られている。静岡県もまた、全国で5位の生産量を誇る主要産地の一つだ。多くのイチゴ産地では、冬から春にかけての需要に応えるため、ビニールハウスを用いた促成栽培が主流となっている。冬期の晴天日数の多さや温暖な気候は、多くの産地でイチゴ栽培を有利に進める共通の条件である。
しかし、日本平の麓、久能地区のイチゴ栽培には、他の産地には見られない独自の要素がある。それが「石垣いちご」という栽培方法そのものだ。他の地域が平坦な土地で最新の設備を導入した高設栽培や環境制御型施設園芸に特化する傾向があるのに対し、久能では、傾斜地の地形を活かし、自然の石垣やコンクリート板を組み合わせて保温効果を高めるという、伝統的な手法が今も息づいている。この栽培方法は、単にイチゴを育てるだけでなく、その土地の風土と歴史が凝縮された景観を形成している点で特異である。
現代の日本平周辺のイチゴ畑では、「きらぴ香」のような静岡県オリジナル品種が栽培の中心となっている。「きらぴ香」は、静岡県が「紅ほっぺ」の近親系統を交配し、17年の歳月をかけて育成した品種で、2017年に品種登録された。その特徴は、際立った光沢のある濃い赤色の果皮、大粒で整った円錐形、そしてしっかりとした果肉と高い糖度、心地よい香りにある。輸送性にも優れるため、市場での評価も高い。この品種は現在、静岡県内でのみ栽培が許されている、いわば県を代表するブランドイチゴだ。
しかし、石垣いちごの栽培は、石垣の積み替えや土壌の手入れなど、重労働を伴う。生産者の高齢化や後継者不足は、この地域でも大きな課題となっている。そのため、近年では、立ったまま収穫できる高設栽培を導入する農家も増えており、省力化と効率化が図られている。また、静岡県農林技術研究所では、「きらぴ香」の供給拡大を目指し、作期拡大や省力育苗法、病害虫対策などの研究開発も進められている。一方で、久能の「いちご海岸通り」は、例年12月から5月にかけて多くの観光客が訪れるイチゴ狩りの名所として賑わい、地域の魅力を発信し続けている。
日本平の麓に広がるイチゴのビニールハウス群は、単にイチゴが栽培されている場所という以上の意味を持つ。この地がイチゴ栽培に適しているのは、温暖な気候、冬の長い日照時間、そして駿河湾からの反射光という自然条件が揃っていることに加え、それらを最大限に活かす「石垣いちご」という独自の栽培方法を、先人たちが編み出し、改良を重ねてきたからに他ならない。
石垣が持つ天然の保温効果は、ビニールハウスが普及する以前から、この地で早期のイチゴ栽培を可能にした。そして、現代においても、その伝統的な知恵と、新しい品種開発や省力化技術の導入が共存している。日本平のイチゴ畑は、厳しい自然条件と向き合い、それを恵みに変えてきた人々の営みと、地域固有の風土が作り上げた風景なのである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
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