curiosu / キュリオす
紀行で文化や歴史を綴る、好奇心をくすぐるメディア。
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江戸時代中期、讃岐高松藩で砂糖製造が奨励され、奄美大島出身の関良介から技術を学んだ向山周慶らが白砂糖製造に成功。これが讃岐和三盆の起源となった。独特の風土と「研ぎ」という手作業が、和三盆特有の風味と口溶けを生み出している。
徳島発祥の大塚製薬が、点滴液の知見を基に「飲む点滴」ポカリスエットを開発した経緯を辿る。医療現場のニーズから生まれたこの飲料は、約5年の試作期間を経て、科学的データに基づいた普及戦略により、健康飲料としての地位を確立した。
徳島で400年の歴史を持つ阿波おどりは、築城や盆踊りに起源を持つとされる。江戸時代には藍商人により発展し、庶民の踊りとして広まった。戦後の復興期に全国的な人気を得て、観光戦略や「踊る阿呆に見る阿呆」のフレーズでさらに発展した。
徳島県で生まれた地鶏「阿波尾鶏」。その開発は1970年代の計画に始まり、軍鶏と西洋種を交配して誕生した。約100日の長期飼育と平飼いが特徴で、旨味と歯ごたえを生み出している。
徳島県鳴門市周辺の砂地畑で栽培される「なると金時」。その独特の甘さとホクホクした食感は、瀬戸内式気候と、吉野川の砂や海のミネラルを活かした栽培方法によって生み出される。
徳島県で「すだち」が作られるようになったのは江戸時代中期に遡る。本格的な経済栽培は昭和30年代以降で、1981年の冷害を機に温州みかんから転換が進んだ。温暖な気候と水はけの良い傾斜地という地理的条件、そして生産者の技術蓄積が、すだちの主要産地としての地位を確立した。
鳴門海峡の激しい潮流が、なぜ肉厚でコシの強い特別な鳴門わかめを育むのか。古代から続く歴史、渦潮のメカニズム、そして北方型わかめとの違いや近年の課題と取り組みについて紹介。
徳島県上板町で二百年以上続く岡田製糖所の和三盆。痩せた土地で育つ竹糖というサトウキビと、手作業による「研ぎ」という独自の製法が、上品な甘みを生み出す背景を探る。
徳島県鳴門市にある大麻比古神社は、阿波国開拓の祖神と麻の栽培を祀る古社。忌部氏との関わりや、神奈備としての山、遍路道との繋がりが信仰を育んだ。伊勢神宮や出雲大社とは異なる、産業と結びついた神の姿を探る。
徳島市の忌部神社は、古代祭祀を担った忌部氏に由来する。しかし、その所在地は明治時代の論争を経て現在の眉山麓に定められた。本記事では、忌部氏の歴史、麁服調進の伝統、そして現代に息づく「ものづくり」の精神を辿る。