2026/5/29
焼津のハタや鯛はなぜ美味しい?駿河湾の深海と多様な恵み

個人的に焼津のハタや鯛がとても美味しいと思う。駿河湾の美味しいものを食べてるからだろう。駿河湾はどういうものが獲れるのか?
キュリオす
日本一深い駿河湾は、富士山からの伏流水や黒潮の影響、複雑な海底地形により、ハタや鯛だけでなく桜えび、カツオ、深海魚まで多様な魚介を育む。この記事では、駿河湾の特異な環境と、そこで獲れる海の幸の秘密に迫る。
焼津で口にするハタや鯛の滋味は、単に魚が新鮮だからというだけではない。その背景には、駿河湾という特異な海域が持つ、他に類を見ない環境がある。日本列島のほぼ中央に位置するこの湾は、最深部が2,500メートルにも達する日本で最も深い湾だ。 そして、その深さだけではなく、富士山から流れ込む豊かな伏流水、黒潮の分流、そしてプレートの活動によって形成された複雑な海底地形が、多種多様な生物を育む揺りかごとなっている。 私たちが普段口にする桜えびやカツオといった代表的な海の幸だけでなく、なぜこれほどまでに多様な魚介がこの湾に集まるのか。その問いを紐解くことは、駿河湾の奥深い魅力を知ることに繋がるだろう。
駿河湾の海の恵みを語る上で、まず挙がるのが桜えびとカツオだ。桜えび漁の歴史は、明治27年(1894年)に由比の漁師がアジ漁の最中に偶然大量の桜えびを獲ったことに始まる。 当時、桜えびは食用として認識されていなかったが、その美しさと美味しさから評判となり、翌年には本格的な漁が始まった。 由比、蒲原、大井川の漁港を拠点に、現在も60カ統120隻が操業している。 桜えびは昼間は水深200~300メートルの深海に生息し、夜になると餌を求めて水深20~30メートルまで浮上するという習性を持つため、漁は夜間に行われるのが特徴だ。
一方、カツオ漁は江戸時代から焼津で盛んに行われてきた。 明治時代には漁船の動力化・大型化が進み、漁場も沿岸から遠洋へと拡大していった。 駿河湾には黒潮の分流が流れ込むため、カツオの回遊ルートとなりやすいという地理的条件も、この地域でカツオ漁が発展した一因である。 戦後には水揚げ施設や加工工場が整備され、1956年には焼津魚市場がカツオの水揚げ高日本一を記録した。 桜えびが湾内で獲れる固有種であるのに対し、カツオは回遊魚であり、駿河湾は回遊の途中で立ち寄る豊かな漁場として機能してきた歴史がある。
駿河湾の真価は、桜えびやカツオといった代表的な魚種に留まらない。その多様性の根源は、日本一の深さを誇る海底地形と、そこから生まれる複雑な海洋環境にある。駿河湾の最深部は2,500メートルに達し、これは日本国内で最も深い湾である。 湾内にはフィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界である「駿河トラフ」が南北に走り、急峻な海底谷を形成している。 この特殊な地形が、浅い沿岸域から深海まで、多様な水深帯にそれぞれ異なる生態系を育む基盤となっているのだ。
例えば、水深200メートル以浅の沿岸部では、アジ、サバ、イワシといった大衆魚から、タイ、イサキ、タチウオ、ヒラメ、そしてハタやカサゴといった根魚まで、多岐にわたる魚種が確認されている。 特に、伊豆半島沿岸のような複雑な岩礁地帯は、ハタやカサゴなどの根魚にとって格好の生息場所となる。 また、富士川、安倍川、大井川といった大河川が駿河湾に流れ込むことで、豊富な栄養塩が供給され、プランクトンが大量に発生する。 これが、桜えびやシラスなどの海の恵みを育む重要な要素となっている。
さらに、駿河湾の特筆すべき点は、その深海に広がる独自の生態系である。水深200メートル以深の深海域には、メダイ、ムツ、ヒラメ、アカザエビ、ボタンエビ、イセエビのほか、タカアシガニ、ミツクリザメ、ラブカといった希少な深海生物が生息している。 国立科学博物館の調査によれば、駿河湾には487種もの深海性魚類が分布しており、これは日本産魚類の全種の1割強に相当する多様性だという。 沼津港では、この深海に特化した底曳網漁が盛んに行われ、港から近い漁場で新鮮な深海魚が水揚げされることが特徴となっている。 このように、駿河湾は垂直方向にも多様な環境が展開し、それぞれが異なる豊かさをもたらしているのである。
駿河湾の豊かな漁業を、他の深海湾と比較することで、その特異性がいっそう明確になる。日本には駿河湾の他に、相模湾や富山湾が「日本三大深湾」として知られている。 例えば富山湾も、水深が最大で約900メートルに達する深い湾であり、ホタルイカやシロエビといった独自の深海生物で知られている。富山湾の深い海底には、大陸棚から続く海底谷が発達し、冷たい深層水が湾内に流入することで、これらの深海生物の生息環境が形成されている。
しかし、駿河湾の深さは富山湾を大きく上回る2,500メートルであり、その深さの急峻さも特徴的だ。 湾奥部では海岸からわずか2キロメートルほどで水深500メートルに達するという地形は、深海が岸に非常に近いことを意味する。 このため、深海底曳網漁の漁場が港から近く、新鮮な深海魚が水揚げされるという利点がある。
また、駿河湾には黒潮の分流が流れ込むことで、暖水系の魚種も豊富に回遊してくる。 一方、深海には亜寒帯系中層水や太平洋深層水が存在する。 このように、暖水系と冷水系、そして浅海から深海までの多様な水塊が混在している点が、駿河湾の生物多様性を際立たせている。富山湾が比較的均質な冷水系の深海生態系を持つとすれば、駿河湾は暖流と寒流、そして多層的な水深が生み出す、より複雑で多様な生態系を内包していると言えるだろう。この多層性が、アジやサバのような表層魚から、ハタやタイのような沿岸魚、そして深海の珍しい魚まで、幅広い種類の魚介を育む要因となっている。
現代の駿河湾の漁業は、その豊かな恵みを未来へと繋ぐための挑戦に直面している。特に桜えび漁においては、長年にわたり資源管理型漁業が実践されてきた。明治の発見以来、漁獲量をめぐる競争はあったが、1960年代には資源の減少と公害問題に直面し、漁業者たちは自主的な資源管理の必要性を認識した。 昭和52年(1977年)からは「プール制」と呼ばれる、水揚げ額を均等に分配する制度を導入し、操業隻数や出漁日数の制限、漁具漁法の制限を行うことで、資源保護と経営の安定化を図ってきた。 漁期も春漁(3月下旬~6月上旬)と秋漁(10月下旬~12月下旬)の年2回に限定され、産卵期は禁漁となっている。
しかし、2018年から2020年にかけて、桜えびは記録的な不漁に見舞われた。 これには、気候変動による海水温の変動や、富士川河口域からの濁りの影響など、複数の要因が複雑に絡み合っていると指摘されている。 この不漁を受け、漁業者はさらなる休漁や禁漁区の設定といった厳しい自主規制を導入し、資源回復に努めてきた。 2021年の秋漁からは回復の兆しが見え始めたものの、依然として予断を許さない状況が続いている。
駿河湾には大小24の漁港が点在し、それぞれが独自の漁業を営んでいる。 沼津港は深海魚やアジの干物で知られ、焼津港はカツオ・マグロの水揚げで日本有数の規模を誇る。 これらの地域では、漁業者が資源保護と持続可能な漁業の実現に向けた取り組みを続けている。新たな加工品の開発や観光と連携したイベントの開催なども行われ、地域の活性化を図る動きが見られる。
焼津で味わうハタや鯛の美味しさは、駿河湾という場所が持つ、単なる漁獲量の多さだけではない。それは、日本一の深さを誇る湾が育む、圧倒的な生物多様性と、それらを獲り、守り続けてきた人々の営みによって支えられている。
駿河湾は、フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界に位置し、約60万年前に伊豆半島が本州に衝突して誕生した。 この壮大な地殻変動が、水深2,500メートルに達する急峻な海底地形を生み出し、浅瀬から深海まで、異なる環境を持つ複数の生態系が共存する独特の海域を形成した。
私たちが普段口にする魚介は、その多様な環境のいずれかで育まれたものだ。ハタや鯛といった沿岸の高級魚も、黒潮の恵みを受ける回遊魚であるカツオも、そして深海の神秘を宿す桜えびも、全てはこの湾の多層的な生態系の一部である。焼津の魚の美味しさは、駿河湾が持つ地形、海流、そして河川からの栄養供給という複数の要素が絶妙に重なり合った結果であり、その奥行きを意識することで、食の体験はさらに豊かなものになるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。