2026/5/30
「しずまえ」とは何か?静岡の海が育むブランドの全貌

「しずまえ」って何?どういうふうに定義してるの?
キュリオす
静岡市が「しずまえ」という地域ブランドを立ち上げた背景と定義を解説。日本一深い駿河湾の恵みと、由比・用宗・清水の三漁港が連携してブランド価値を高める取り組みを紹介する。
静岡市が「しずまえ」という地域ブランドを立ち上げる以前から、駿河湾に面したこの地域には、それぞれ特色ある漁業が営まれてきた。例えば、由比漁港は日本で唯一、駿河湾でしか漁獲されない桜えびの水揚げ量で知られ、用宗漁港はしらす漁が盛んであった。また、清水港は冷凍マグロの水揚げ量で全国有数の規模を誇る。これらの港は、古くから独自の漁業文化と流通網を築き、それぞれの地域に経済的な基盤をもたらしてきたのだ。
しかし、それぞれの港が個別に魅力を発信する中で、静岡市全体の水産物としての認知度には課題があったという。そこで、2016年度(平成28年度)に「静岡市しずまえ振興計画」が策定された。この計画は、「しずまえ=水産物のおいしい地域」というイメージを定着させ、水産業をはじめとする地域全体の活性化を目指すものだった。 複数の地区がそれぞれのロゴでPR活動を行っていた状況に対し、2019年度から2020年度にかけて合同の勉強会が開催され、地域ブランドの統一イメージの重要性が認識される。その結果、2021年には新たなロゴマークが決定し、三つの漁港が「しずまえ」という共通の旗印のもとに結集する動きが本格化したのだ。 このように、「しずまえ」は単なる自然発生的な呼称ではなく、地域の特性を再認識し、戦略的にその価値を高めようとする行政と地域の明確な意思から生まれた言葉なのである。
「しずまえ」とは、静岡市の前浜、すなわち駿河区石部から清水区蒲原に至る駿河湾沿岸地域を指す言葉である。この広いエリアには、用宗漁港、清水港、由比漁港という三つの主要な漁港が点在し、ここで水揚げされる多種多様な魚介類が「しずまえ鮮魚」と総称される。 「しずまえ鮮魚」には、魚類だけでなく、桜えびやしらすといった甲殻類、さらにはアワビやサザエなどの貝類も含まれる。
この地域の海の豊かさは、その独特の地理的条件に由来する。静岡市は、標高3000メートル級の南アルプスの山々を背にし、目の前には日本一深い約2500メートルの駿河湾が広がる。 山々から流れ込む栄養豊富な水が駿河湾に注ぎ込み、多様なプランクトンを育むことで、豊かな生態系が形成されているのだ。 このため、「しずまえ」では数百種類ともいわれる魚介類が水揚げされ、四季折々の旬の味が楽しめる。
具体的に見ると、由比漁港は、日本国内で駿河湾でしか漁獲されない桜えびの主要な水揚げ港であり、その漁獲量は日本一を誇る。 用宗漁港は、新鮮な生しらすが名物として知られ、その日の朝に獲れたしらすがすぐに食卓に並ぶ。 また、清水港は遠洋漁業の拠点としてマグロの水揚げが盛んであり、冷凍マグロの水揚げ量は日本一を記録することもある。 これらの代表的な魚介に加え、タチウオ、真鯛、サバ、アジなど、様々な魚種が駿河湾の恵みとして「しずまえ鮮魚」を構成している。 「しずまえ」の定義は、単に地名に由来するだけでなく、この独特の自然条件が育む豊かな水産資源とその漁獲港を包含するものだと言えるだろう。
日本各地には、その土地ならではの自然条件や歴史的背景に根ざした水産物ブランドが数多く存在する。「江戸前」という言葉が、東京湾で獲れる魚介と、それを用いた寿司文化を連想させるように、地域と食が一体となったイメージは強い。 「江戸前」が、江戸時代から続く食文化の中で自然と形成され、その地の利を生かした漁法や調理法が洗練されてきた結果として定着した側面がある。
これに対し、「しずまえ」は、静岡市という行政単位が主体となり、複数の漁港が持つ個別の強みを束ね、地域全体としての価値を再認識・再構築しようとする、より計画的なブランド化の試みである点が特徴的だ。由比の桜えび、用宗のしらす、清水のマグロという、それぞれ全国的に名の知れた特産品を擁しながらも、それらを「しずまえ」という共通の枠組みで括ることで、市域全体の水産資源の豊かさを包括的にアピールしている。
例えば、特定の魚種に特化したブランドである「関アジ」「関サバ」(大分県)や「松葉ガニ」(山陰地方)などは、その魚種自体が持つ希少性や品質の高さが評価され、ブランド価値を確立している。一方、「しずまえ」は、特定の魚種に限定せず、静岡市の前浜で水揚げされる「多種多様な魚介類」全体を対象としている点が異なる。 日本一深い駿河湾と、そこへ流れ込む山からの栄養という地理的優位性を背景に、単一の「名物」ではなく、「豊かな海そのもの」をブランドの核に据えていると言えるだろう。これは、単なる特産品の列挙に終わらず、その土地の自然環境と水産業の営み全体を包括的に伝えようとする姿勢の表れではないか。
「しずまえ」の取り組みは、単に名称を定めただけに留まらない。静岡市では、「しずまえ振興協議会」を立ち上げ、漁業関係者だけでなく、流通業、加工業、小売業、飲食業、観光業、さらには地域活動を行う人々まで、幅広いステークホルダーが連携してブランドの育成と発信に取り組んでいる。
具体的には、旬のしずまえ鮮魚の情報を発信するウェブサイト「ZRATTO!しずおか」や、市内の小中学校に配布される「しずまえ新聞」などを通じて、市民や観光客への認知度向上を図っている。 これらの情報発信は、単に魚介の種類を紹介するだけでなく、しずまえ鮮魚を使ったレシピの提案や、実際に購入できる直売店、食べられる飲食店を紹介するなど、消費者が「しずまえ」を日常的に取り入れやすいような工夫が凝らされている。
また、用宗漁港まつりのようなイベントを通じて、生しらすの即売などが行われ、地元住民や観光客が獲れたての味を直接体験できる場も提供されている。 静岡市内のスーパーマーケットでも、時期によっては様々な「しずまえ鮮魚」が並び、その新鮮さが消費者に届けられているのだ。 これらの活動は、「しずまえ」が単なる地域振興のスローガンではなく、実際に人々の食卓や地域経済に影響を与える存在として根付きつつあることを示している。後継者問題や漁獲量の変動といった水産業が抱える課題に対し、「しずまえ」というブランドが、新たな活路を見出すための重要な役割を担っていると言えるだろう。
「しずまえ」という言葉が示すのは、単に静岡市の前浜で獲れる魚介の総称というだけではない。日本一深い駿河湾と、標高差の大きい山々が織りなす独特の自然環境が、いかに多様で豊かな海の恵みを生み出しているかという地理的優位性。そして、その恵みを未来へと繋ぐために、個別の漁港が持つ強みを統合し、地域全体としてブランドを確立しようとする人々の営み。これらすべてを内包する概念が「しずまえ」なのである。
これまで個々の特産品として認識されてきた桜えびやしらす、マグロが、「しずまえ」という共通の文脈で語られることで、静岡市全体の水産資源の奥深さが一層際立つ。それは、特定の魚種だけを追い求めるのではなく、駿河湾という広大な海が持つ潜在的な価値を再発見し、持続可能な形で活用しようとする試みでもある。観光客が地元の魚介を味わう際、「しずまえ」という言葉を意識することで、目の前の料理が単なる一品ではなく、静岡の山と海が育んだ自然の恵みと、それを守り、届けようとする人々の努力の結晶であるという、新たな視点が得られるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。