2026/6/19
飛鳥鍋は牛乳が貴重だった時代からどのように生まれたのか

飛鳥鍋について詳しく教えて欲しい。どういう歴史なのか?牛乳は昔から飲んでいたの?
キュリオす
飛鳥時代に薬として伝わった牛乳。貴重な乳製品が、ヤギの乳や鶏肉と合わさり、現代の郷土料理「飛鳥鍋」へと発展した経緯を辿る。
乳製品が都に招かれた時代
飛鳥鍋のルーツを探るには、まず日本の牛乳・乳製品の歴史に目を向ける必要がある。日本に乳製品が伝わったのは、今から約1400年前の飛鳥時代とされている。6世紀中頃に朝鮮半島から渡来した智聡(ちそう)という人物が、仏典や医薬書とともに牛乳の薬効や乳牛の飼育法を記した書物をもたらしたのが始まりとされる。その後、大化の改新の頃、智聡の子孫である善那(ぜんな)が孝徳天皇に牛乳を献上したところ、天皇はそれを大いに喜び、「和薬使主(やまとのくすしのおみ)」の姓と「乳長上(ちちおさのかみ)」という乳製品技官のような職を与えたという記録が残る。このことからも、当時の牛乳は滋養強壮に効く「薬」として認識され、非常に貴重なものだったことがうかがえる。
宮中では乳牛院が設けられ、皇族のために牛乳が搾乳され、また「蘇(そ)」と呼ばれる加工品も作られていた。「蘇」は牛乳を長時間煮詰めて作られる乳製品で、練乳や古代のチーズのようなものだと推測されている。 『延喜式』には、牛乳一斗から一升の蘇が得られるという記述があり、現代の復元実験でも、牛乳を10分の1程度の量にまで煮詰めて固める製法がとられている。 「醍醐味(だいごみ)」という言葉の語源も、仏教の経典に記された乳製品の加工段階の中で「醍醐」が最上級の味とされたことに由来すると言われ、この時代の乳製品がいかに珍重されていたかを示すものだろう。
しかし、この時期に牛乳や乳製品を口にできたのは、主に天皇や貴族、一部の僧侶といった上流階級に限られていた。 牛は農耕に不可欠な労働力であり、乳を搾る目的で飼育されることは一般的ではなかった。また、仏教の殺生禁断の思想が広まるにつれて、牛馬を食すことやその乳を利用する文化は次第に廃れていったとされている。
飛鳥鍋の三つの起源説
飛鳥鍋の誕生には複数の説があるが、いずれも飛鳥時代の乳製品文化と深く結びついている。最も広く知られているのは、飛鳥時代に唐(中国)から渡来した僧侶が、厳しい寒さをしのぐためにヤギの乳を使って鍋料理を作ったのが始まりという説だ。 当時の日本において牛乳は貴重であったため、より身近なヤギの乳が用いられた可能性が指摘されている。
もう一つの説は、当時、宮中で珍重されていた牛乳を僧侶たちが密かに飲むようになり、やがて飼っていた鶏肉を牛乳で煮て食していたものが飛鳥鍋の起源になったというものだ。 貴族の間で薬として飲用されていた牛乳が、僧侶たちの間で独自の形で料理へと発展した可能性を示唆している。
そして、現代の「飛鳥鍋」の形が考案されたのは、実は昭和初期のことである。旧飛鳥村の村長であった故・薮内増次郎氏が、地域産業の発展を願い、古くからこの地方で食べられていた「鶏肉の牛乳煮」をもとに考案したと言われている。 橿原観光ホテルがこれを看板メニューとして提供し始めたことで、現在の飛鳥鍋が地域に広く浸透していった。 このことから、飛鳥鍋は飛鳥時代に生まれた食の「遺伝子」を受け継ぎつつも、近代になって郷土料理として再構築された側面を持っていると言えるだろう。
これらの説は、飛鳥鍋が単なる偶然の産物ではなく、古代からの乳製品利用の歴史と、特定の地域での食文化の伝承、そして近代における地域振興の試みが重なり合って生まれたことを示している。特に、牛乳が薬として珍重された時代を経て、それが料理として形を変えていく過程には、当時の人々の食に対する知恵と工夫が見て取れる。
東アジアにおける乳文化の系譜
日本の乳製品の歴史を考える上で、東アジア全体における乳文化の広がりと比較することは重要である。メソポタミアで紀元前4000年頃には牛乳が利用されていたことが石板に描かれており、乳を飲む習慣は中東からインド、そして中央ヨーロッパへと広まったと考えられている。 中国大陸においても、古くから乳製品が作られており、特に『斉民要術』のような古文書には「酪」や「酥」といった乳製品の記述が見られる。
日本に乳製品が伝来したのは、中国南北朝の文化が朝鮮半島を経由して伝えられた飛鳥文化の時代と重なる。 仏教伝来とともに、乳製品の加工技術や薬効に関する知識ももたらされた。インド仏教の経典には、乳製品の加工度合いに応じて「乳味」「酪味」「生酥」「熟酥味」「醍醐味」という五味に例えられ、最高の美味である「醍醐」は仏教の教えにも通じる尊いものとされた。 このように、乳製品は単なる食品としてだけでなく、精神的な価値をも伴って日本に紹介されたのである。
しかし、日本の乳文化は大陸のそれとは異なる道を辿った。大陸では酪農が盛んで多様な乳製品が作られたのに対し、日本では農耕社会が確立されており、牛は主に労働力として利用されたため、乳を搾る文化は限定的だった。また、仏教の殺生禁断の教えが浸透する中で、動物の肉や乳を口にすること自体が忌避される風潮も生まれた。 江戸時代には、牛乳は「白き血」「けがれ」と見なされることもあり、一部の上流階級が薬用として用いるに留まっていた。 このように、一度は宮中で花開いた乳文化も、庶民に広まることなく、長く歴史の表舞台から姿を消していたのである。
一方、飛鳥鍋のルーツとされる「ヤギの乳を使った鍋」という点に着目すると、ヤギは牛に比べて飼育が容易であり、小規模な農村でも乳を得ることができた。これは、牛の乳が貴重品であった時代において、地域の人々が身近な食材で栄養を補給しようとした知恵の表れとも解釈できる。大陸の乳文化が貴族の食卓を飾る一方で、飛鳥地方の農村では、より実践的な形で乳が食生活に取り入れられていた可能性も考えられるだろう。
現代に息づく飛鳥の味
現代の飛鳥鍋は、奈良県、特に明日香村や橿原地域を代表する郷土料理として、多くの飲食店や民宿で提供されている。 鶏肉と野菜を牛乳とだし汁で煮込むのが基本で、鶏肉には「大和肉鶏」のような地元のブランド鶏が使われることもある。 具材としては、白菜、しいたけ、春菊、人参、ごぼう、豆腐、はるさめなどが一般的だ。
調理のポイントは、牛乳を加えた後、強く沸騰させないことである。牛乳が分離してもろもろになるのを防ぎ、まろやかな口当たりを保つためだ。 味付けは鶏ガラスープをベースに、白味噌や醤油、砂糖で調えられ、ショウガの絞り汁や七味唐辛子が薬味として添えられることも多い。 生卵にくぐらせて食べるスタイルもあれば、だしごと器にとって薬味を加えて食べる方法もある。 こうした工夫により、牛乳が苦手な人でも食べやすい、コクがありながらも和風の趣を持つ鍋料理に仕上がっている。
昭和初期に現在の形が考案され、橿原観光ホテルが看板メニューとして提供し始めたことで広く知られるようになった飛鳥鍋は、地域の人々の生活に根ざし、家庭料理としても親しまれている。 冬場には体を温めるために食べる機会が増えるが、年間を通して提供する店も多い。 また、明日香村の「めんどや」のように、創業以来約100年続く老舗が、地鶏や旬の地場野菜を使った飛鳥鍋を提供し、全国から客が訪れる例もある。 飛鳥鍋は、単なる郷土料理としてだけでなく、地域の食文化を支える観光資源としても重要な役割を担っていると言えるだろう。
古代の記憶と現代の食卓
飛鳥鍋の歴史を辿ると、日本の食文化における牛乳の立ち位置が、いかに時代とともに変化してきたかが浮き彫りになる。飛鳥時代に「薬」として貴族の間に広まった乳製品は、一度は廃れたものの、形を変えながら地域に細々と伝承され、そして近代になって郷土料理として再発見された。牛乳は昔から飲用されていたが、それはごく限られた階層の、しかも薬としての利用が主であった。 庶民が日常的に牛乳を飲むようになったのは、明治時代以降の文明開化とともに、その栄養価が再評価され、政府の普及活動や学校給食への導入などを経てからである。
飛鳥鍋は、この長い歴史の中で、乳製品が持つ可能性を日本独自の食文化と融合させた稀有な例と言える。単に牛乳を料理に取り入れただけでなく、鶏肉や和風だし、味噌や醤油、ショウガといった日本の調味料と組み合わせることで、洋風のクリーム煮とは異なる、まろやかで深みのある味わいを生み出している。これは、異文化から伝わった食材を、日本の風土や食習慣に合わせて巧みに「翻訳」してきた日本料理の特性をよく表しているのではないか。
飛鳥鍋を味わうとき、私たちは単に温かい鍋を囲んでいるだけではない。そこには、飛鳥時代に大陸から伝わった乳文化の記憶、貴重な食材を慈しみ、知恵を絞って食してきた人々の営み、そして地域の魅力を再構築しようとした近代の努力が凝縮されている。牛乳という現代ではありふれた食材が、かつては「薬」であり「幻の味」であったという歴史を知ることで、目の前の一杯の鍋が、より深く、豊かな味わいをもたらすことだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 日本人が牛乳を飲むようになったのは、いつからですか? | 乳と乳製品のQ&A | 一般社団法人日本乳業協会nyukyou.jp
- 日本の牛乳の歴史 | findNew 牛乳乳製品の知識j-milk.jp
- 3K記事-24│奈良まほろばソムリエ友の会stomo.jp
- 【歴メシを愉しむ(98)】牛乳の鍋で飛鳥時代へ | 丸ごと小泉武夫 食マガジンkoizumipress.com
- 飛鳥時代から令和まで 牛乳の歴史完全解説|山村乳業note.com
- ミルクの歴史 | ミルクと牛のお話 | 雪印メグミルク株式会社meg-snow.com
- 世界の乳製品の歴史|乳酸菌生産物質の原料・製造/光英科学研究所koei-science.com
- チーズを楽しむ|チェスコ株式会社chesco.co.jp