2026/6/12
境港はなぜ紅ズワイガニと天然本マグロで日本一を誇るのか

境港ではどのような海産物が獲れる?詳しく教えて欲しい。
キュリオす
境港では、日本海の深海資源を活用した紅ズワイガニと、夏に水揚げされる天然本マグロで全国トップクラスの水揚げ量を誇る。豊かな漁場と加工技術、そして変化に対応する港の取り組みが、その地位を支えている。
美保湾に響く競りの声
朝靄が残る境港の岸壁に立つと、潮の香りに混じって、どこか金属的な響きが混じる。それは、魚市場から漏れ聞こえる競りの声と、活気ある港の喧騒だろう。鳥取県と島根県の県境に位置するこの港は、日本海に面し、古くから漁業と貿易で栄えてきた土地だ。三方を海に囲まれた地理的条件は、多種多様な魚介類を育む豊かな漁場を形成してきた。
しかし、「境港ではどんな海産物が獲れるのか」という問いに対する答えは、単に魚種を羅列するだけでは不十分だ。そこには、日本海の深淵な生態系、漁師たちの知恵、そして港が歩んできた歴史が複雑に絡み合っている。この港が、特定の魚種において「日本一」と称される背景には、どのような物語があるのだろうか。
黒潮と山陰の恵みが交わる歴史
境港の漁業の歴史は、江戸時代にまで遡る。当時は沿岸漁業が主だったが、明治以降、沖合・遠洋漁業へとその規模を拡大していく。 文久元年(1860年)には御手船役所が設けられ、瀬戸内海や九州、北陸方面との木造和船による交易が行われるなど、古くから港を中心に発展してきた。
しかし、境港が「日本有数の漁獲量を誇る港」として全国的に知られるようになるのは、戦後のことである。 昭和28年(1953年)に第三種漁港に指定され、その後、巾着網漁業による水揚げ量が飛躍的に増大したことで、昭和48年(1973年)には特定第三種漁港へと昇格した。 この特定第三種漁港への指定は、船籍地に関わらず全国の漁船が境港を利用できることを意味し、日本海沖合漁業の中核基地としての地位を確立する大きな転換点となった。
この時期、特にマイワシの資源が豊富であり、昭和61年(1986年)から平成6年(1994年)にかけては9年連続で50万トン以上の水揚げを記録し、平成4年(1992年)から5年間は全国1位の水揚げ量を誇った。 その後、一時的に資源変動の低迷期を迎えるものの、近年ではマイワシやサバ類などの資源が回復傾向にあるという。 このように、境港の漁業は、豊かな漁場と、それを最大限に活用するための港湾整備、そして漁業技術の進化が重なり合って、その発展を遂げてきたのだ。
深海の紅と夏の黒が彩る
境港で水揚げされる海産物は多岐にわたるが、その中でも特に目を引くのは、特定の魚種における圧倒的な水揚げ量である。まず挙げられるのが、紅ズワイガニだ。境港市は紅ズワイガニの水揚げ量で全国一位を誇り、全国の紅ズワイガニ加工品の約8割のシェアを持つという。 日本海の水深800メートルより深い海域に生息する紅ズワイガニは、9月から翌年6月までと禁漁期を除く10ヶ月間にわたってかにかご漁で漁獲される。 その鮮やかな紅色と身詰まりの良さは、産地でなければ味わえないとされる。
次に、夏の味覚として全国に名を馳せるのが天然本マグロ(クロマグロ)である。 境港は生の本マグロの水揚げ量においても全国トップクラスの実績を誇り、特に平成7年、15年、そして平成17年から28年まで、複数年にわたり日本一を記録している。 夏に水揚げされるクロマグロは脂ののりは控えめであるものの、生鮮で流通されるため、その本来の香りとみずみずしさが評価されている。
他にも、境港の漁業は多様な魚種に支えられている。まき網漁業によるアジ、サバ、イワシ類が漁獲の多くを占め、季節ごとに様々な魚が水揚げされる。 春にはサヨリ、メバル、カレイ類、夏には白いか(ケンサキイカ)、スズキ、イワガキ、秋にはハタハタ、シラス、サワラ、そして冬には山陰の冬の味覚の王様である松葉がに(ズワイガニ)やブリ、スルメイカなどが並ぶ。 このように、境港は特定の「日本一」を擁しながらも、四季折々の豊富な魚種が水揚げされる「海の町」として、その水産業を多角的に展開しているのだ。
資源の深さと加工の巧みさ
境港の漁業を他の主要漁港と比較すると、その特徴は「資源の深さ」と「加工技術の巧みさ」に集約される。全国の漁港ランキングでは、水揚げ量や金額で上位に位置する港は数多く存在するが、境港が際立つのは、日本海の深海資源を効率的に活用している点だろう。 例えば、太平洋側の漁港がカツオやマグロといった回遊魚を主に扱う一方で、境港は紅ズワイガニという水深数百メートルに生息する深海性のカニを大量に水揚げし、その加工までを一貫して行う。
青森県の八戸港や千葉県の銚子漁港がイワシやサバといった多獲性魚種で知られるように、漁港はその地域の地理的条件や漁業形態によって特色が異なる。境港もかつてはマイワシの水揚げで全国一位を記録したが、その後の資源変動にも対応し、現在は紅ズワイガニや天然本マグロといった高付加価値魚種に強みを持つことで、漁業全体の安定を図っている。
また、境港の強みは、漁獲された水産物を単に流通させるだけでなく、その場で加工する能力の高さにある。港の背後には大規模な水産加工団地が形成されており、水揚げされた大量の魚介類が直ちに加工される体制が整っている。 これは、漁獲物の鮮度を保ち、多様な加工品として市場に供給することで、水産物の価値を最大化する戦略である。例えば、紅ズワイガニの加工で全国の8割のシェアを持つという事実は、境港が単なる漁獲拠点ではなく、水産加工の一大拠点でもあることを示している。 このように、境港は日本海の豊かな資源を背景に、漁獲から加工、流通までを一貫して行うことで、他の漁港にはない独自の地位を築いてきたと言えるだろう。
変化する海と港の現在地
現在の境港は、日本有数の漁獲量を誇る一方で、水産業を取り巻く様々な課題に直面している。水産資源の悪化や魚価の低迷、漁業者の高齢化は全国的な問題であり、境港も例外ではない。 特に、漁業従事者の減少は顕著であり、境港市の第一次産業従事者は2010年から2020年の10年間で約20%減少しているというデータもある。
しかし、境港はこうした課題に対し、手をこまねいているわけではない。例えば、魚資源の減少や漁師の高齢化といった課題に向き合う中で、「持続可能な漁業」や「最新技術の活用」に挑戦している企業もある。 冷凍技術や流通網の強化によって、境港の海の幸を全国、そして海外へも発信しようとする動きも見られる。
また、港湾施設の老朽化や衛生管理の課題も指摘されており、高度衛生管理型市場の整備や、災害に強い漁港・市場づくりが進められている。 漁港の活性化ビジョンでは、水揚げ機能の強化に加え、安全で高品質な水産物を流通させるための取り組みが掲げられている。 地域全体で魚食普及にも力を入れており、地元の高校生が水産物の加工や流通、販売を実践的に学ぶことで、魚離れが進む現状に一石を投じる活動も行われている。 境港は、単に魚を獲るだけでなく、その先の加工、流通、そして食文化の継承までを見据え、変化する時代に対応しようとしているのだ。
魚種多様性の「深さ」が示すもの
境港で獲れる海産物を紐解いていくと、単なる漁獲量の多寡だけでは捉えきれない、この港固有の「深さ」が見えてくる。それは、日本海の深淵な地形と、そこに棲む多様な生物群を効率的に、そして持続的に利用しようとする人間の営みの深さである。一見すると、紅ズワイガニやクロマグロといった特定の「日本一」が際立つが、その背後にはアジ、サバ、イワシ類といった多獲性魚種が漁業の基盤を支え、さらに季節ごとに細やかな沿岸魚種が食卓を彩る。
この多層的な魚種構成は、日本海という漁場の特性と無関係ではない。沖合には深海が広がり、そこに紅ズワイガニのような深海性の生物が生息する。一方で、美保湾や中海といった汽水域も擁し、ヒラメやレンコダイ、多様なイカ類など、沿岸性の魚介類も豊富だ。 境港は、この垂直方向の資源の深さと、水平方向の多様性を同時に活用することで、漁業の安定性と弾力性を確保してきたと言える。
「日本一」の称号は、特定の時期や魚種に限定されることが少なくない。しかし、境港の真価は、その時々の資源状況や市場の需要に応じて、漁業の軸足を柔軟に調整し、多種多様な海の恵みを引き出し続けてきた点にある。それは、自然の恵みを最大限に活かしつつ、漁師や加工業者が知恵を絞り、港全体でその価値を高めてきた証左だろう。境港の漁港に立ち、競りの活気と、並べられた魚介の多様さを目の当たりにするとき、この港が培ってきた歴史と、未来を見据える視線を感じ取ることができるはずだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 特三漁港|公益社団法人 全国漁港漁場協会gyokou.or.jp
- 鳥取県・境港の水産業の歴史 上野水産と共に歩む漁港町の発展 – 上野水産公式オンラインショップstore-uenosuisan.com
- 特三漁港|公益社団法人 全国漁港漁場協会gyokou.or.jp
- 境港web.sanin.jp
- 築地市場よりも大迫力!?鳥取・境漁港の食&体験を徹底解説! - 日本の観光メディアMATCHAmatcha-jp.com
- 水産王国境港!|【境港観光ガイド】さかいみなと、とsakaiminato.net
- 位置と歴史 | 鳥取県境港水産物輸出入促進協議会sakaiminato-world.org
- shimane-u.ac.jpipc.shimane-u.ac.jp