2026/6/12
松江の茶と和菓子は、なぜ藩主の美意識から生まれたのか

松江はどうしてお茶や和菓子が有名なのか?
キュリオす
松江の茶と和菓子文化は、松江藩七代藩主・不昧公が茶の湯を奨励し、職人を保護したことに始まる。貴重な砂糖の供給と需要の高まりも、文化を育んだ。不昧公の美意識が城下の文化を動かした。
城下の路地を巡る、甘く渋い香り
松江の町を歩くと、老舗の和菓子店が軒を連ね、喫茶店では抹茶が供される光景に出くわす。土産物店には、色とりどりの練り切りや、茶席で使われるような菓子が並ぶ。なぜこれほどまでに、松江の地に茶と菓子の文化が深く根付いたのか。その問いは、かつての城下町が育んだ独自の時間に触れることにつながるだろう。
不昧公が築いた「茶の湯」の骨格
松江の茶文化を語る上で、避けて通れないのが松江藩七代藩主、松平治郷(はるさと)、通称「不昧(ふまい)公」の存在である。彼が藩主となった18世紀後半、江戸時代中期には、すでに茶の湯は武家社会に浸透していたが、不昧公はさらにその文化を深化させた。不昧公自身が石州流不昧派を確立した茶人であり、その茶風は「綺麗寂び」と称される。侘び寂びの精神を基調としつつも、華やかさや優美さを兼ね備えるのが特徴とされる。彼は茶道具の蒐集にも熱心で、多くの名品を松江に集めた。また、茶会を頻繁に催し、藩の家臣たちにも茶の湯を奨励した。これにより、松江藩の武士階級に茶の湯が深く浸透し、その文化が城下全体へと広がる基盤が作られたのだ。単なる趣味に留まらず、茶の湯を藩主の教養として、また家臣のたしなみとして位置づけた点が、松江の茶文化の骨格を形成したと言える。
経済と文化が織りなす菓子づくり
不昧公が茶の湯を奨励したことで、茶席に欠かせない和菓子もまた、その発展を促された。当時の松江藩は、領内における菓子作りの職人を手厚く保護したという。不昧公自身が茶会を開く際には、特別な菓子を注文した記録も残っており、これが菓子職人の技術向上に繋がったと考えられている。さらに、松江藩は商業を重視し、日本海に面した立地から、北前船による交易が盛んであった。砂糖は当時貴重な輸入品であり、長崎から京都を経て松江にもたらされた。この安定した砂糖の供給源が、繊細な甘さを特徴とする上生菓子(じょうなまがし)の発展を後押しした要因の一つとされる。また、茶の湯が盛んになるにつれ、茶席を彩る菓子の需要も高まり、城下には菓子舗が次々と開業していった。これら複数の要因が重なり、松江は独自のお茶と和菓子文化を育んでいったのである。
金沢や京都との違いに見えるもの
茶の湯と和菓子で知られる都市は、松江の他にもいくつか存在する。例えば、京都は言わずと知れた茶道文化の中心地であり、多様な茶道流派と結びついた和菓子が発展してきた。茶の湯の歴史そのものが古く、公家文化や禅宗の影響を色濃く受けている点が特徴である。一方、金沢も加賀藩前田家が文化振興に力を入れたことで、武家文化としての茶の湯が栄え、美しい加賀百万石の菓子文化が花開いた。これらの都市と比較すると、松江の茶の湯は、不昧公という特定の藩主の強い個性が、藩全体に茶の湯と和菓子文化を浸透させたという点で、やや異なる様相を見せる。京都のように複数の流派が併存する形で自然発生的に広がったというよりは、藩主の強力なリーダーシップと美的センスが、城下全体に文化の方向性を与えた側面が強い。また、金沢が持つような、いわゆる「百万石」の華やかさとは異なり、松江の茶の湯は、より生活に密着した、日常の中に溶け込むような「町人文化」としての側面も早くから持ち合わせていたと言える。
現代に息づく茶と菓子の風景
現代の松江には、不昧公が築いた茶の湯の精神が今も息づいている。城下には江戸時代から続く老舗の和菓子店が点在し、それぞれが伝統的な製法を守りながら、季節ごとに趣向を凝らした上生菓子を作り続けている。また、松江城周辺や堀川沿いには、抹茶を提供する茶房が多く見られる。市民の間でも茶道が盛んであり、学校教育の中で茶道を体験する機会を設けるなど、次世代への継承にも力が入れられているという。観光面でも、松江城や武家屋敷を訪れる人々が、抹茶と和菓子を楽しむことは定番の体験となっている。かつて藩主が愛した茶の湯は、形を変えながらも、松江の町にとって欠かせない日常の風景の一部として生き続けているのだ。
藩主の美意識がたどり着いた場所
松江の茶と和菓子文化を巡る旅は、単に美味しいものを味わう体験に留まらない。そこには、一人の藩主の美意識が、いかにして城下の文化全体を動かし、後の世まで影響を与え続けるかという歴史の層が横たわっている。不昧公が茶の湯を深く愛し、その普及に努めたことは、単なる趣味の範疇を超えて、地域の産業と職人の技術向上、さらには人々の暮らしの質にまで影響を及ぼした。現代の松江で目にする茶と菓子の豊かな情景は、約200年前の藩主の決断と、それに応えた人々の営みが積み重なった結果なのである。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- » <不昧公200年祭記念 特別展>松平不昧 -茶のこころ | 松江歴史館 – 松江城東隣・松江の歴史を紡ぐ場所 -|年間を通して様々な特別展や企画展を開催している歴史博物館です。matsu-reki.jp
- 銘茶・銘菓老舗めぐりの旅 in松江 / 第7代松江藩主-松平不昧公をたずねてmatsue-shinisekai.farend.ne.jp
- 松江観光協会 - 松江めぐり|お茶と和菓子を楽しむkankou-matsue.jp
- 松江観光協会 - グルメ|お茶・和菓子kankou-matsue.jp
- 茶どころ松江 | 松江 茶の湯ww2.sanin-chuo.co.jp
- 生活に溶け込んだ和菓子 島根県松江市の老舗和菓子屋 彩雲堂saiundo.co.jp
- 大名茶人 松平不昧公 | 松江 茶の湯ww2.sanin-chuo.co.jp
- ISSUE12 松江 質実の美を今に ~松江に茶の文化を根付かせた不昧公~|「瑞風」の美を訪ねて|TWILIGHT EXPRESS 瑞風 MIZUKAZEtwilightexpress-mizukaze.jp