2026/6/26
伊勢の「お福わけ」はなぜ赤福と似ている?二見浦の波形に込められた物語

株式会社御福餅本家について詳しく知りたい。
キュリオす
江戸時代中期創業の御福餅本家。伊勢名物「赤福餅」と似た形状の「お福餅」が、なぜ二見浦で長年愛され続けるのか。その由来や、波形に込められた職人の手仕事、そして赤福との違いを辿る。
二見浦に立つ、あんこの波
伊勢の二見浦に立つと、どこか懐かしい潮の香りの向こうに、夫婦岩が寄り添う姿が見える。この地を訪れる旅人の多くは、伊勢神宮への参拝を終え、あるいはこれから向かう途上にあるだろう。その道すがら、古くから旅人をもてなしてきた和菓子がある。「御福餅」だ。その名は、伊勢名物として広く知られる「赤福餅」と並び称されることも少なくない。見た目も、餡で餅をくるんだその形状も、確かに似ている。しかし、なぜ伊勢の地で、これほどまでに似た二つの餅菓子が長きにわたり共存し、それぞれに独自の歩みを続けてきたのか。その問いは、単なる菓子の差異を超え、伊勢という土地が育んできた文化の奥行きに触れるものだ。
元文三年、旅人の茶店から
株式会社御福餅本家の創業は、江戸時代中期の元文三年(1738年)に遡る。伊勢国で小橋長右衛門が茶店を開いたのが始まりとされている。当時、伊勢神宮への「お伊勢参り」は庶民にとって一生に一度の願いであり、多くの旅人が伊勢本街道や熊野街道を歩いてこの地を目指した。長旅で疲れた旅人たちは、茶店で供される甘い餡餅に心と体を癒したことだろう。この餡餅が、現在の「御福餅」の原型である。当初は二見浦の地に店を構え、夫婦岩や二見興玉神社への参拝客をもてなしてきた。明治時代に入ると、現在の伊勢市二見町茶屋へと店舗を移転している。
江戸時代から続く菓子屋は数あれど、その多くは時代の変遷とともに姿を変えたり、消えたりしてきた。しかし御福餅本家は、代々受け継がれる製法を守りながら、大正十年(1921年)には「御福餅」の商標権を取得し、その名を確固たるものとする。 昭和初期には、全国優良製産品審査会や全国菓子博覧会で有功賞金牌や壱等賞金牌を受賞するなど、その品質は全国的にも高い評価を得るに至った。
長きにわたる歴史の中では、幾度かの試練も経験している。2007年には、同業他社で発覚した製造日偽装問題の波紋が広がる中で、御福餅本家もまた自主申告により表示不正が明らかになった。 これに対し、同社は工場設備の改善や衛生管理教育の徹底に取り組むことで、添加物を使用せずに日持ちを延ばす包装技術を導入するなど、品質管理への真摯な姿勢を示した。 この出来事は、伝統を守りながらも、現代の食の安全基準にいかに応えるかという、老舗菓子店が抱える共通の課題を浮き彫りにしたと言えるだろう。
波間に映る、手仕事の形
御福餅の魅力は、その素朴ながらも洗練された味わいと、変わらぬ製法にある。主原料は北海道産の小豆「きたろまん」と、同じく北海道産のもち米「はくちょうもち」だ。 「きたろまん」はでんぷん質が濃く、まったりとした餡に仕上がるため、御福餅独特のなめらかなこし餡に適しているという。 この厳選された素材を使い、職人が日々、水の量や火加減、炊き加減を調整しながら、柔らかさの中にもハリのある餅と、風味豊かなこし餡を作り上げている。
特に目を引くのは、餡の形である。御福餅の表面に刻まれた三筋の波形は、伊勢の二見浦に打ち寄せる波を表現したものだ。 この波形は、一つひとつ職人の手作業によってつけられる。餡を指でつまみ、餅をくるむようにして箱に詰める際、軽く叩いて指の形を餡に残すという工程を経るのだ。 全ての工程を機械化すれば生産効率は上がるだろうが、同社は創業当初からの「手作りの温かみ」を大切にし、この最終工程だけは江戸時代と同じ製法を守り続けている。 職人はまず餅を一口大に切る「しんきり」の技術から習得し、最終的に「あんつけ」と呼ばれる完成品を作る技術を目指すという。
この手作業へのこだわりは、単なる伝統墨守ではない。そこには、大量生産では得られない個々の餅の表情や、職人の心遣いが宿る。例えば、2018年にはパッケージを木箱からフィルム包装へと変更し、保存料なしで賞味期限を3日から7日に延ばすことに成功している。 これは、伝統的な製法を守りつつも、現代の流通や衛生管理の要請に応えるための技術革新の一例と言えるだろう。伊勢神宮に奉納される際も、「正直なものづくり」を誓う宣誓書とともに「お福餅」が供えられており、その品質へのこだわりは揺るがない。
二つの餅菓子が語る伊勢の道
伊勢の地には、御福餅と並び称されるもう一つの餡餅がある。「赤福餅」だ。両者は見た目も、餡で餅をくるむ形状も、そして伊勢名物としての立ち位置も酷似しているため、しばしば比較の対象となる。しかし、この二つの餅菓子はそれぞれ別の会社が製造・販売しており、その成り立ちや表現する世界観には明確な違いがある。
赤福餅の餡の三筋が伊勢神宮内宮の五十鈴川の清流を表現しているのに対し、御福餅の三筋は前述の通り二見浦に打ち寄せる波を象徴している。 これは、それぞれの創業地と深く結びついていると言えるだろう。赤福本店が五十鈴川に近い内宮鳥居前町にあるのに対し、御福餅本店の直営店は二見浦に位置している。 伊勢参りの旅人がそれぞれの地で休息し、甘い餅を口にした情景が、その形に投影されているのだ。
味の面でも違いがある。一般的に、御福餅は赤福餅よりもやや甘さが強く、餅は柔らかめだと評されることが多い。 赤福餅が「さっぱり寄り」と感じる人もいる中で、御福餅は甘さの出方と餅の弾力に個性があり、消費者の好みによって選択肢が分かれる。 戦後には、この種のあんころ餅が伊勢の地で14種類も存在したという記録もあり、その中で赤福と御福が抜きん出て生き残った背景には、それぞれの独自の味と物語、そして立地が作用したと考えられる。
また、御福餅の名称は、二見興玉神社に祀られる天鈿女命(あまのうずめのみこと)の通称「御福さん」に由来するとされている。 神話に由来する命名は、単なる商品名以上の意味を持ち、地域文化との深い結びつきを示すものだろう。一方で赤福の名称は「赤心慶福(せきしんけいふく)」、つまり「偽りのない心で他人の幸せを喜ぶ」という言葉から来ており、こちらもまた思いが込められている。 これらの比較は、伊勢の地で育まれた餅菓子が、単なる土産物ではなく、それぞれの歴史と地域性を色濃く反映した存在であることを示している。
変わる時代と、変わらぬ手仕事
現代において、株式会社御福餅本家は伝統を守りながらも、新たな試みを続けている。2024年3月には、二見浦の夫婦岩に近い場所に数寄屋造りの新社屋がオープンした。 この新店舗はウッドデザイン賞やグッドデザイン賞を受賞するなど、現代的な建築としても評価されている。 喫茶スペースを併設し、定番の「お福餅」だけでなく、抹茶味の「抹茶お福餅」や、こし餡アイスキャンディー「お福アイスマック」など、新しい商品も展開している。 特に「お福アイスマック」は夏場の人気商品であり、通年で天然氷のかき氷や「お福あんみつ」なども提供することで、年間を通して多様な客層に対応している。
新店舗の建設は、単なるリニューアルではなく、伊勢市の景観重点地区に位置しながら津波浸水のリスクがあるという二見浦特有の課題に対応するため、躯体をRCラーメン構造とするなど、堅牢な構造が採用された。 伝統的な街並みの保全と防災という二つの要請に応えながら、新たな店舗の形を模索しているのだ。
御福餅は、現在も熟練の職人によって一つひとつ手作業で箱詰めされている。 一日に約4,000箱が出荷されるというこの数字は、手仕事の限界を示唆しつつも、品質へのこだわりを物語る。 社長の西川三男氏は「伊勢のやさしいお福わけ」を企業理念に掲げ、安全を第一に、添加物を使用しない製品づくりを続けている。 小さい子供から高齢者まで、誰もが安心して日本の伝統の味を楽しめるようにという配慮がそこにはある。 職人の中には次世代を担う若者も育っており、伝統技術の継承にも力が注がれていることが伺える。
「お福わけ」が繋ぐ伊勢の記憶
御福餅本家の歩みは、伊勢という土地の歴史と、そこに集う人々の営みが菓子という形に凝縮されたものだと言える。創業者の小橋長右衛門が旅人にあん餅を「お福わけ」したという由来は、単に甘味を提供するだけでなく、旅の疲れを癒し、福を分かち合うという、伊勢参りの精神そのものと重なる。
現代の伊勢を訪れる旅人は、かつてのような長旅の末にたどり着くのではなく、比較的容易にこの地を訪れることができる。しかし、二見浦の波を模した御福餅を手に取る時、その波の形は、遠い昔、この地を訪れた人々の旅路や、彼らが抱いた願い、そしてそれをもてなした人々の心遣いを静かに伝えてくる。赤福餅との比較を通して見えてくるのは、単なる類似品としての存在ではなく、異なる場所、異なる表現で伊勢の風土と信仰を菓子に託してきた二つの老舗の物語である。御福餅は、伊勢の「お福わけ」という精神が、時代を超えて形を変えながらも、脈々と受け継がれてきた証なのだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 時代を越えて、旅人をもてなす御福餅本家・三重県伊勢市|交流Style|中部電力株式会社koryu.chuden.co.jp
- 御福餅本家 | 公益社団法人 伊勢市観光協会ise-kanko.jp
- 会社概要 – 御福餅本家ofukumochi.com
- 今度は「御福餅」、表示不正の疑い: J-CAST ニュース【全文表示】j-cast.com
- 赤福に続き御福餅も製造日偽装 - ウィキニュースja.wikinews.org
- otoriyosetecho.jp
- お福餅(御福餅本家)が進化していた! – tamai.nettamai.net
- 御福餅本家のこだわり – 御福餅本家ofukumochi.com