2026/6/12
勾玉の里・玉造温泉はなぜ「美肌の湯」と呼ばれるのか

玉造温泉の特徴について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
島根県松江市の玉造温泉は、古代文献にも記された「神の湯」として知られる。美肌効果の根拠は泉質にあり、勾玉文化との結びつきがその歴史的価値を高めている。
勾玉の里に湧く、古の美肌の湯
玉湯川に沿って立ち並ぶ旅館の灯りが水面に揺れる。その川のせせらぎに耳を澄ませば、遠い昔から変わらぬ湯の音が聞こえてくるような気がする。島根県松江市に位置する玉造温泉は、古くから「美肌の湯」としてその名を知られてきたが、単なる効能だけではない、この地に深く根差した歴史と文化が、その評価を支えている。なぜこの湯が、千三百年もの時を超えて人々を魅了し続けるのか。その問いは、この地の土壌と、そこに暮らした人々の営みの中に答えを探ることになるだろう。
神話と文献が結ぶ、湯の歴史
玉造温泉の歴史は、日本最古の文献の一つである『出雲国風土記』(733年成立)にまで遡る。そこには「一度入浴すれば容姿が端麗になり、再び入れば万病が治る。その効能が効かなかったことはないので、土地の人は神の湯と呼んでいる」と記されている。この記述は、奈良時代にはすでに「神の湯」として広く知られ、その効能が人々に語り継がれていたことを示している。
温泉地の名の由来もまた、この地の古代からの営みに深く関わる。玉造の地は、古くから花仙山で良質なめのうが産出し、弥生時代後期から古墳時代にかけて、勾玉(まがたま)の生産が盛んに行われていた。 「玉造」とは文字通り「玉を作る」場所を意味し、三種の神器の一つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)もこの地で造られたという伝承が残る。 玉作湯神社には、勾玉作りの神である櫛明玉命(くしあかるだまのみこと)が祀られ、古代の職人たちの信仰を集めてきた。 平安時代には、清少納言が『枕草子』の中で有馬温泉などとともに玉造の湯を挙げ、その名声は京の都にまで届いていたことがわかる。 温泉の発見には、国造りの神である少彦名命(すくなひこなのみこと)が関わったという神話も語り継がれ、この地の湯が単なる自然現象を超えた存在として認識されてきた背景がうかがえる。
美肌を支える泉質の科学
玉造温泉が「美肌の湯」と呼ばれる理由は、その泉質に裏付けられている。正式な泉質名は「ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉」であり、弱アルカリ性である点が特徴だ。 この泉質には、肌に潤いとハリを与える硫酸イオンが豊富に含まれており、古くから湯治場として親しまれてきた硫酸塩泉の特徴をよく示している。
さらに、温泉水に含まれるメタケイ酸の含有量が多いことも、玉造温泉が「天然の化粧水」と称される所以である。メタケイ酸は化粧品にも用いられる保湿成分であり、50mg/L以上で美肌効果が期待され、100mg/L以上で「美肌の湯」と評価されるが、玉造温泉はその基準を大きく上回る数値を誇るという。 塩化物泉の成分は、肌の表面に薄い塩の膜を形成し、温泉で吸収した潤いを閉じ込める役割を果たす。 また、弱アルカリ性の湯は、古い角質や汚れを優しく取り除くクレンジング作用も期待できるため、湯上がりの肌をしっとりとなめらかに整えるのだ。 近年では、国内の製薬会社による科学的な評価試験も行われ、玉造温泉水が肌の水分量を高め、キメを整え、くすみを軽減する効果が実証された。 このように、古代から伝わる「神の湯」という評価が、現代の科学によって再確認されている点は興味深い。
「三名泉」「三古泉」とは異なる独自の歴史性
日本の温泉地を語る上で、「日本三名泉」や「日本三古泉」という分類がよく用いられる。日本三名泉は、室町時代の万里集九や江戸時代の儒学者・林羅山が選定したとされる草津、有馬、下呂を指し、泉質や名声の高さが基準となっている。 一方、日本三古泉は、有馬、道後、白浜を指し、『日本書紀』や『風土記』といった古代文献に登場する歴史の長さが選定基準だ。 有馬温泉は、その両方に名を連ねる稀有な存在である。
玉造温泉は、これらの「三大温泉」の枠組みには含まれないが、その歴史的背景と特異な価値は、他の名湯と一線を画す。玉造の湯が『出雲国風土記』に記されたのは8世紀初頭であり、これは日本三古泉の選定基準にも匹敵する古さを持つ。 しかし、単に古いというだけでなく、「美肌の湯」としての効能が明確に、かつ一貫して語り継がれてきた点が玉造温泉の独自性と言えるだろう。他の古泉が万病への効能や神話的起源を強調するのに対し、玉造は「姿形が美しくなる」という、特定の美容効果に特化した評価を千年以上も維持してきた。 この一貫した「美」への言及は、古代の勾玉文化と結びつき、単なる湯治場以上の意味をこの地に与えている。
現代に息づく、美と神話の景観
現代の玉造温泉街は、玉湯川の流れに沿って、老舗旅館や土産物店、飲食店が軒を連ねる。 温泉街の至る所に勾玉をモチーフにしたデザインが見られ、マンホールやモニュメントにもその意匠が施されている。 勾玉作り体験ができる施設もあり、古代の職人たちの手仕事を追体験することも可能だ。
散策の途中には、源泉を自由に汲める「湯薬師広場」や、足湯が複数点在し、気軽に湯に触れることができる。 また、温泉街の中心には玉作湯神社が鎮座し、「願い石・叶い石」に触れて祈願する人々で賑わう。 これは、縁結びで知られる出雲大社に近いこともあり、美と良縁を求める観光客にとって重要なスポットとなっている。 温泉街を流れる玉湯川沿いには、出雲神話の情景を表現したオブジェも点在し、古代の物語を現代の風景の中に織り込んでいる。 かつては団体旅行の減少などで厳しい時期もあったが、近年は「美肌と神話」を前面に出したブランディング戦略が奏功し、「温泉総選挙」でグランプリを獲得するなど、その魅力を再認識させる取り組みが進められている。 温泉水を使った化粧品「姫ラボ」の開発も、現代における「美肌の湯」の新たな展開と言えるだろう。
古代と現代が交錯する湯の価値
玉造温泉が持つ特異性は、その歴史が単なる時間の長さではなく、特定の価値観、すなわち「美肌」という属性を一貫して持ち続けてきた点にある。古代の『出雲国風土記』に記された「形容端正しく」という言葉が、現代の科学的な肌水分量測定によって裏付けられる。この千三百年という時間の中で、人々が湯に求めたものが変わることなく、現代の技術がそれを追認したという事実は稀有である。
また、勾玉という古代の宝飾品文化と温泉が密接に結びついている点も、他の温泉地には見られない特徴だ。玉造の地名、神社の祭神、そして温泉街の景観に至るまで、勾玉は玉造温泉のアイデンティティを形成する重要な要素となっている。これは、単に湯が湧く場所ではなく、古代から続くこの地の「美」と「神秘」への信仰が、形を変えながら現代にまで継承されていることを示している。玉湯川のほとりで、源泉の湯気に触れる時、古代の玉作りの職人たちがこの湯に何を求めたのか、その問いが静かに浮かび上がる。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 玉造温泉furusato.sanin.jp
- 玉造について | 玉造温泉公式サイト・たまなび【松江観光協会玉造温泉支部/玉造温泉旅館協同組合】tamayado.com
- 松江観光協会 - 松江めぐり|出雲の國 神話|玉造温泉kankou-matsue.jp
- 玉造温泉の泉質の特徴や温泉街の楽しみ方、おすすめの宿・旅館・ホテルをご紹介!tabiiro.jp
- 美肌の湯 玉造温泉 | 玉造温泉ゆ~ゆ|島根県松江市玉湯町tama-yuuyu.com
- 玉造温泉と勾玉の完全ガイド|神話の聖地で本物の開運体験を - シマカン|トリセツシマネ観光部tabi.torisetsu-shimane.com
- 旅の縁起物:JR西日本westjr.co.jp
- 玉造温泉と勾玉: 島根観光に欠かせない!美肌の湯・玉造温泉って?shimane55tamatsukuri.seesaa.net