2026/6/14
北海道・ELEZOがジビエ肉の価値を再定義するまで

北海道のお肉で有名なELEZOについて詳しく教えて欲しい。
キュリオす
北海道・豊頃町を拠点とするELEZOは、狩猟から加工、レストラン提供までを一貫して行う食肉料理人集団。エゾシカ肉の品質向上とジビエ文化の再定義に挑む。
料理人の原点と食肉の道へ
ELEZOの始まりは、代表である佐々木章太氏が料理人としての道を歩み、故郷である北海道帯広市に戻った2005年に遡る。東京の有名フランス料理店で研鑽を積んだ佐々木氏は、実家のカフェレストランを手伝う中で、ある日、店の常連である猟師が獲ったエゾシカの肉と出会うことになる。この時口にしたシカ肉の味わいは、それまでの料理人としての経験を揺るがすほどの衝撃だったという。
佐々木氏はこの経験から「食は命をいただく行為」であるという本質的な気づきを得て、食肉文化への関わり方を根本から見直すことを決意する。当時、ジビエ肉の流通は十分とは言えず、品質も安定していなかった。食肉処理に携わる人々への感謝が薄い日本の現状にも問題意識を抱いていた佐々木氏は、「命から食材に転換する行為を自分がやらなくては」という使命感を持つに至る。2005年、食肉処理流通業としてELEZOを創業し、当初はジビエ肉を専門に扱い、東京のレストランへ卸していた。2009年には、父方の実家がある十勝開拓発祥の地とされる豊頃町大津に拠点を移し、食肉総合ラボラトリーを建設する。この地で、狩猟から加工、販売、そしてレストランでの提供までを一貫して行う、独自のビジネスモデルを本格的に構築していくことになる。
命を巡る一貫生産の哲学
ELEZOが実践する「食肉の一貫生産管理体制」は、生産狩猟部門、枝肉熟成流通部門、シャルキュトリ製造部門、そしてレストラン部門の四つの柱で構成されている。この体制の根底には、「肉一片、血一滴も無駄にしない」という佐々木氏の信念がある。
生産狩猟部門では、単に獲物を捕獲するだけでなく、料理人の視点から「最良の食材」となるための厳しい基準が設けられている。たとえば、エゾシカの狩猟においては、臓器や身体を傷つけないよう首か頭を狙うこと、野外での解体処理は行わないこと、そして捕獲から1時間半以内に施設に運び込み処理を行うこと、さらには対象月齢を雌4歳、雄3歳を上限とするといった具体的なルールが定められている。これらのルールは、肉質の劣化を防ぎ、衛生面でのリスクを極力減らすためのものであり、従来のハンターの慣習に一石を投じるものだった。ELEZOに賛同する約30名のハンターが、このポリシーを共有し、狩猟にあたっている。
2007年からは、ジビエに加え、三元豚や短角牛、真鴨などの家畜・家禽の飼育も開始している。ELEZOの放牧豚は、一般的に6ヶ月で出荷されるところを1年半かけてじっくりと育てられる。地元の芋や野菜を与え、傾斜地で運動させることで筋繊維が発達し、旨味の深い肉質となるのだ。
枝肉熟成流通部門では、捕獲・飼育された肉が、北海道庁が認定する「エゾシカ肉処理施設認証」(北海道HACCPのA判定以上が条件)を取得したラボラトリーで解体され、熟成される。この徹底した衛生管理のもと、肉の旨味や香り、質感が最高レベルまで引き出される。熟成された生肉は、ELEZOの理念に共感する全国約400店舗の登録会員レストランにのみ販売されるという。
シャルキュトリ製造部門では、需要の低い部位や端肉も余すことなく活用し、ハム、ソーセージ、生ハム、サラミ、パテ、煮込みといった加工品へと昇華させる。これらの加工品は、レストランやオンラインショップを通じて一般消費者にも提供されている。そしてレストラン部門では、これらの食材を最高の形で提供することで、ELEZOの食肉哲学を直接顧客に伝える場となっている。
既存の枠組みを超える試み
ELEZOの一貫生産管理体制は、日本の食肉業界において既存の枠組みを大きく超える試みと言える。一般的に、食肉の生産、処理、流通、加工、販売はそれぞれ独立した業者が担うことが多い。特にジビエにおいては、狩猟者、処理施設、販売業者、料理人の連携が不足し、品質のばらつきや衛生面での課題が指摘されてきた。
対照的に、ELEZOは全ての工程を自社で管理することで、品質の一貫性を保ち、食材の背景までを明確に提示することを可能にしている。これは、例えばフランスの伝統的な食肉加工職人「シャルキュティエ」が、自ら家畜を飼育し、屠畜から加工、販売までを手がけるような、古くからの職人文化に通じるものがある。しかし、ELEキュティエが扱うのは主に加工肉であり、ELEZOのようにジビエの狩猟から家畜の飼育、生肉の熟成、そしてレストランでの提供までを統合するモデルは、世界的に見ても稀有な存在である。
また、日本のジビエ文化においては、増えすぎたエゾシカの駆除が課題となる中で、その肉の有効活用が求められている。ELEZOは単なる駆除肉の流通ではなく、「料理人目線」で最高の食材としてのジビエを追求することで、その価値を再定義している。狩猟方法や処理の厳格なルール設定は、野生動物の肉を「食肉」として最大限に引き出すためのものであり、従来の「駆除」という枠を超えた、新たな食文化の創造を目指す姿勢が窺える。
さらに、ELEZOはオーストラリアのワイナリー「シロメィワイナリー」と提携し、ELEZOの肉に合うワインを共同開発するなど、食の可能性を広げる試みも行っている。これは、単一の食材に留まらず、食全体をデザインしようとする彼らの視野の広さを示すものだろう。
十勝の地で紡ぐ食の現在地
現在、ELEZOは北海道中川郡豊頃町大津に食肉総合ラボラトリーを構え、その活動の中心としている。2022年10月には、この地に念願のオーベルジュ「ELEZO ESPRIT(エレゾ エスプリ)」をオープンさせた。このオーベルジュは、レストラン棟と3棟のヴィラからなり、広大な草原と太平洋を望む丘の上に佇んでいる。ここでは、ELEZOが手がけるジビエや放牧豚、黒軍鶏などを素材とした料理が提供され、宿泊客は「命のスープ」と呼ばれるエゾシカのコンソメから始まるコースを体験できる。
「ELEZO ESPRIT」は、広告宣伝を一切行わない「紹介制」のレストランでありながら、国内外から多くの美食家が訪れるという。これは、彼らが追求する食肉の美学と、食材の背景にある物語を直接体験したいという人々の強い関心の表れだろう。オーベルジュの設立は、食材が育つ環境そのものを感じてもらい、命の尊さや食肉の背景を理解してもらうための場として構想された。
ELEZOはまた、料理人や施設従事者に対する処理加工技術の指導や人材育成、ジビエ処理施設関係者の視察受け入れなど、業界全体の発展に貢献する活動も展開している。年間処理数量は、創業当初の1トンから平成29年度には21トンへと増加しており、その事業規模も拡大している。食肉の生産から調理販売までを一貫して行う「食肉料理人集団」として、ELEZOは十勝の地で新たな食肉文化を創造し続けている。
問い直される食の根源
ELEZOの取り組みが示すのは、単なる高品質な肉の提供に留まらない、食の根源への問い直しである。私たちが普段口にする肉が、どのような過程を経て食卓に届くのか、その命の背景にどのような物語があるのか。多くの消費者がその過程から切り離されて久しい現代において、ELEZOは「A to Z」の一貫体制を通じて、その見えなくなりがちな部分を可視化しようとしている。
彼らの活動は、食肉の生産者と消費者の間に失われつつあった信頼と理解を再構築する試みだ。料理人が狩猟免許を取得し、自ら山に入り、命と向き合う。そして、その肉を自ら解体し、熟成させ、加工し、料理として提供する。この一連の行為は、食肉を単なる商品としてではなく、尊い命の恵みとして捉え直す視点をもたらす。
豊頃町大津のオーベルジュ「ELEZO ESPRIT」で提供される「命のスープ」は、エゾシカの骨や筋を香味野菜と水のみで煮込んだコンソメであり、肉のうまみが凝縮された澄んだ味わいだ。これは、肉の隅々までを余すことなく活用し、その命を最大限にいただくというELEZOの哲学を象徴している。彼らの実践は、効率化と大量生産が主流となった現代の食肉産業に対し、別の価値基準を提示していると言えるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 株式会社エレゾ社 | 北海道の食肉料理人集団elezo.com
- 北海道・十勝のオーベルジュ「ELEZO ESPRIT」で、命の尊さをいただく唯一無二の贅沢ステイ - Gourmet&Traveller グルメ&トラベラー|パリ 東京 京都groumet-traveller.com
- 食肉の未来を切り拓く。「料理人集団」が創る革命的な一貫生産管理体制 | 株式会社ELEZO社 | VALUE WORKSvalue-works.jp
- 「食肉料理人集団」ELEZO社の取り組み – とよころじかん|豊頃町町勢要覧 WEB版 2022toyokoroinfo.com
- 十勝の開拓精神を受け継ぐ、食肉料理人集団。 | Destination Restaurantsauthentic-japan-selection.japantimes.com
- 噂の食肉料理人集団「ELEZO」が手がけた、十勝のオーベルジュ | GOETHEgoetheweb.jp
- 北海道・食肉料理集団「ELEZO(エレゾ)」 4月1日より アルカンと業務提携 | フランス食材輸入商社アルカンarcane.co.jp
- 食の開拓者としてのジビエの魅力を伝える「株式会社ELEZO」のスピリッツ/北海道中川郡豊頃町 - NIHONMONOnihonmono.jp