2026/7/1
なぜ夏越の大祓で茅の輪を左・右・左と潜るのか

夏越の大祓について詳しく教えて欲しい。何が起源?なんで左右左で茅の輪を潜るのか?
キュリオす
夏越の大祓は、古代の宮中行事から広まった日本の伝統的な浄化の儀式です。茅の輪くぐりの作法には、神話に由来する「左・右・左」の祓いの意味が込められています。
夏越の風、茅の輪を抜ける
六月の終わり、梅雨の湿気が肌にまとわりつき、本格的な夏の訪れを予感させる頃、日本の各地で神社の境内に立つ茅の輪を目にすることが多くなる。人の背丈ほどもあるその大きな輪は、青々とした茅で編まれ、見る者にどこか清々しい印象を与える。多くの人がその輪をくぐり、何事かを祈る。これが「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」、日本の古くからの浄化の儀式である。だが、なぜこの時期に、なぜこのような輪を、そしてなぜ左・右・左と特定の作法でくぐるのか。その背景には、単なる習慣では片付けられない、日本人の自然観と、そこから生まれる心のあり方が息づいている。
古代の宮中から広がる祓いの道
「大祓」という神事の起源は、日本神話にまで遡るとされている。記紀神話において、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻り、身に付いた穢れを洗い清める「禊祓(みそぎはらえ)」を行ったことが、そのルーツにあるという見方もある。古代日本では、日々の生活の中で知らず知らずのうちに心身に付着する「罪穢れ(つみけがれ)」という概念があり、これは道徳的な「罪」だけでなく、病気や災厄、不浄といった広範な事象を指した。この穢れを定期的に祓い清めることが、国家の安泰と人々の平穏のために不可欠だと考えられていたのだ。
律令制度が確立された飛鳥時代から奈良時代にかけて、大祓は国家的な祭祀として宮中に組み込まれた。特に平安時代に編纂された法令集『延喜式(えんぎしき)』には、大祓の具体的な作法が詳細に記されている。それによれば、毎年六月と十二月の晦日(みそか、月の最終日)に、都の朱雀門前で親王以下の百官が集まり、中臣氏が「大祓詞(おおはらえことば)」を読み上げ、彼らの罪穢れを祓い清める儀式が執り行われていたという。これは、天皇が臣下の罪穢れを祓うことで、国家全体の清浄を保つための重要な祭祀であった。
この宮中行事であった大祓が、やがて全国各地の神社へと広がり、それぞれの地域の風習と結びつきながら発展していった。六月の晦日に行われる大祓は「夏越の祓(なごしのはらえ)」、あるいは「水無月(みなづき)の祓」と呼ばれるようになり、年が明けてから半年間の罪穢れを祓い、本格的な夏を無事に乗り越えるための無病息災を願う神事として定着した。室町時代にはすでに茅の輪をくぐる風習があったとも伝えられており、大祓が宮廷の儀式から民衆の生活に根ざした行事へと変容していった過程がうかがえる。
茅の輪の起源については、日本神話に登場する「蘇民将来(そみんしょうらい)」の伝説がよく語られる。備後国風土記に記されたこの説話によれば、旅の途中で宿を求めた素盞嗚尊(すさのおのみこと)を、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は冷たくあしらったが、貧しい兄の蘇民将来は手厚くもてなした。これに感謝した素盞嗚尊は、後に疫病が流行した際、「茅の輪を腰に付けていれば病から免れることができる」と蘇民将来に教えたという。蘇民将来とその子孫だけが疫病を逃れたというこの伝説から、茅の輪は厄除けや疫病除けの強力な象徴として、人々の間に広まっていったと考えられているのだ。
茅の輪が語る祓いの作法
夏越の大祓において中心となるのが、茅(ちがや)で作られた大きな輪をくぐる「茅の輪くぐり」である。この茅という植物は、イネ科の多年草で、古くから人々の暮らしに深く関わってきた。茅葺き屋根の材料や生活道具として利用されてきた一方で、その力強い成長や、枯れても翌年には新しい芽を伸ばす姿が「再生」や「命の循環」を象徴すると考えられてきた。また、葉先が剣のように鋭いことから、邪気を祓う力があると信じられてきた背景もある。日本神話において国生みでイザナギが用いたとされる「天沼矛(あめのぬぼこ)」に、その形状が重ね合わせられたとする説も存在する。
茅の輪をくぐる作法は、一般的に「左・右・左」の順に、数字の「八の字」を描くように三度くぐり抜けるのが基本とされている。この独特な動きには、心身の穢れを祓い清め、新たな活力を得るという意味が込められているのだ。一礼をして茅の輪の正面に立ち、まずは左足から輪をまたいで左回りにくぐり、元の位置に戻る。次に右足から輪をまたいで右回りにくぐり、再び元の位置へ。そしてもう一度、左足から輪をまたいで左回りにくぐり、そのまま神前へ進み参拝する。
この「左右左」の作法の由来については諸説あるが、日本神話のイザナギの禊祓との関連を指摘する声もある。黄泉の国から戻ったイザナギが、自身の穢れを祓うために水中で禊を行った際、左目を洗うと天照大御神が、右目を洗うと月読命が、鼻を洗うと素盞嗚尊が生まれたという。この左目、右目、鼻という順番が、神道の清めや祓いにおける「左→右→左」の原型であるという考え方だ。神職が用いる大麻(おおぬさ)を振る際や、清めの塩をまく際にも、同様の「左→右→左」の順序が見られることから、これは古くから伝わるお祓いの流儀の一つであることがわかる。
茅の輪くぐりの際には、「水無月の夏越しの祓する人は 千歳の命延ぶというなり」という古歌を唱えたり、「祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ」という言葉を心の中で念じたりすることもある。これらの言葉は、神に自身の罪穢れを祓い清め、無病息災と幸福を願う切実な思いが込められている。
茅の輪くぐりと並んで、夏越の大祓で重要な役割を果たすのが「形代(かたしろ)」、または「人形(ひとがた)」と呼ばれる紙の人形である。参拝者はこの形代に自身の名前と年齢を書き入れ、軽く息を吹きかけ、体の気になるところを撫でることで、半年間に溜まった心身の罪穢れを形代に移すとされる。その後、これらの形代は神社に納められ、神職によってお祓いを受けた後、川や海に流されたり、火で焚き上げられたりして、穢れが浄化される。形代は、人が穢れを具体的な形に託し、それを手放すことで、心身を清めるという日本古来の呪術的な発想に基づくものだ。
穢れを祓う「形」の多様性
「大祓」は、年に二度、六月と十二月に行われる神事であり、それぞれ「夏越の大祓」と「年越の大祓」と呼ばれる。両者は半年の罪穢れを祓い清めるという共通の目的を持つが、その季節的な意味合いには違いが見られる。夏越の大祓が梅雨から本格的な夏へと移り変わる時期に行われ、暑さによる体調不良や疫病への備え、そして半年間の無事を感謝し、来るべき暑い季節の無病息災を願う意味合いが強いのに対し、年越の大祓は一年を締めくくり、新たな年を清らかな気持ちで迎えるための区切りとしての意味合いが重視される。
こうした時期的な節目に心身を清めようとする営みは、日本に固有のものではない。世界中の多くの文化や宗教において、特定の時期に身を清めたり、過去の罪や穢れを清算したりする儀式が見られる。例えば、ヒンドゥー教のガンジス川での沐浴や、ユダヤ教のヨム・キプール(贖罪の日)における断食と祈り、キリスト教の四旬節など、その形態は様々だ。しかし、日本の大祓における「穢れ」の捉え方には、特徴的な側面がある。神道における穢れは、必ずしも道徳的な悪事だけを指すのではなく、死や病、出産といった、命の循環の中で避けがたく生じる「気枯れ(けがれ)」、つまり一時的に活力が衰えた状態をも含む。そのため、祓いは罪を「責める」行為というよりも、自然に付着した不浄を取り除き、本来の清浄な状態へと立ち返るための行為として位置づけられる。
茅の輪くぐりのような具体的な「形」を伴う浄化の儀式も、日本の文化に深く根差している。これは、抽象的な概念である「穢れ」を、茅の輪や形代といった具体的なものに託し、物理的な行動を通じて祓い清めようとする実践的な知恵とも言えるだろう。他の文化にも植物を用いた浄化の儀式は存在するが、人がその中をくぐり抜けるという大規模な輪を設置する形式は、比較的に珍しい。茅の輪が蘇民将来伝説という明確な物語を持つことも、その独自性を際立たせている。この伝説は、単なる厄除けだけでなく、貧しい者への慈悲がもたらす加護という教訓を含んでおり、人々の信仰に厚みを与えているのだ。
また、茅の輪くぐりが多くの神社で一般に開かれ、誰でも参加できるという点も特筆すべきだろう。宮中祭祀としての起源を持ちながらも、時代とともに民衆へと開かれ、地域社会の年中行事として定着していった経緯は、日本の神道が持つ柔軟性を示している。特定の司祭者だけでなく、一般の人々が自ら身体を動かして浄化の行為に参加することで、共同体全体の連帯感を育み、個人の心身のリセットを促す役割も担ってきたと言える。
現代に息づく茅の輪の風景
現代において、夏越の大祓は依然として日本各地の神社で重要な年中行事として執り行われている。毎年六月三十日を中心に、多くの神社では境内に茅の輪が設置され、その前には参拝を待つ人々の列ができる風景が夏の風物詩となっている。家族連れや友人同士、あるいは一人で訪れる人も多く、皆が茅の輪をくぐり、半年の穢れを祓い、残る半年の無病息災を願う。
多くの神社では、茅の輪くぐりの期間を六月三十日だけでなく、数日間にわたって設けている。これは、現代社会の多様なライフスタイルに対応するための配慮とも言えるだろう。また、遠方に住む人々や、直接神社に赴くことが難しい人々のために、形代を郵送で受け付け、遠隔地からの参加を促す神社も増えている。
夏越の大祓にまつわる食文化も、現代に受け継がれている。特に京都を中心に、この時期に「水無月(みなづき)」という和菓子を食べる習慣がある。白いういろう生地の上に甘く煮た小豆が散らされ、三角形に切り分けられたこの菓子は、見た目にも涼やかだ。三角形は、かつて宮中で暑気払いとして食されていた氷室の氷の欠片に見立てたものとされ、上に乗せられた小豆の赤色は、古くから邪気を祓う力があると信じられてきた。庶民が貴重な氷の代わりに、氷に見立てたこの菓子を食べることで、無病息災を願ったのが始まりだという。六月下旬になると、京都の和菓子店だけでなく、全国のスーパーやコンビニエンスストアでも水無月が並ぶ光景が見られるようになる。
現代社会において、「穢れ」という概念は、かつてのような疫病や災害といった目に見える災厄だけでなく、日々の生活で蓄積されるストレスや人間関係の悩み、情報過多による精神的な疲弊など、より広範な意味で捉えられるようになっている。夏越の大祓は、そうした現代的な「穢れ」をも含め、心身をリセットし、清らかな気持ちで後半の一年を過ごすための、貴重な機会として機能しているのだ。神社の静かな空間で茅の輪をくぐる行為や、形代に自身の思いを託す行為は、意識的な「心のデトックス」として、現代を生きる人々に静かに寄り添い、気づきを与え続けている。
繰り返される営みの静かな力
夏越の大祓は、単なる歴史的遺物としてではなく、現代社会においてもその意味と価値を保ち続けている。この儀式が問いかけるのは、人がいかにして自らを清め、季節の節目に心身を整えるかという普遍的な問いである。茅の輪を左・右・左と八の字にくぐるという、一見すると形式的な作法の中には、半年間に蓄積された心身の澱を払い、新たな活力を迎え入れようとする、人間の根源的な願いが込められている。
「穢れ」という概念が、現代において多様な解釈を持つようになったとしても、この儀式が提供する「区切り」と「リセット」の機会は変わらない。物理的な行動として茅の輪をくぐり、紙の形代に息を吹きかけるという行為は、抽象的な心の状態を具体的なものへと変換し、それを手放すことで、意識的な浄化を促す。それは、自身の内面と向き合い、前向きな気持ちで未来へと歩み出すための、静かながらも確かな手応えを与えるものだろう。
古くから伝わる蘇民将来の伝説が、茅の輪という具体的な形を通じて疫病除けの祈りへと繋がっていったように、夏越の大祓は、人々が抱く不安や願いに対し、具体的な行動と象徴的な意味で応え続けてきた。その営みは、季節の移ろいの中で自然と共生し、自らの心身を律しようとする日本人の知恵と、繰り返される日常の中に意識的な節目を設けることの重要性を、現代の私たちに改めて教えている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 「夏越の祓」とは? なぜ行う? 6月30日の意味・人形祓・茅の輪くぐりを解説【大人の語彙力強化塾】 | Precious.jp(プレシャス)precious.jp
- 夏越の大祓とは?日本古来の「祓」がもつ意味とその由来 | 株式会社アミナコレクションaminaflyers.amina-co.jp
- 夏越の祓(なごしのはらえ)とは? 2026年はいつ? 風習や食べ物、初穂料の相場まで | HugKum(はぐくむ)hugkum.sho.jp
- 大祓(おおはらえ)|罪や穢れを人形(ひとがた)に託し祓い清める神事|遠江國一宮 小國神社okunijinja.or.jp
- 夏越の祓 茅の輪はどして左右左と回るの? | 和のすてき 和の心を感じるメディアwanosuteki.jp
- 大祓詞 - Wikipediaja.wikipedia.org
- 國學院大學伝統文化リサーチセンター資料館企画展「おはらいの文化史」 - 大祓詞www2.kokugakuin.ac.jp
- vol.534 6月30日は心のデトックス!夏越の大祓で罪穢れを払い、健やかに過ごす | Villa Lodola(ヴィラロドラ) | 株式会社ミルボンvillalodola.jp