2026/6/17
栃尾のジャンボあぶらげは、なぜ秋葉神社と馬市から生まれたのか

油揚げで有名な栃尾の歴史について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
新潟県長岡市栃尾で生まれたジャンボあぶらげ。その誕生には、秋葉神社の土産物説と、馬市の酒の肴説の二つが伝わっている。二度揚げや金串による油切りといった伝統製法が、その厚みと食感を生み出している。
栃尾の厚き一枚、その来歴を辿る
新潟県長岡市栃尾の地を訪れると、多くの人がまずその大きさに驚くという。長さ20センチメートル、幅8センチメートル、厚さ3センチメートルにもなる油揚げ、地元では「あぶらげ」と呼ぶその一枚は、一般的なそれとは明らかに異なる存在感を放つ。外は香ばしく、中はふっくらと柔らかい独特の食感は、味噌汁の具や煮物の脇役にとどまらず、それ自体が一つの料理として成立する。この「ジャンボあぶらげ」は、なぜこの山間の地で生まれ、独自の発展を遂げてきたのだろうか。その問いを抱えて栃尾の町を歩くと、雁木造りの家並みや、かつての賑わいを偲ばせる風景の中に、いくつかの手がかりが見えてくる。
山間の信仰と馬市の交差点
栃尾のあぶらげが現在の形になった経緯には、主に二つの説が伝えられている。一つは「秋葉神社説」、もう一つは「馬市説」だ。どちらの説も江戸時代中期にその起源を見出すことができる。
まず「秋葉神社説」は、今からおよそ250年から260年前、宝暦8年(1758年)頃に遡る。栃尾の地には、火伏せの神として広く信仰を集めていた「秋葉三尺坊大権現(秋葉神社)」があった。この秋葉神社は江戸中期に隆盛を極め、栃尾近郊のみならず、遠く佐渡や上州(群馬県)、会津(福島県)などからも多くの参詣者が絶えず訪れていたという。当時の秋葉神社の神官が、これだけ多くの信者のために何か特別な土産物を考案してほしいと、地元の豆腐屋「林蔵」に依頼したのが始まりとされる。林蔵は江戸で修行を積み直し、栃尾の良質な大豆と名水を生かして、この独自のあぶらげを創り出したと伝えられているのだ。
もう一つの「馬市説」は、栃尾の経済活動と深く結びついている。江戸時代、栃尾は春日(上越市)、椎谷(柏崎市)と並び、越後の三大馬市の一つとして盛大な馬の競り市が開かれていた。馬の売買が成立すると、農民と馬喰(ばくろう)と呼ばれる仲買人たちは、現代の契約書代わりとして酒を酌み交わす習慣があった。その際の酒の肴として、手づかみで豪快に食べられるものが求められ、あぶらげが考案されたという。高価な馬の取引を行う馬喰たちの豪快な気質に合わせて、あぶらげも徐々に大きくなっていったという見方がある。
これらの説は単独で存在するのではなく、互いに影響し合った可能性が高い。有力な説としては、秋葉神社の土産物として誕生したあぶらげが、馬市での酒の肴としても重宝され、その過程で現在のジャンボサイズへと発展していったという複合的な見方が提示されている。 山間地である栃尾において、魚や肉といった動物性タンパク質の入手が困難な中で、地元で豊富に採れる大豆から作られる油揚げは、貴重な植物性タンパク源として古くから重宝されてきた背景も、その発展を後押ししただろう。
二度揚げと金串が織りなす厚み
栃尾のあぶらげがその独特の大きさ、食感、そして風味を持つ背景には、伝統的な製法に裏打ちされた職人の技術がある。特に重要なのは「二度揚げ」と「金串による油切り」という二つの工程だ。
まず、その特徴的な厚みは、豆腐の生地作りから始まる。栃尾のあぶらげは、一般的な油揚げよりもはるかに厚い生地から作られる。この厚い生地を芯までふっくらと揚げるために用いられるのが「二度揚げ」の技法である。最初は低温の油でじっくりと時間をかけて揚げ、豆腐の内部までしっかりと熱を通す。この低温での加熱により、生地はゆっくりと温まり、内部の水分が均一に膨張する準備が整う。その後、高温の油に移し替えて二度目の揚げを行うことで、生地に含まれる水分が一気に膨張し、外はパリッと香ばしく、中はふっくらとした独特の食感が生まれるのだ。 この二度の温度変化が、栃尾あぶらげの最大の魅力である、外皮のカリカリ感と内側のジューシーさの共存を可能にしている。
次に、揚げ上がったあぶらげには、その中央に特徴的な穴が見られることがある。これは不良品などではなく、むしろ美味しいあぶらげを作るための伝統的な工程を示すものだ。揚げたての熱いあぶらげは、フェンシングのフルーレのような長い金串に何枚も刺され、吊るして油を切る。この「金串油切り」によって、余分な油が効率的に排出されるだけでなく、串が通った穴から熱が放出され、あぶらげ全体の収縮が抑えられる。これにより、栃尾あぶらげ独特の厚みが保たれ、大豆本来の旨味が凝縮されるという。 この油切りの工程は、単に油を抜くだけでなく、あぶらげの形と食感を決定づける重要な役割を担っているのだ。
さらに、これらの製法を支えるのは、栃尾地域に流れる清らかな水と、そこで育まれる良質な大豆である。山間地特有の豊かな自然環境は、豆腐作りに欠かせない要素を提供し、あぶらげの風味を一層引き立てている。大豆の加工方法にも「生しぼり」と「加熱しぼり」があり、それぞれ大豆本来の味をストレートに引き出すか、栄養素をより多く抽出し甘みやコクを深めるかという違いがあるが、どちらも栃尾の職人たちが培ってきた知恵と工夫の表れと言えるだろう。
「厚い」がもたらす独自性
日本の食文化において、油揚げは多様な形で親しまれてきた。いなり寿司に使われる薄いもの、味噌汁の具として細かく刻まれるもの、そして煮物に使われる厚手のものと、その用途に応じて様々な形状と厚みが存在する。しかし、栃尾のあぶらげのような、それ自体がメインディッシュとなり得るほどの「ジャンボサイズ」と、それに伴う独特の製法は、全国的に見ても珍しい部類に入るだろう。
例えば、関西地方などで見られる「きつねうどん」に用いられる油揚げは、甘辛く煮含められた薄手のものが一般的だ。その薄さゆえに、出汁の味をよく吸い込み、麺や出汁との一体感を重視する。また、厚揚げ(生揚げ)は、豆腐の表面だけを揚げて中は豆腐のままであるため、外はカリッとしつつも、内部のなめらかな豆腐の食感と濃厚な大豆の風味を楽しむことに主眼が置かれる。
これらと比較すると、栃尾のあぶらげは、そのどちらとも異なる独自の立ち位置を確立している。薄い油揚げのように出汁を吸い込むのではなく、厚揚げのように豆腐の食感を残すのでもない。二度揚げによって芯まで火が通りながらも、その厚みゆえにふっくらとした弾力とジューシーさを保ち、大豆の旨味が凝縮されている点が特徴である。この「厚さ」は、単なる物理的なサイズに留まらず、食感、調理法、そして食卓での位置づけまでも変えてしまう。手づかみで豪快に食すという馬喰たちの文化や、遠方からの参詣客へのお土産という役割が、この「厚い」という選択を必然的に導いたのかもしれない。
また、山間地という地理的条件が、この「厚さ」と深く結びついているとも考えられる。新鮮な魚介類や肉類が手に入りにくい環境下で、保存が利き、かつ栄養価の高いタンパク源として豆腐や油揚げが発展したことは、多くの山間地域に共通する食文化の傾向である。しかし、栃尾があぶらげを「大きく、厚く」することで、他の地域の豆腐製品とは一線を画し、満足感と食べ応えを追求した点は、その土地の歴史的・社会的背景が色濃く反映された結果と言えるだろう。これは、単なる食品加工技術の進化に留まらず、地域の生活様式や人々の嗜好が形作った文化的な産物なのである。
いま、20軒の製造所が並ぶ町で
現代において、栃尾のあぶらげは全国的な知名度を獲得し、長岡市栃尾地域の代表的な名物となっている。現在、栃尾地域には約15から20軒ものあぶらげ製造所が軒を連ね、それぞれの店が伝統的な製法を守りつつ、微妙に異なる味や食感を追求している。 地元の人々は、焼いて食べるならこの店、煮物にするならあの店、といった具合に、用途に応じてお気に入りの店を使い分けているという。
多くの製造所は家族経営や少人数の従業員で営まれており、一日の製造枚数には限りがある。そのため、昼過ぎには売り切れとなる店も少なくない。 しかし、その手作りの温かみと、職人が一枚一枚丁寧に揚げる姿勢が、消費者からの信頼と評価に繋がっていると言えるだろう。店先では揚げたてのあぶらげをその場で提供しているところも多く、外はカリッと、中はフワッとした出来立ての味を求めて、多くの観光客が訪れる。醤油をたらし、ネギや大根おろしを添えて食べるシンプルなスタイルは、あぶらげ本来の味を最も引き出す食べ方として親しまれている。
また、栃尾あぶらげの魅力を広く伝えるための活動も活発だ。「あぶらげコシヒカリ祭り」のような地域イベントでは、畳一枚ほどの巨大なあぶらげが作られ、来場者に振る舞われるなど、そのユニークさと美味しさをアピールしている。 地元企業の中には、かつて菜種油の製造販売を手掛けていた「油屋」が、時代とともに豆腐やあぶらげの製造に事業を転換し、その伝統と技術を現代に繋いでいる例もある。 これは、地域の産業が時代に合わせて柔軟に変化しながらも、食文化の核となる部分を継承していく姿を示していると言えるだろう。あぶらげは単なる食品ではなく、栃尾の歴史と人々の暮らしが息づく、生きた文化なのである。
豪快さと繊細さが交差する食文化
栃尾のあぶらげの歴史を紐解くと、そこには豪快さと繊細さという、一見すると相反する要素が共存していることが見えてくる。馬喰たちが酒の肴として手づかみで食したという逸話が示すように、その巨大なサイズと食べ応えは、かつての栃尾に息づいていた力強い生活文化の象徴であっただろう。一方で、秋葉神社の参詣客へのお土産として、江戸で修行を積んだ豆腐職人が考案したという背景は、もてなしの心と、洗練された技術への探求心を物語っている。
そして、その製法には、厚い生地を芯までふっくらと揚げるための「二度揚げ」や、金串で丁寧に油を切ることで独特の食感と厚みを保つ「油切り」といった、緻密な工夫が凝らされている。この繊細な技術がなければ、単に大きな油揚げは、硬く、油っこいだけのものになってしまうだろう。豪快な食文化と、それを支える職人の繊細な技が、栃尾のあぶらげという独特の存在を形作ってきたのである。
この厚き一枚のあぶらげは、山間の地で生まれながらも、信仰の道や商業の道を通じて、遠くの人々へと届けられてきた。それは、地域の資源と歴史的機会、そして人々の知恵が結びついて育まれた、まさしく「地のもの」の力強さを示している。そして、その力強さは、現代においてもなお、栃尾の食卓に、そして全国の食卓に、確かな存在感を持って受け継がれているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 栃尾あぶらげcity.nagaoka.niigata.jp
- Create the Life 地域社会と特産物の心地よい関係 栃尾のあぶらげ|T's Web 2022 SPRINGts-web.jp
- 栃尾の油揚げ - 新潟文化物語n-story.jp
- むかしづくりへの想い|栃尾の油揚げ 毘沙門堂本舗bishamondo-honpo.com
- 栃尾の油揚げ(あぶらげ)|長岡の観光スポット|【公式】長岡観光ナビ - 新潟県長岡市の観光・旅行サイトnagaoka-navi.or.jp
- 食べ応え抜群! ジャンボサイズの「栃尾の油揚げ」 | 新潟をつまみ食い! おうちで居酒屋レシピ | 新潟のつかいかたhowtoniigata.jp
- 栃尾の油揚げ (あぶらげ)tochionews.web.fc2.com
- 読み方は「あぶらげ」です!ビッグなおいしさに笑顔が広がります|旅の特集|【公式】長岡観光ナビ - 新潟県長岡市の観光・旅行サイトnagaoka-navi.or.jp