2026/6/19
「うま酒」三輪の地で360年超、今西酒造が守り育む「みむろ杉」の秘密

三輪の今西酒造本店とみむろ杉について詳しく教えて欲しい。
キュリオす
奈良・三輪の地で360年以上続く今西酒造。三輪山の伏流水と契約栽培の酒米を使い、神話の時代から続く「うま酒」の伝統を守りながら、現代の技術と融合させた「みむろ杉」を醸造。その清らかな味わいの秘密に迫る。
三輪の神話と酒の起源
日本書紀には、崇神天皇の時代、国中に疫病が蔓延し混乱を極めた際、天皇が大物主大神から夢でお告げを受けたという記述がある。そのお告げとは、大物主大神の子孫である大田田根子を祭主にし、酒を奉納すれば疫病が鎮まるというものだった。天皇は高橋活日命を掌酒(さかひと)に任命し、一夜にして酒を造らせて神に供えたところ、疫病はたちどころに収まり、国は再び富み始めたという。この故事から、高橋活日命は杜氏の神様として大神神社の摂社である活日神社に祀られることになった。活日神社は「一夜酒之社」とも呼ばれ、地元では今も「一夜酒さん」と親しまれている。
また、酒蔵の軒先に吊るされる「杉玉」も三輪が発祥の地とされる。大神神社から全国の酒蔵へ杉玉が届けられ、その杉玉には「三輪明神・しるしの杉玉」と書かれた札が吊るされているという。杉玉は新酒ができた合図であり、青々とした杉玉が一年かけて茶色に変わっていくことで、酒の熟成具合を示す役割も担ってきた。
「三輪」という地名自体も、酒と神事に深く関わる呼び名だと言われている。「神酒」がかつて「ミワ」と呼ばれ、神そのものも「ミワ」と読まれていたことからも、この土地と酒、神が一体であったことがうかがえる。 万葉集にも三輪の枕詞として「うま酒」が詠まれるなど、古くから三輪が美酒の産地として知られていたことがわかる。
今西酒造は、この三輪の地で万治3年(1660年)に創業した。 以来360年以上にわたり、三輪山を御神体とする大神神社の門前で酒造りを続けてきた唯一の蔵元である。 創業当初から「三諸杉」の商標で酒を醸し、その仕込み水には三輪山の伏流水を、米は三輪産のものにこだわってきたという。 かつて三輪には三軒の酒蔵があったとされるが、現存するのは今西酒造のみである。
三輪山が育む酒造りの条件
今西酒造が三輪の地で酒造りを続ける上で不可欠な要素は、三輪山から湧き出る清らかな伏流水にある。三輪山は「飲めば万病に効く」とまで言われる神秘的な水をもたらし、その澄んだ軟水が「みむろ杉」のフレッシュでやわらかな口当たりを支える根幹となっている。 この水は蔵の井戸から360年あまり途切れることなく湧き出ているという。
水質の軟らかさは、日本酒の味わいに直結する。軟水は酵母の活動を穏やかにし、ゆっくりと発酵を進めるため、きめ細かく、やわらかな酒質が生まれやすい。一方、硬水は酵母の活動を活発にし、力強く発酵が進むため、骨格がしっかりとした、男性的な酒質になりやすいとされる。三輪山の伏流水が軟水であることは、「みむろ杉」が持つ繊細で清らかな味わいの背景にある。
また、酒米も三輪の地の特性を活かしている。今西酒造では、仕込み水と同じ水脈上で契約農家と共に酒米を育てている。 奈良県独自の酒造好適米である「露葉風」を使用することも「みむろ杉」のオリジナリティの源泉となっている。 「露葉風」は奈良県のみで奨励品種として栽培されており、その米が持つコクと力強い酸味を「みむろ杉」はきれいに表現している。 加えて、自社田で蔵人自らが米作りを行う「循環型農業」も実践しており、酒粕を肥料として稲を育てる取り組みも見られる。 このように、仕込み水から酒米まで、三輪の風土と密接に結びついた酒造りを行っていることが、今西酒造の大きな特徴である。
さらに、酒造りの工程においても「清く、正しい酒造り」という哲学が貫かれている。 これは、三輪の一点の曇りもない清らかさを酒で表現することを目指し、全ての醸造工程において「正しいこと」を判断軸にするという考え方だ。例えば、洗米の際には効率よりも品質を優先し、米ぬかを完全に落とすために10kgずつ丁寧に洗うといった手作業が重視されている。 この手間暇を惜しまない姿勢が、「みむろ杉」の清らかな味わいを生み出す基盤となっている。
日本酒の歴史における三輪の位置
日本酒の歴史をたどると、三輪の地は「酒造り発祥の地」として特異な位置を占める。 『日本書紀』に見られる崇神天皇の時代の記述は、酒が神事と深く結びつき、国の安寧に貢献したという信仰の根源を示している。この神話は、単なる物語ではなく、古代の日本において酒が持つ信仰上の意味合い、そして共同体の維持に不可欠な役割を担っていたことを示唆する。
日本三大酒神神社として、奈良の大神神社、京都の梅宮神社、松尾神社が挙げられる。 これらの神社はそれぞれ異なる形で酒造りの神を祀り、日本各地の酒造家から厚い信仰を集めてきた。大神神社が三輪山を御神体とし、酒造りの祖神である高橋活日命を祀るのに対し、梅宮神社は木花咲耶姫命が酒を造って出産を祝ったとされる伝承から酒造りの祖神を祀り、子授け・安産の神としても信仰される。 松尾神社は、大山咋神を御祭神とし、京都の松尾大社を総本山として全国に分社を持つ。
これらの酒神神社が示すように、日本酒の歴史は神事と密接に結びついてきた。酒は単なる嗜好品ではなく、神と人をつなぐ媒体であり、豊穣を祈り、共同体の絆を深めるための重要な供物であった。特に三輪の大神神社は、その起源が日本最古の神社とされることからも、日本酒の信仰上のルーツがこの地にあることを強く感じさせる。
また、清酒の製法が確立された地として、奈良の正暦寺も特筆される。室町時代中期に正暦寺で生まれた「菩提酛(ぼだいもと)造り」は、生米を水に浸けて乳酸菌を繁殖させた「そやし水」を酒母の仕込み水に使う製法で、現代の日本酒製造技術の原型とも言われる。 腐敗を防ぐための「火入れ」も正暦寺で生まれたとされ、近代醸造法の基礎がこの寺院で培われたのだ。 今西酒造もこの伝統的な菩提酛造りに近年改めて着目し、「みむろ杉 菩提酛シリーズ」として展開している。
三輪の地は、神話に語られる酒の起源と、その後の清酒技術の発展の両面において、日本酒の歴史を語る上で欠かせない場所なのである。神話的背景を持つ大神神社と、技術革新の舞台となった正暦寺が、いずれも奈良県内に存在することは、この地域が日本酒文化にとって特別な意味を持つことを示している。
「三輪を飲む」現代の挑戦
今西酒造は創業1660年という長い歴史を持つが、その歩みは常に順風満帆だったわけではない。 14代目蔵元である今西将之氏が28歳で家業を継いだ2011年頃、蔵は廃業の危機に直面していたという。 当時は普通酒が生産の半分以上を占め、「三諸杉」のブランドも奈良県内でさえあまり知られていなかった。
しかし、今西氏は「三輪を飲む」という明確なコンセプトを掲げ、品質向上とブランド戦略の改革を進めた。 「清く、正しい酒造り」という哲学のもと、非効率であっても品質を最優先する醸造を実践。 例えば、米の洗米を10kgずつ丁寧に行うなど、手間暇を惜しまない姿勢を徹底した。 その結果、全国新酒鑑評会で5年連続金賞を受賞するなど、数々のコンクールで高い評価を得るまでに至った。
「みむろ杉」ブランドは、現代の日本酒市場において、洗練された味わいと透明感で国内外から注目を集めている。 特に「ろまんシリーズ」は、穏やかな香りとフレッシュな米の旨みが広がるきれいな酒質が特徴で、特約店限定で流通している。 奈良県独自の酒米「露葉風」や、定番の「山田錦」など、米の個性を活かした多様なラインナップを展開する。 アルコール度数を13度と低めに設定した原酒「Dio Abita」は、軽やかさと米の旨味のバランスが評価され、和洋問わず様々な料理に合うとされている。
2025年4月には、大神神社の参道に新たな酒蔵「三輪伝承蔵」をオープンさせた。 この新蔵は、三輪の歴史や文化、風土、技を次世代へと伝承するための拠点であり、全量菩提酛造り、全量吉野杉の木桶仕込み、全量奈良県産米使用を掲げている。 室町時代に正暦寺で確立された菩提酛造りを、吉野杉の木桶を用いて再現することで、伝統的な醸造技法と三輪の風土を融合させた酒造りに取り組む。 木桶で醸すことにより、木のタンニンや木桶に棲みつく微生物の働きが酒に複雑な風味と香りを加え、より奥深い味わいを生み出すという。
今西酒造は、本店での最先端技術と設備による酒造りと並行して、三輪伝承蔵で室町時代の酒造りを実践するという、新旧が共存する稀有な蔵元である。 平均年齢30歳という若い蔵人たちが、非効率であっても品質を追求する「清く、正しい酒造り」を実践し、三輪の地から日本酒の新たな価値を発信し続けている。
神社と酒蔵が織りなす風景
全国各地に酒造りの神様を祀る神社は存在するが、三輪における大神神社と今西酒造の関係性は、その中でも特に深い。大神神社は日本最古の神社であり、本殿を持たず三輪山そのものをご神体とするという、古代信仰の姿を今に伝える。 その麓で酒を醸す今西酒造は、単に水や米の恩恵を受けているだけでなく、この地の信仰上の意味合いそのものを酒造りの根幹に据えていると言える。
例えば、京都の松尾大社も酒造りの神を祀ることで知られ、全国の酒造家からの信仰を集めている。 境内には全国の酒造会社から奉納された酒樽が並び、その信仰の深さを物語る。しかし、松尾大社が「酒の神」を祀る一方で、三輪山は「うま酒みむろの山」と称され、「酒のもと」を意味する「みむろ」が地名や神の呼び名と重なるように、土地そのものが酒と一体化した信仰の対象である点が異なる。 大神神社が、酒造りの祖神である高橋活日命を摂社に祀り、杉玉の発祥の地とされることも、三輪の地が単なる酒造りの場所ではなく、酒の文化的・信仰的中心地であることを示している。
また、現代の日本酒造りにおいては、最新の醸造設備や科学的なデータ分析が不可欠とされることが多い。多くの蔵元が品質の安定化や効率化のために、ホーロータンクやサーマルタンクを導入している。今西酒造も「ろまんシリーズ」ではサーマルタンクを使用し、徹底した衛生管理のもと、透明感を追求した酒造りを行っている。 しかし、同時に新設された「三輪伝承蔵」では、吉野杉の木桶を用いて室町時代からの伝統的な「菩提酛造り」を実践している。 これは、現代の効率性や均一性を追求する流れとは一線を画すもので、あえて手間のかかる古来の製法に立ち返ることで、三輪の風土や歴史が持つ複雑な味わいを酒に込めようとする試みだ。
このような新旧の醸造技術が共存する姿勢は、単なる懐古主義ではない。むしろ、最新の技術で培った知見を伝統的な製法に応用し、その本質を現代に再構築しようとする挑戦である。木桶に棲みつく微生物が酒に与える影響や、吉野杉のタンニンがもたらす風味など、数値化しにくい要素を深く追求することで、三輪の地でしか生み出せない特別な酒を模索していると言える。
三輪の風景が語るもの
三輪の地を訪れると、今西酒造本店が位置する大神神社の参道沿いや、新設された三輪伝承蔵の佇まいから、この土地が持つ時間の層を感じ取ることができる。 杉の木立に囲まれた三輪山は、古代から変わらぬ姿で鎮座し、その伏流水は今も酒造りの命脈となっている。
今西酒造の「三輪を飲む」というコンセプトは、単に地元の水と米を使うというだけでなく、この土地の神話、歴史、文化、そして風土そのものを酒に表現しようとする試みだ。 蔵元である今西将之氏は、「日本酒は、歴史、文化、地域、手仕事の4つが兼ね備わった究極の伝統産業」と語り、この4つの要素を追求することで、世界に通用する酒を造り上げたいと考えている。
現代において、伝統産業はとかく効率化や大量生産の波に飲まれがちである。しかし、今西酒造が実践するのは、その逆を行く「手間暇を惜しまない」酒造りだ。 平均年齢30歳という若い蔵人たちが、日々の地道な作業を愚直に繰り返し、醪の分析には最新鋭の機械を用いながらも、最終的には人の手と五感を信じる。 この姿勢は、単に「おいしい酒」を追求するだけでなく、三輪という「酒の聖地」で酒を造る意味そのものを問い直し、その価値を現代に再定義しようとするものだ。
三輪伝承蔵で吉野杉の木桶を使った菩提酛造りを行うことは、失われつつあった古来の技法を現代に蘇らせるだけでなく、三輪山と杉の深い結びつきを改めて示すものとなる。 三輪山を覆う杉が清らかな水と米を育み、杉玉として新酒の到来を告げる。そして、その杉が酒を醸す桶となる。この循環の中に、三輪の酒造りの本質が宿っている。
神話と科学が交差する酒の地
三輪の今西酒造と「みむろ杉」は、日本酒発祥の地に根ざしながら、現代の技術と伝統的な手法を融合させることで、独自の価値を生み出している。この地の酒造りから見えてくるのは、単なる醸造技術の粋ではない。むしろ、神話的背景を持つ三輪山という自然環境、日本書紀に記された古代の酒造り、そして室町時代に確立された「菩提酛」といった歴史的な積み重ねが、現代の酒造りに息づいているという事実である。
「清く、正しい酒造り」という今西酒造の哲学は、三輪山の伏流水がもたらす清らかさを表現し、米の洗米から発酵に至るまで、すべての工程において妥協を許さない姿勢を貫く。 これは、科学的な分析によって品質を管理しつつも、数値だけでは測れない「手仕事」の価値を重んじるということだろう。特に、新設された三輪伝承蔵で吉野杉の木桶を用いた菩提酛造りを実践する姿勢は、現代の効率化とは異なる時間軸で酒と向き合うことの重要性を示唆している。
日本酒の歴史において、三輪が単なる「発祥の地」として語られるだけでなく、今もなお革新的な酒造りの現場であり続けているのは、この地に流れる神話と、それを受け継ぎ、現代に問い直す人々の存在があるからではないか。三輪山から湧き出る水が、神話の時代から現代へと、途切れることなく酒造りの営みを支え続けている。その酒を味わうことは、三輪という土地の歴史と文化、そして人々の情熱を飲むことと同義なのかもしれない。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 日本酒のふるさとモニターツアーimanishisyuzou.com
- 酒と三輪の歴史 | 奈良の日本酒「三諸杉」の蔵元 今西酒造imanishisyuzou.com
- 酒造りの神様 大神神社 / 奈良県pref.nara.lg.jp
- 三輪に現存する唯一の酒蔵【今西酒造】三諸杉と三輪のどぶろくと「うま酒」を詠んだ万葉歌 | みくるの森mikurunurie.com
- IMADEYA ONLINE STOREimadeya.co.jp
- みむろ杉 木桶菩提もと 山田錦 無濾過生原酒 おりがらみ – 日本酒と焼酎 かき沼オンラインストアkakinuma-tokyo.co.jp
- 【今西酒造】アクセス・営業時間・料金情報 - じゃらんnetjalan.net
- 奈良の日本酒「みむろ杉」「三諸杉」の蔵元 今西酒造imanishisyuzou.com
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