2026年5月14日
枕崎の鰹節、捨てる部分を「飼料」や「肥料」に活用する循環の秘密
枕崎の鰹節産業では、生産過程で発生する頭や内臓、骨などの副産物を魚粉やエキスとして有効活用している。これらの副産物は、動物用飼料や有機肥料として利用され、地域内の農業や畜産業とも連携。資源を余すところなく生かすこの取り組みは、持続可能な産業構造を支えている。
燻された港の効率
枕崎の港に立つと、空気そのものが燻されているように感じる。鰹節を作る町、と知識として知っているのと、路地を曲がるたびに薪の匂いがふわりと届くのとでは、やはり違うものだ。全国の鰹節生産量の約4割を占めるこの地では、年間1万8千トンを超える鰹節類が生産されるという。これほどの規模の産業が稼働していれば、主製品である「節」以外の部分、すなわち頭や内臓、骨といった部位が大量に発生するはずだ。それらは一体どこへ消えるのか。一見すると「捨てる」と認識されがちな部分が、この町でどのように扱われているのか、その問いから見えてくるものがある。
薩摩の港と副産物の歴史
枕崎における鰹節製造の本格化は、江戸時代中期から後期にかけてとされる。特に1707年(宝永4年)には、紀州熊野浦の漁師である甚太郎が確立した燻乾法が森弥兵衛によって薩摩に伝えられ、現在の枕崎の製法の基礎が築かれたと言われている。カツオは春から秋にかけて黒潮に乗って日本近海を北上する回遊魚であり、古くから生食や保存食として利用されてきたが、燻乾法によって保存性が高まり、その流通は拡大していった。
生産量の増加に伴い、必然的に発生する副産物の処理は、常に課題であっただろう。しかし、その利用の歴史は古い。室町時代には既に、日本近海の漁民が余った魚を天日干しにして畑にまいたり、耕牛や庭先の鶏に与えたりしていたという記録がある。これは、魚粉の原型とも言える先人の知恵だ。
枕崎において、副産物の組織的な活用が進んだのは、近代に入ってからである。枕崎水産加工業協同組合の沿革によれば、大正10年(1921年)には既に肥料製造工場が設置されている。さらに、昭和47年(1972年)には残さい処理施設化成工場が建設され、副産物をより効率的に加工する体制が整えられていった。 これは、単なる廃棄物処理ではなく、地域産業の持続性を支える重要な要素として、その価値が認識されていたことを示している。
鰹の「余すところなく」
鰹節の製造工程は、カツオの頭を落とし、内臓や腹皮を除去し、三枚におろす「生処理」から始まる。その後、煮熟、骨抜き、焙乾といった工程を経て「荒節」となり、さらにカビ付けと乾燥を繰り返して「本枯節」へと仕上げられる。この過程で、主要な製品である「節」以外の様々な部位が発生するのだ。
これらの副産物は、頭、内臓、尾、骨、そして腹皮といった固形分と、煮熟時に出る煮汁に大別される。固形分は、主に乾燥・粉砕されて魚粉(フィッシュミール)となる。特に、削り節を製造する段階で出る規格外品も、魚粉の主原料として活用される。 これらの魚粉は、良質な天然タンパク質やうま味成分を豊富に含み、動物用飼料や有機肥料として利用されるのだ。例えば、カツオの中骨はカルシウム源として、健康補助食品や飼料に加工されることもある。
一方、煮熟に使われた煮汁は、長時間加熱して煮詰めることで「かつおエキス」となり、調味料として広く利用されている。 内臓は塩辛(酒盗)に、腹皮は珍味や加工食品の素材となるなど、その用途は多岐にわたる。 こうした取り組みは、単に廃棄物を減らすという環境的な側面だけでなく、資源を最大限に活用し、新たな価値を生み出す経済的な合理性にも基づいている。鰹の持つ栄養と風味を余すことなく生かすという発想が、産業全体を支える基盤となっていると言えるだろう。
魚粉と他の産業の循環
魚を加工した副産物を肥料や飼料として利用する文化は、世界中の漁業地域に古くから見られる。しかし、枕崎の鰹節から生まれる魚粉には、いくつかの特徴が見られる。一般的な魚粉が、魚市場や水産加工場から出る様々な魚のアラや残滓を原料とし、煮熟後に圧搾・脱脂して粉末にするのに対し、枕崎の一部で製造される鰹節由来の魚粉は、削り節の規格外品を主原料とする場合がある。 この場合、圧搾による脱脂を行わないため、カツオ特有の天然タンパク質やうま味成分が流出せず、より高品質な魚粉となるのだ。
また、魚粉は用途によって「飼料用」と「肥料用」に分けられることが多い。一般的には、食用や飼料用として使えない部分が肥料用となる傾向がある。 しかし、鰹節由来の魚粉は、その高い栄養価から、飼料としても肥料としても高い評価を得ている。例えば、この魚粉を与えられた豚肉や鶏肉、鶏卵は独特の食味を持つとされ、田畑に施肥すれば作物の収量増大や品質向上、特に食味・甘味・旨味の向上に繋がるという。
他の水産加工業においても、例えばサバ節の煮汁を煮詰めた「鯖せんじ」が屋久島で生産されるなど、副産物活用は行われている。 しかし、枕崎における鰹節生産の規模と、その副産物が持つ特有の栄養価、そしてそれを肥料や飼料として高付加価値化する技術は、他の地域や産業と比較しても際立った特徴と言えるだろう。これは、単なる「残渣処理」ではなく、地域内の異なる産業を結びつける「資源循環」の仕組みとして機能している。
現代の資源循環と未来への視点
現代の枕崎では、鰹節製造から出る副産物の有効活用は、地域経済の重要な柱の一つとなっている。枕崎水産加工業協同組合は、油脂製造施設やフィッシュミール工場を運営し、年間4,338トンもの養魚用飼料を生産している。 DHAや天然カルシウムを抽出して健康食品に転用するなど、その活用範囲は拡大の一途を辿る。
この資源循環の取り組みは、地域内の産業連携にも及ぶ。例えば、カツオ由来の飼料を与えて育てられた「鹿篭豚」は、枕崎の特産品の一つとなっている。 これは、水産業の副産物が農業や畜産業を支え、地域の食料生産全体を豊かにする好例と言える。さらに、国際協力の舞台でも、枕崎の知見は生かされている。国際協力機構(JICA)と枕崎市、枕崎水産加工業協同組合は、ミクロネシアでカツオの残滓を利用した養豚用飼料普及プロジェクトを開始した。 地域で培われた資源活用のノウハウが、海外の食料問題解決に貢献する可能性を示している。
鰹節産業は、消費習慣の変化などから厳しい経営環境に直面している側面もある。 しかし、副産物の高付加価値化と多角的な利用は、こうした課題を乗り越え、持続可能な産業構造を構築するための重要な戦略となっているのだ。
鰹の循環が示すもの
枕崎の鰹節産業における副産物利用の取り組みは、「捨てる部分」という言葉が持つネガティブな響きを、いかに「活かす資源」へと転換してきたかを示している。頭や内臓、骨、そして煮汁といった、かつては廃棄物と見なされがちだったものが、魚粉やエキス、珍味へと姿を変え、農業や畜産業、さらには健康食品へと繋がる。この一連の循環は、単なる効率化の追求だけではない。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。