2026/5/30
興津川沿いのたけのこはなぜ美味しい?その秘密を辿る

興津川沿はたけのこがよく獲れるのか?
キュリオす
興津川沿いの両河内地区で獲れるたけのこは、えぐみが少なくやわらかいと評判だ。その理由は、清流が育む土壌と気候、そして生産者の「白子たけのこ」を狙った栽培技術にある。他産地との違いや、地域での取り組みも紹介する。
興津川流域、特に上流に位置する両河内地区がたけのこの名産地として古くから知られてきた事実は、この地の自然条件と深く結びついている。 興津川は、静岡市清水区と山梨県の県境に位置する田代峠に源を発し、駿河湾へと注ぐ二級河川である。その流域の約68%が森林に覆われ、急峻な地形が特徴だ。 川沿いに広がる山間部は、古くから人々の生活を支えてきた。奈良時代にはアユやノリが珍重され、徳川時代にはその清らかな水を利用して駿河半紙が作られるなど、興津川は飲料水や農業用水、木材・竹材の運搬路として、地域にとって不可欠な存在であった。
こうした環境の中で、竹は人々の暮らしに身近な資源として存在し続けてきた。明確な「たけのこ栽培の始まり」を示す記録は少ないが、竹材の利用が古くから行われていたこと、そして地域で食されてきた歴史は想像に難くない。本格的に商品としてのたけのこ栽培が始まったのは大正時代からという産地もあるが、興津川流域においては、自然の恵みを享受しつつ、徐々にその品質を高めてきた経緯が推測される。 地域の山々が育む豊かな土壌と、清流がもたらす水資源は、竹林の生育に適した環境を提供し、それが長きにわたりたけのこ生産の基盤となってきたのだ。
興津川沿いの両河内地区で獲れるたけのこが、なぜ「えぐみが少なく、やわらかい」と評されるのか。 その背景には、この地域の自然条件と、生産者の長年にわたる工夫が複合的に作用している。
まず、土壌の質が挙げられる。たけのこは土中の栄養を吸収して育つため、土壌の肥沃さがその味と質を大きく左右する。両河内地区の竹林は、興津川が形成する土壌と、山間部特有の地質が組み合わさり、竹の生育に適した環境を提供していると考えられる。また、静岡市内のたけのこは、寒暖差の激しい山間部で生産されつつも、日中の温暖な気候を享受している。 この気候条件が、たけのこの成長を促しつつ、えぐみを抑える要因となっている可能性も指摘されている。
次に、栽培方法、特に「白子たけのこ」の生産技術が大きく関与している。白子たけのこは、たけのこが地表に顔を出す前に掘り出すことで、日光に当たるのを防ぎ、緑化や硬化、そしてえぐみの発生を抑えるというものだ。 両河内地区の生産者は、年間を通じて竹林の管理を徹底し、有機堆肥を用いた栽培方法を取り入れている。 具体的には、竹チップやもみ殻、米ぬかなどの有機物を竹林内に敷き詰めることで、土壌の発酵熱によって地温を上げ、たけのこの発生を促進し、さらに地表に出る前に収穫することを可能にしている。 このような丁寧な土づくりと、たけのこの兆候を見逃さずに掘り出す熟練の技が、両河内産たけのこの「えぐみの少なさ」と「やわらかさ」を支えているのである。
たけのこの名産地は日本各地に存在するが、興津川沿いのたけのこは、他の産地と比較することでその特徴がより明確になる。生産量で言えば、福岡県、鹿児島県、熊本県といった九州勢が上位を占める一方で、味やブランドイメージでは京都の「京たけのこ」がその名を轟かせている。
京都の長岡京市に代表される京たけのこは、3月下旬から1ヶ月ほどの短い旬のために、一年をかけて徹底した土づくりが行われることで知られる。 特に、毎年わらを敷き、その上から土をかぶせるという伝統的な「土入れ」と呼ばれる作業は、地面をふかふかに保ち、たけのこが地表に出る前に収穫する「白子たけのこ」の生産を可能にしている。 これにより、皮が白く、柔らかく、甘みのあるたけのこが育つ。
一方、興津川沿いのたけのこも、同様に「えぐみが少なくやわらかい」という特徴を持ち、生でお刺身として食べられるほどだ。 ここにも、地表に出る前の「白子たけのこ」を狙った栽培技術が関わっている。 京都が長年の伝統と集約的な土づくりでブランドを確立したのに対し、興津川沿いでは、清流が育む豊かな自然環境と、それに加えて有機物による土壌改良や早期収穫といった独自の工夫が、その品質を支えている。 また、静岡のたけのこは、温暖な気候を活かし、他産地よりも早く12月から出荷が始まり、3月下旬から4月下旬が最盛期となるという出荷時期の早さも特徴的だ。 このように、自然条件と栽培技術の組み合わせによって、各産地がそれぞれの「最高のたけのこ」を追求しているのである。
興津川流域の両河内地区で育まれるたけのこは、現在もその品質が高く評価されている。特に「両河内ブランド」のたけのこは市場価値が高く、規格品の全てが東京市場へ出荷されるほどだ。 しかし、単に市場出荷に留まらず、地域ではその魅力を直接体験できる機会も提供されている。毎年4月には「善光寺とたけのこまつり」が開催され、地元の人々や観光客が旬の味覚を楽しむ場となっている。 また、「タケノコホーリー」のようなたけのこ掘り体験も行われており、家族連れなどが自然の中で新鮮なたけのこを掘り出す喜びを味わっている。
一方で、たけのこ生産を取り巻く課題も存在する。全国のたけのこ産地が直面するように、生産者の高齢化や後継者不足、そして収穫作業の重労働化は、この地域も無縁ではない。 また、放置竹林の増加は、生態系への影響や景観の悪化、さらにはたけのこの品質低下にも繋がりかねない問題である。しかし、両河内地区では、年間を通じた竹林管理の徹底が、これらの課題に対する一つの回答となっている。 健全な竹林を維持することが、たけのこ生産の持続可能性を高め、ひいては地域の活性化に繋がるという認識が共有されているのだ。
興津川沿いはたけのこがよく獲れるのか、という問いは、単なる量的な話に留まらない。そこには、静岡市清水区両河内地区の、清流と山が織りなす独自の自然条件があり、その恵みを最大限に引き出す人々の知恵と労力が存在している。
この地のたけのこが、えぐみが少なく、やわらかく、生食できるほどであるという評価は、単に「おいしい」という感想を超え、その背後にある環境の純粋さと、手間を惜しまない栽培技術の証である。京都の伝統的な土入れ技術が確立されたブランドを築き上げたように、興津川沿いでは、温暖な気候と寒暖差、そして有機物を用いた土壌管理という、この地ならではの組み合わせが、たけのこに独自の風味と食感を与えている。
たけのこ掘り体験や地元の祭りに訪れる人々は、掘りたてのたけのこの香りに、この地の風土と、長年にわたる人々の営みの重なりを感じ取るだろう。それは、単なる旬の味覚を味わうだけでなく、山と川、そして人が共生する、この地域の静かで力強い風景を再認識する機会となる。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。