2026/6/3
文化庁が推進する「100年フード」とは?地域の食文化継承の意義

「100年フード」とはなにか?
キュリオす
文化庁が推進する「100年フード」は、地域の食文化を未来へつなぐプロジェクトです。江戸時代以前から続くものから昭和以降に生まれたものまで、三つの基準と三部門で多様な食文化の継承を宣言する団体を支援します。
千葉県南房総市に鎮座する高家神社を訪れると、そこには料理の神を祀る稀有な空間が広がる。手を触れずに魚を捌く「庖丁式」という古儀が、平安時代から千年以上も受け継がれてきた事実を目の当たりにすると、食という行為が単なる栄養摂取を超え、いかに深い精神性や技術、そして歴史を内包してきたかを思わずにはいられない。この地で脈々と続く食の伝統は、現代において「100年フード」という取り組みが目指すものと、根底で通じ合う部分があるだろう。
「100年フード」とは、文化庁が2021年度から推進している食文化継承プロジェクトの名称である。地域の豊かな自然風土や歴史、風習に根ざし、世代を超えて受け継がれてきた多様な食文化を、未来へつなぐことを目的としている。この取り組みが始まった背景には、地域の食文化が持つ価値の再認識と、その継承が危ぶまれる現代的な課題がある。かつては家庭や地域で自然に受け継がれてきた郷土料理も、食生活の変化や作り手の高齢化などにより、その姿を留めることが難しくなりつつあるのだ。文化庁は、こうした状況に対し、地域の誇りである食文化を明文化し、その継承を支援することで、失われゆく多様性を守ろうとしている。
「100年フード」として認定されるには、三つの明確な基準を満たす必要がある。第一に、「地域の風土や歴史・風習の中で個性を活かしながら創意工夫され、育まれてきた地域特有の食文化」であること。これは全国一律の食材や加工食品ではなく、地域に根差した物語を持つ食文化を指す。第二に、「地域において、世代を越えて受け継がれ、食されてきた食文化」であること。特定の個人や一店舗の料理に留まらず、地域全体に広がり、二世代以上にわたって現存する食文化が対象となる。そして第三に、「その食文化を、地域の誇りとして、100年を超えて継承することを宣言する団体が存在する」ことである。
さらに、認定される食文化はその歴史的背景に応じて、「伝統の100年フード部門」(江戸時代以前から続く郷土料理)、「近代の100年フード部門」(明治・大正時代に生み出された食文化)、そして「未来の100年フード部門」(昭和以降に生まれ、100年を超える継承を目指す食文化)の三つの部門に分けられる。この分類は、単に古いものだけを尊ぶのではなく、比較的新しい食文化であっても、その地域性や継承への意志があれば未来の「100年」を目指せるという、柔軟な視点を示していると言えるだろう。
日本の食文化を保護・継承する取り組みは「100年フード」だけではない。例えば、農林水産省が選定する「農山漁村の郷土料理百選」は、地域活性化の起爆剤としての役割を期待され、全国の郷土料理を紹介してきた。また、国際的にはユネスコ無形文化遺産に「和食;日本人の伝統的な食文化」が登録され、その価値が世界的に認められている。
これらの取り組みと比較すると、「100年フード」の特徴は、その「宣言」という側面に見て取れる。単に歴史的な価値を認定するだけでなく、「100年を超えて継承する」という地域の具体的な意志と、それを担う団体の存在を重視する点が異なる。これは、食文化が生き物であり、過去の遺産として静態的に保存するだけでなく、現代の生活の中で能動的に育み続けるべきものだという認識に基づいているのではないか。また、地域特有の食材や調理法だけでなく、それを取り巻く風習や物語を含んだ「食文化」全体を対象としている点も、その射程の広さを示している。
これまでに「100年フード」として認定された食文化は、令和7年度までに全国で329件に上る。その中には、北海道の「札幌スープカレー」や「室蘭やきとり」、宮城県の「えび餅」、愛知県の「にかけうどん」、香川県の「讃岐うどん」、福岡県の「久留米ラーメン」など、地域を代表する多種多様な料理が含まれる。これらの認定は、単なる名誉に留まらない。認定された団体はロゴマークの使用が認められ、公式ウェブサイトや文化庁主催のイベント、各種メディアを通じて、その食文化と活動が広く発信される。
これにより、地域の食文化への注目度が高まり、観光促進や地域振興に繋がる事例も生まれている。例えば、ロゴマーク入りの商品が開発・販売されたり、サポーター企業や学校が新たなメニュー開発やイベント開催を支援したりする動きも見られる。食文化は、単に食べるだけでなく、地域の産業、観光、教育、そして人々の交流そのものを活性化させる力を持っていることを、「100年フード」の取り組みは示している。
「100年フード」の認定は、単に特定の料理を「保存」することではない。それは、地域の風土と歴史の中で育まれた食文化を、現代の視点から再評価し、未来へと「継承」していくための「宣言」である。高家神社の庖丁式が、千年の時を超えて技と精神を伝え続けるように、地域の食文化もまた、単なるレシピの伝達ではなく、その背景にある人々の営みや知恵、そして地域への誇りを次世代へと手渡す試みと言えるだろう。
現代の多様な食の選択肢の中で、あえて地域固有の食文化に光を当て、その価値を再発見する。そして、それを守り、育て、伝えていくという具体的な意志を持つ団体が存在すること。この一連の動きは、食が持つ根源的な力を通して、地域のアイデンティティを再構築し、未来へ向かう活力を生み出す可能性を秘めている。それは、食の背後に隠された、まだ見ぬ物語を読み解くような行為だ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。