2026/5/30
駿河湾の赤座海老、深海で育まれる甘みと漁の歴史

駿河湾の赤座海老について詳しく知りたい。生態系は?いつが時期?
キュリオす
日本一深い駿河湾で獲れる赤座海老。その生息環境は急峻な海底地形と黒潮の分枝流が作り出し、明治時代から続く漁法と食文化の成熟を経て高級食材となった。資源管理と持続可能な漁業への取り組みも進む。
都心の料理屋で、皿の上の赤座海老と向き合うたびに、その鮮やかな赤と身の甘さに舌を巻く。しかし、テーブルの向こう側、つまりそれが獲られた場所のことは、ほとんど意識されない。伊豆半島の付け根に深く食い込む駿河湾は、日本一深い湾として知られるが、その深奥で何が起こっているのか。なぜ、この特定の海域から、これほど上質な赤座海老が届けられるのか。その問いは、単なる食材の背景に留まらず、地球の営みと人間の関わり方を静かに問いかける。
駿河湾における赤座海老漁の歴史は、他の深海生物漁と並行して発展してきた。明治時代にはすでに、深海底引き網漁の萌芽が見られ、底魚類や他の甲殻類が漁獲対象となっていたという。しかし、赤座海老が特に注目され、高級食材としての地位を確立するのは、戦後、特に高度経済成長期以降のことである。それまでの深海漁は、食糧確保の側面が強く、特定の種の選別やブランド化には至っていなかった。駿河湾の深海に生息する赤座海老は、その学名を Metanephrops japonicus といい、文字通り「日本の」という種小名が示す通り、日本近海に固有の種である。この海老が、深海漁の対象として確立されるには、漁法の進化と、それを消費する食文化の成熟が不可欠だった。
大正時代から昭和初期にかけて、蒸気機関を動力とする底引き網漁船が登場し、漁獲能力が飛躍的に向上した。これにより、より深い海域での操業が可能となり、赤座海老の生息域へのアクセスが容易になる。しかし、当時の漁業はまだ、その生態や資源量に関する知見が十分でなく、手探りの部分が大きかった。赤座海老が本格的に市場に流通し始めるのは、冷蔵・冷凍技術の進歩と輸送網の整備が進んだ昭和30年代以降だろう。特に、静岡県内の水産関係者の努力により、その美味しさが広く知られるようになり、料亭や寿司店での需要が高まっていった。この時期、沼津港を中心に深海魚専門の仲買人も増え、赤座海老は駿河湾の深海を代表する食材の一つとして認識されるようになったのである。
駿河湾が赤座海老の豊かな漁場となる背景には、その独特な地形と海流が大きく関係している。駿河湾は最深部が2500メートルに達し、これは日本で最も深い湾であるだけでなく、世界的に見ても有数の深さを誇る。この急峻な海底地形は、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込む、活発な地殻変動によって形成されたものだ。湾の入り口は広く開かれており、太平洋から温かい黒潮の分枝が流れ込む。この黒潮が表層を流れる一方で、深層には冷たく栄養豊富な水塊が存在する。
赤座海老の主な生息域は、水深200メートルから400メートル程度の泥底である。この水深帯は、表層の光がほとんど届かない「薄明帯」に位置し、水温は年間を通じて10度前後と安定している。このような環境は、太陽光に依存する植物プランクトンが少なく、海底に堆積する有機物や、深海に沈降するデトリタス(生物の死骸や排泄物)が主要な食料源となる。赤座海老は、これらの有機物を濾し取ったり、海底の微小生物を捕食したりすることで栄養を得ていると考えられている。また、泥底に穴を掘って潜む習性があり、捕食者から身を守りつつ、獲物が通り過ぎるのを待つ。
駿河湾の急峻な地形は、深海に豊富な栄養をもたらすメカニズムも内包している。湾岸から流れ込む河川は、陸上の栄養塩を湾内へと運び、それが深層へと沈み込む。さらに、黒潮の分枝流が湾内を循環することで、海底の泥に含まれる栄養塩が巻き上げられ、深海生態系を豊かにしている可能性も指摘されている。このような複雑な物理的・化学的条件が重なり、赤座海老が生息するのに適した、安定した環境が形成されているのだ。漁期は一般的に秋から春にかけてとされ、特に水温が下がる冬場が身が締まり美味しいとされているが、年間を通じて漁獲は行われている。
赤座海老の漁獲と消費の背景を考えるとき、他の深海生物、特に甲殻類を巡る状況と比較すると、その特異性が際立つ。例えば、同じく日本の深海で漁獲される有名なものに、富山湾のベニズワイガニや、小笠原諸島近海のアカムツ(ノドグロ)がある。ベニズワイガニは水深800メートルから2500メートルの超深海に生息し、漁獲量も多く、比較的安価で大衆的な食材として流通している。一方、アカムツは水深100メートルから600メートルに生息するが、その漁獲は一本釣りや延縄が主であり、底引き網漁とは異なる漁法が用いられる。
ここで駿河湾の赤座海老と比較すると、いくつかの共通点と決定的な違いが見えてくる。共通するのは、いずれも急峻な海底地形を持つ海域で漁獲され、その地形が深海の豊かな生態系を支えているという点だ。富山湾の「藍瓶(あいがめ)」と呼ばれる海底谷や、小笠原諸島の海山地形は、駿河湾の急深な海底と同様に、深層水の湧昇や有機物の堆積を促し、深海生物の生育環境を整えている。また、これらの深海漁業は、いずれも限られた漁期や漁獲枠の設定など、資源管理の重要性に直面している点も共通する。
しかし、赤座海老の特異性は、その漁獲水深と、高級食材としての明確な位置づけにある。水深200〜400メートルという比較的浅めの深海に生息するため、より大型の底引き網船で効率的に漁獲できる。また、その身質の良さから、主に料亭や高級レストラン向けの食材として流通し、ベニズワイガニのような大衆魚とは一線を画す。さらに、地元の漁業協同組合や加工業者が連携し、鮮度保持やブランド化に力を入れている点も特徴的だ。世界的に見ても、ロブスターやテナガエビ(ノルウェーロブスター、ダブリンベイプローンなど)といった類似の甲殻類が深海で漁獲され、高級食材として扱われているが、日本における赤座海老のように、特定の湾に深く根ざした漁業と食文化を形成している例は、そう多くはないだろう。
現在の駿河湾における赤座海老漁は、静岡県内の特定の漁港、特に沼津港や焼津港を拠点に行われている。漁法は主に底引き網漁であり、漁船は夜間に出港し、夜明け前に網を揚げるのが一般的だ。漁獲された赤座海老は、船上で速やかに選別され、鮮度を保つために氷締めされる。その日のうちに港に水揚げされた海老は、すぐに市場にかけられ、仲買人の手に渡る。赤座海老は傷つきやすく、鮮度が落ちやすいデリケートな食材であるため、水揚げから消費までのスピードが命となる。
近年、駿河湾の深海漁業は、資源管理の重要性が高まっている。漁獲量の変動や、気候変動による海洋環境の変化が指摘される中で、持続可能な漁業の実現に向けた取り組みが進められている。例えば、漁期や漁獲量の制限、網の目の大きさの規制などが導入され、資源の回復と安定化が図られている。また、地元の漁業関係者は、赤座海老の生態に関する調査研究にも協力し、科学的なデータに基づいた資源管理の推進に貢献している。
観光の側面では、沼津港周辺には深海魚料理を提供する飲食店が数多く点在し、赤座海老もその目玉の一つとなっている。刺身、塩焼き、天ぷらなど、シンプルな調理法でその甘みと旨みが引き出される。かつては知る人ぞ知る食材であった赤座海老も、今ではインターネットやメディアを通じてその存在が広く知られるようになり、多くの食通を惹きつけている。
駿河湾の赤座海老は、単なる高級食材というだけではない。それは、日本で最も深い湾という地理的条件が、特定の生物の生息環境をどのように形成し、そして人間がその恵みをどのように享受してきたかを示す具体的な例である。急峻な海底地形、黒潮の分枝流、そして陸からの栄養塩の供給が複合的に作用し、水深200メートルから400メートルという特定の層に、赤座海老の豊かな漁場が築かれた。
この海老を巡る歴史と現状は、私たちに、漁業と食文化が自然環境と密接に結びついていることを再認識させる。深海という、人間の目にはほとんど触れることのない場所の営みが、私たちの食卓へと直接繋がっているのだ。また、資源管理の取り組みは、その繋がりを持続可能なものにしようとする現代の試みを示している。皿の上の一尾の赤座海老は、駿河湾の深奥で脈々と続く生命の連鎖と、それを取り巻く人々の知恵と努力の結晶である。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。