2026/6/17
新潟ガストロノミーアワードは、なぜ「当たり前」の食に光を当てるのか

新潟ガストロノミーアワードについて詳しく教えて欲しい。なんかやたら多くない?
キュリオす
新潟の豊かな食文化を再評価する「新潟ガストロノミーアワード」。雪国ならではの自然と歴史、人の知恵が育んだ食の背景と、その価値を問い直すアワードのユニークな視点に迫る。
雪と水が育む、新潟の食の問い
新潟の地を踏むと、まず感じるのはその広大な風景だ。日本海に沿って長く伸びる海岸線、そしてその背後には越後山脈が連なる。この土地の食を語る上で、「なぜこれほどまでに多様で豊かなのか」という問いは避けられない。米どころ、酒どころという一般的な認識を超え、山海の恵み、そして雪国ならではの知恵が複雑に絡み合い、固有の食文化を形成してきた。その深層を紐解こうとする試みの一つが、「新潟ガストロノミーアワード」である。単なる美食の評価に留まらず、地域の風土や歴史、文化を料理に表現する「ローカル・ガストロノミー」の理念を掲げ、2022年に創設されたこのアワードは、新潟の食の奥深さを再認識させるきっかけとなっている。
雪国が育んだ「A級グルメ」から
新潟の食文化を深く掘り下げる「新潟ガストロノミーアワード」の背景には、2010年に始まった「雪国A級グルメ」プロジェクトがある。これは新潟、群馬、長野の7市町村の有志が、雪国観光の誘致策として立ち上げたものだった。当時流行していたB級グルメに対し、「永久(A級)に守りたい味」という理念を掲げ、気候風土に合った昔ながらの食文化を次世代へ継承しようとしたのである。このプロジェクトは、雑誌『自遊人』の発行人が提唱し、雪国の旅館や飲食店、加工食品業者の有志がこれに応える形で進められたという。
その後、この取り組みは「ローカル・ガストロノミー」の概念へと発展し、2019年には一般社団法人ローカル・ガストロノミー協会が設立された。同協会の代表理事を務める岩佐十良氏は、雑誌『自遊人』や温泉宿「里山十帖」を手がけるクリエイティブディレクターであり、その視点がアワードの方向性を決定づけている。アワード創設は2022年秋、新潟県観光協会とローカル・ガストロノミー協会が共同で発表し、新潟県内の優れた飲食店、旅館・ホテル、特産品を評価・表彰する仕組みが整えられた。これにより、地域の食を軸とした観光誘客と持続的な経済発展を目指すという明確な目的が示されたのである。
このアワードが注目されるのは、単に料理の美味しさやレストランのクオリティだけを評価するのではなく、「地域の食、さらに食に携わる関連産業などとの連携・取り組み」「サステナビリティ」「フィロソフィー(哲学)」を総合的に評価する点にある。これは、新潟が持つ豊かな自然、日本一の米や酒蔵数、さらには北前船や雪国文化に代表される歴史が育んだ多様な食を、多角的な視点から捉え直そうとする試みと言えるだろう。
自然と歴史、そして人の知恵が交差する
新潟ガストロノミーアワードが評価の軸に据える「ローカル・ガストロノミー」は、地域の風土、歴史、文化を料理に表現することである。新潟の食がこの理念を体現しうるのは、いくつかの地理的・歴史的要因が重なり合っているからだ。
まず、圧倒的な自然環境が挙げられる。新潟は日本有数の豪雪地帯であり、冬に降る大量の雪は春になると清冽な雪解け水となり、肥沃な土壌を潤す。この水は日本一の米、そして日本一の酒蔵数を誇る日本酒の源となるだけでなく、ミネラルを含んだ水が海に流れ込むことで豊かな漁場も生み出している。日本海に面した635kmの海岸線からは、ブリ、イカ、南蛮エビ、ベニズワイガニなど多様な魚介類が水揚げされる。また、山間部では山菜や根菜、伝統野菜が育まれ、雪に閉ざされる冬に備えるための保存食文化も発達した。乾燥、塩漬け、発酵といった様々な方法で食物を保存する知恵は、自然と共生する独自の食文化を形成してきたのである。
次に、歴史的な背景も大きい。江戸時代から明治期にかけて、新潟湊は北前船の寄港地として栄え、全国各地の一流の産品や情報、文化が集まる拠点だった。廻船問屋は船員たちを料亭でもてなし、この交流が新潟の料亭文化やおもてなしの文化を花開かせた。また、信濃川や阿賀野川といった河川は、河口の港町と内陸の町や村を結ぶ物流の要衝となり、多様な食材や食文化が行き交った。例えば、北前船で運ばれた身欠きにしんが阿賀野川の船運で内陸に運ばれ、阿賀町津川で「身欠きにしんのこうじ漬け」という郷土料理として根付いた事例もある。
そして、これらを支える「人の知恵」も欠かせない。新潟市がかつて「蒲の原」と呼ばれる大湿地帯であった頃、先人たちは大変な苦労をして農地を改良し、米を中心とした豊かな食文化を築き上げた。また、雪深い地域では、半年間雪に閉ざされる冬を越すために、春から保存食作りを始める。こうした厳しい環境下で培われた工夫と技術、そして食を大切にする精神が、新潟のガストロノミーの根底にあると言えるだろう。
地域の食を評価する視点の多様性
「地域の食」を評価するアワードは全国に複数存在するが、新潟ガストロノミーアワードが持つ独自の視点は、他の事例との比較からより鮮明になる。一般的なグルメランキングが料理の味や店のサービスといった「点」の評価に傾きがちなのに対し、新潟のアワードは「線」や「面」で捉えることを重視している。
例えば、山形県鶴岡市は2014年にユネスコの食文化創造都市に認定されている。これはイタリアンシェフの奥田政行氏が地域の食材の豊かさに着目し、若手生産者や料理人と連携してローカルガストロノミーを推進した結果、行政も巻き込む形で実現した事例である。鶴岡の取り組みは、特定の料理人が地域を牽引し、それが国際的な評価に繋がったという点で、強力な「カリスマ」が起点となっている。
また、富山県南砺市利賀村にあるオーベルジュ「L'évo(レヴォ)」のように、人口400人ほどの不便な立地にもかかわらず年間8000人が訪れる成功例もある。ここでは「1人の天才・変革者の情熱が、不便な場所にも人を呼び寄せる強力な引力となる」という見方ができるだろう。
これに対し、新潟ガストロノミーアワードは、行政(公益社団法人新潟県観光協会)が主体となり、一般社団法人ローカル・ガストロノミー協会と連携して創設された点が特徴的である。通常、行政は特定の事業者を選び出すことを避ける傾向がある中で、新潟県は「特定の対象を選び出すこと」を断行した。これは、外部視点による選考の利点を重視した結果であり、他の地方自治体にとって示唆に富む事例だと評価されている。
アワードの審査基準もまた、その多様な視点を示す。単なる美味しさだけでなく、「地域の食、さらに食に携わる関連産業などとの連携・取り組み」「サステナビリティ」「フィロソフィー」といった項目が設けられている。特産品部門で受賞した妙高市の発酵食品「かんずり」や村上市の「鮭の酒びたし」などは、地域の風土や歴史、伝統的な保存食文化を体現するものであり、創造性や地域性といった要素が加味されている点が、一般的なグルメランキングとの決定的な違いと言えるだろう。
現代の食の担い手と未来への継承
新潟ガストロノミーアワードは、2022年の創設以来、毎年開催され、その評価の対象や部門を変化させながら、新潟の食文化の現在地を映し出している。初回は飲食店、旅館・ホテル、特産品の3部門で、それぞれ100店、30軒、30品が選出された。 2024年には「若手シェフ部門」が設けられ、40歳以下の料理人たちが対象となり、次代を担う才能の発掘に焦点が当てられた。 直近の2026年度アワードでは、飲食店部門168店と一次産業従事者部門21組が受賞しており、食の根幹を支える生産者にも光を当てている点が注目される。
アワードの審査は、美食評論家の中村孝則氏を特別審査委員長に迎え、著名シェフやメディア関係者、フーディーを含む特別審査員と、新潟在住のローカル審査員が多角的な視点から厳正に行われる。一般からの自薦・他薦も受け付け、一次審査を通過した事業者は実地訪問や試食・試飲会を経て最終選考されるというプロセスだ。
このアワードの開催は、受賞者である飲食店や生産者にとって、来客数の増加やメディア露出の機会をもたらし、事業の継続性にも寄与している。あるアンケートでは、受賞者の約7割がアワード受賞が来客に繋がったと回答し、9割強が継続開催を希望しているという結果が出ている。 これは、アワードが単なる表彰に終わらず、地域の食の担い手を経済的にも支える機能を持つことを示唆している。
また、アワードを通じて、新潟の食文化が観光プロモーションの強力なツールとして活用されている。受賞店を巡る旅行商品の造成支援も行われており、ガストロノミーツーリズムによる観光振興の場として、その役割は拡大している。新潟県は、2025年に新たな観光ブランドロゴを発表し、「大地と雪の恩恵」という根源的価値を表現することで、食を含めた新潟の“豊かさ”を国内外に発信していく方針だ。
「当たり前」の価値を問い直す眼差し
新潟ガストロノミーアワードが示しているのは、単に「美味しい」とされるものを選ぶことだけではない。このアワードは、地域の「当たり前」の中に埋もれていた価値を掘り起こし、それを再定義する視点を提供していると言えるだろう。
新潟の豊かな食は、雪国という厳しい自然環境と、それを乗り越えるために培われた人々の知恵、そして北前船によってもたらされた歴史的交流の産物である。米や酒、魚介類、山菜、発酵食品といった個々の要素は、それぞれが固有の魅力を放つ。しかし、アワードが問いかけるのは、それらがどのように結びつき、地域の風土や文化、歴史を「料理」という形で表現しているか、そしてそれが持続可能であるかという、より深い問いである。
例えば、新潟の家庭料理として広く親しまれる「のっぺ」は、豪農が農家をねぎらう宴で大皿に盛られ、皆で分け合ったという歴史を持つ。また、タレカツ丼は洋食文化が早くに花開いた新潟で、忙しい商売人がすぐに食べられる工夫から生まれた屋台フードだという。笹団子も、年貢米にならないくず米を利用した保存食としての側面を持つ。これらの料理は、その背景にある歴史や文化を知ることで、単なる郷土料理以上の意味を持つことになる。
アワードが「地域の食、関連産業との連携、サステナビリティ、フィロソフィー」を評価項目に加えているのは、そうした「当たり前」の食の背景にある、見過ごされがちなストーリーや、それを支える人々の営みに光を当てるためだろう。それは、食を通じてその土地を「旅する」という、ガストロノミーツーリズムの本質を突くものでもある。新潟ガストロノミーアワードは、食という切り口から、新潟という土地の多様性と奥行きを浮き彫りにし、訪れる者に新たな発見を促している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 「新潟ガストロノミーアワード」が創設されます。 | Blog | ローカル・ガストロミー協会gastronomy.or.jp
- 新潟ガストロノミーアワード | NIIGATA GASTRONOMY AWARDniigata-gastronomy-award.jp
- 高級店からローカルグルメまで。新潟の食文化の真髄を体験する「新潟ガストロノミーアワード」 | ニュース&コラム | 新潟のつかいかたhowtoniigata.jp
- 新潟美食旅 -ガストロノミー|【公式】新潟県のおすすめ観光・旅行情報!にいがた観光ナビniigata-kankou.or.jp
- unii.ac.jp
- 雪国新潟の食文化 - 新潟文化物語n-story.jp
- niigata.lg.jpcity.niigata.lg.jp
- 【新潟県】大地と雪の恩恵!食通が注目する「新潟ガストロノミーアワード」とは? | 地球の歩き方arukikata.co.jp