2026/6/4
観音崎のガラスの箱、横須賀美術館の建築と地域との関わり

横須賀美術館について詳しく知りたい。
キュリオす
横須賀市制100周年記念事業として開館した横須賀美術館。建築家・山本理顕氏が「環境全体が美術館」をコンセプトに設計した建築は、観音崎の自然とアートを繋ぐ。谷内六郎館の併設や地域連携活動も紹介。
横須賀市観音崎。東京湾に面したこの岬の先端に立つと、広がる海の向こうに房総半島や、晴れた日には遠くみなとみらい、スカイツリーまでを望むことができるという。三方を豊かな緑に囲まれ、海に開けたこの場所に、なぜこれほどまでに印象的な美術館が建っているのか。その問いは、訪れる者の視線を自然と建物へと引き寄せる。ガラスと白い鉄板で構成されたその建築は、周囲の環境に溶け込みながらも、確かな存在感を放っているのだ。
横須賀美術館は、横須賀市の市制100周年記念事業の一環として計画され、2007年4月28日に開館した。その構想は、1985年に市の美術品収集が始まったことに端を発する。1996年には洋画家・朝井閑右衛門の作品が一括して市に寄贈され、これが美術館建設を具体化させる大きなきっかけとなった。さらに1998年には、「週刊新潮」の表紙絵で知られる谷内六郎の作品が夫人から多数寄贈され、別館「谷内六郎館」の併設へと繋がる。
設計者選定は、建築案そのものよりも実績や面接を重視するQBS(資質評価)方式が採用され、建築家・山本理顕(やまもと・りけん)に託された。山本氏は、2024年に建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を受賞した日本を代表する建築家である。彼の設計コンセプトは「環境全体が美術館」というものだった。観音崎の地形を活かし、海と山、そして建物を一体化させることを目指し、建物の大部分を地下に埋め込むことで高さを抑え、周囲の景観との調和を図っている。白い鉄板とガラスの二重構造(ダブルスキン)が特徴で、これにより塩害対策と同時に、館内にいても周囲の自然を感じられる開放的な空間が実現された。
設計プロセスでは、設計事務所と市の担当者が「プロジェクト会議」と称する打ち合わせを月2回重ね、使う側と作る側が一体となって構想を練り上げたという。単なる「箱」としての美術館ではなく、地域に開かれた「場所」を創出するという意思がそこにはあった。
横須賀美術館の最大の特徴の一つは、その建築と自然環境との融合にある。建築家・山本理顕は、東京湾に面し、三方を観音崎公園の豊かな緑に囲まれたこの特殊な立地を最大限に活かす設計を施した。その象徴が、館内の天井や壁面に不規則に配置された大小の「丸窓」である。
この丸窓は単なるデザインではない。緻密に計算された採光システムとして機能する。直射日光が入らない北側には大きな穴を多く、南側には小さな穴を少なく配置することで、光の分量や熱、視線を巧みにコントロールしているのだ。館内に差し込む光は時間とともに表情を変え、白い壁を伝って空間全体に柔らかな輝きをもたらす。
さらに、この丸窓は外部の風景を切り取る「額縁」の役割も果たす。窓越しに見える東京湾の水平線、行き交う船、観音崎公園の深い緑、そして空の移ろいは、まるで一枚の絵画のように鑑賞者の目に映る。これにより、館内にいながらにして観音崎という土地の自然を体感できる仕掛けとなっている。ガラスと鉄板のダブルスキン構造は、塩害から建物を守る実用性と、内部空間を外部に透かし見せる「ショーケース」のような視覚効果を両立させている。展示室間の回廊は、約12メートルの天井高を持つ吹き抜けの大空間で、ここからも丸窓を通して外の景色が楽しめる。このように、横須賀美術館は、その建築自体が観音崎の自然とアートを繋ぐ媒介となっているのだ。
海辺に立つ美術館は日本各地に存在する。例えば、神奈川県立近代美術館 葉山、島根県立美術館、香川県立東山魁夷せとうち美術館、長崎県美術館などが挙げられる。これらの美術館もまた、それぞれの地域の海や自然環境を建築や展示に取り込んでいる点で共通項を持つだろう。しかし、横須賀美術館が際立つのは、その「開かれた場」としての徹底した姿勢にある。
多くの美術館が「作品を鑑賞する場所」として閉鎖的な空間を志向するのに対し、横須賀美術館は「環境全体が美術館」というコンセプトを掲げた。建物の半分を地下に埋め、高さを抑えることで、周囲の自然景観への圧迫感を軽減している。また、海側と山側双方からアプローチできる動線や、通り抜け可能な構造は、公園を散策する人々が気軽に立ち寄れるよう配慮されたものだ。屋外には「海の広場」と「屋上広場」が設けられ、屋外彫刻が設置されたり、イベントが開催されたりする。これらの広場は、美術館の敷地でありながら、地域住民や来訪者が自由に過ごせるパブリックな空間として機能している。
他の海辺の美術館が眺望を最大限に活かし、内部から外部の美しさを「見せる」ことに注力する傾向がある一方で、横須賀美術館は、建物そのものが周囲の環境に「溶け込み」、来訪者が「内外を行き来しながら」体験できることを重視しているように見える。これは、建築が単なるハコではなく、地形や風土、そして人々の営みと深く結びついた「場所」としての役割を担うという、山本理顕の建築思想が色濃く反映されていると言えるだろう。
横須賀美術館は開館以来、地域に根差した活動を続けてきた。日本の近現代美術作品約6000点を所蔵し、横須賀・三浦半島にゆかりのある作家の作品や、横須賀・三浦半島を題材とした作品、「海」を描いた作品などを重点的に収集している。別館の谷内六郎館では、長年にわたり「週刊新潮」の表紙絵を手がけた谷内六郎の作品1300点余りを常設展示し、画家の生きた時代背景や人柄を伝える「表紙の言葉」と共に紹介されている。
年間を通じて多彩な企画展を開催し、2024年度には「鈴木敏夫とジブリ展」などが奏功し、年間観覧者数が過去最高の30万人を突破した。開館から17年で累計観覧者数200万人を達成したことは、政令指定都市を除く県内の公立美術館では初めての記録だという。これは、特定のジャンルに偏らず、幅広い年代が楽しめる企画展に挑戦し続けてきた成果と言えるだろう。
美術館は、地域貢献にも積極的に取り組んでいる。小中学校との連携による美術鑑賞会や、市民が参加するワークショップ、ボランティア活動なども盛んだ。ギャラリートークボランティアは所蔵品展で来館者への解説を行い、小学生美術鑑賞会ボランティアは子どもたちの鑑賞を補助する。2025年11月からは施設の改修工事のため長期休館に入る予定だが、2026年9月のリニューアルオープンに向けて、地域との連携イベントも企画されている。
横須賀美術館を巡ると、単に美術作品を鑑賞するだけでなく、建築そのものが織りなす空間体験が強く印象に残る。ガラスと鉄板の二重構造、そして天井や壁に穿たれた丸窓は、内部と外部の境界を曖昧にし、観音崎の自然を美術館の一部として取り込む。光の移ろいや、丸く切り取られた東京湾の景色は、訪れるたびに異なる表情を見せるだろう。
この建築は、美術館という場所が、作品を収蔵し展示する「箱」であると同時に、周囲の環境や歴史、そして訪れる人々の体験をも包含する「場」であることを示している。明治時代の砲台跡が残る観音崎公園の歴史的背景 と、現代アートが共存するこの場所は、過去から現在、そして未来へと続く時間の流れを静かに問いかけてくる。山本理顕が追求した「環境全体が美術館」という思想は、鑑賞者が美術館を後にしてもなお、東京湾の風や、丸窓から見えた風景の断片として、記憶の中に残り続けるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。