curiosu / キュリオす
紀行で文化や歴史を綴る、好奇心をくすぐるメディア。
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山口県沿岸の砂泥底と瀬戸内海特有の潮流が、高級魚である鱧の好漁場となっている。古くから関西へ出荷されてきた鱧だが、近年は地域ブランド化や「はも塾」による技術伝承で地元消費も拡大している。
山口県は、周防国と長門国という二つの旧国から成り立っています。なぜ、どちらの旧国名でもなく「山口」という地名が県名になったのでしょうか。その背景には、盆地状の地形と、この地を本拠とした大内氏の栄華がありました。
山口県側の瀬戸内海は、関門海峡を介した響灘からの影響で、多様な海産物が育まれる。牡蠣や赤貝に加え、トラフグやクルマエビの養殖も盛んで、地域経済を支えている。天然資源の変動に対応し、持続可能な漁業を目指す取り組みも進む。
山口県防府市の玉祖神社には、黒い鶏が飼われている。これは、天照大神が天岩戸に隠れた際に夜明けを告げたとされる「常世の長鳴鳥」を神使として尊崇する神話に由来する。勾玉作りの祖神を祀るこの神社ならではの、神話と信仰が息づく風景を紹介する。
戦国時代、毛利氏が厳島の戦いで勝利し中国地方へ進出。関ヶ原の戦いで大幅な減封を受け、萩へ移封。この屈辱をバネに、長州藩は国内産業の振興と倹約を徹底し、独自の財政基盤を確立した。