2026/6/7
雪さらしと3年熟成、妙高の赤「かんずり」の秘密

新潟のかんずりについて詳しく教えて欲しい。
キュリオす
新潟県妙高市で作られる発酵調味料「かんずり」の製造工程に迫る。400年以上前の伝承から始まる歴史、雪に唐辛子をさらす独特の「雪さらし」工程、米糀と柚子を加えて3年以上の長期熟成を経て生まれる、まろやかな辛味と旨味の秘密に迫る。
新潟の冬、特に上越地方の妙高市に足を踏み入れると、厳しい寒さの中にどこか清冽な空気が満ちていることに気づく。一面を覆う雪景色は、ただの降雪地帯という言葉では片付けられないほどの質量と静けさで迫ってくる。その白い世界の中で、鮮やかな赤が雪の上に広げられる光景を目にすることがある。それは、この地で古くから受け継がれてきた発酵調味料「かんずり」の仕込み、その中でも最も特徴的な「雪さらし」の風景だ。なぜ、これほどまでに手間と時間をかけ、そして雪という自然の力を借りて、この調味料は作られ続けてきたのか。その問いは、雪国の暮らしと食の知恵が交差する点にある。
かんずりの歴史は、およそ400年以上前、戦国時代にまで遡ると言われている。伝承によれば、戦国武将の上杉謙信が、当時の都である京都から貴重な唐辛子を領地である越後へ持ち帰り、農民に分け与えたことがその起源とされる。当時の唐辛子は、体を温める滋養食として、また保存食の調味料として重宝されたのだろう。はじめは唐辛子をすり潰したものに味噌を混ぜた簡単なものであったという。
妙高市を含む上越地方は、特別豪雪地帯に指定されるほどの雪深い地域である。厳しい冬の寒さを乗り切るため、各家庭では独自のレシピで唐辛子を漬け込み、温かい鍋物や汁物に加えて体を温めていた。これが「手前かんずり」と呼ばれるもので、味噌作りと同様に、それぞれの家で代々受け継がれてきた郷土の味であった。
しかし、時代が移り変わり、冬場の交通網や流通が発達すると、手間のかかる家庭での調味料作りは次第に廃れていった。この伝統的な食文化が消滅の危機に瀕する中で、立ち上がったのが有限会社かんずりの創業者、東條邦次氏であった。氏は約20年もの歳月をかけ、各家庭に伝わる製法を研究し、現在の「かんずり」のレシピを確立させた。そして1966年には「かんずり」を商標登録し、家庭の味を商品として世に送り出すことになったのである。
かんずりの製造工程は、その材料選びから完成まで、実に3年以上の歳月を要する。まず、原料となる唐辛子は、地元妙高市で栽培される「かんずり用唐辛子」が用いられる。これは長年の自家採種によって受け継がれてきた肉厚で旨味のある品種だ。5月に苗を植え、8月から11月にかけて収穫された唐辛子は、丁寧に選別・洗浄された後、天然海水塩で塩漬けにされる。
この塩漬けされた唐辛子が、1月下旬の「大寒」の頃から数日間、雪の上に広げられる。これが「雪さらし」と呼ばれる、かんずり作りの象徴的な工程である。真っ白な雪の上に鮮やかな赤色の唐辛子が並べられる光景は、妙高の冬の風物詩として知られている。雪さらしの目的は、単なる塩抜きではない。雪が唐辛子の強いアクを吸い取り、刺激的な辛味を和らげることで、まろやかさと甘みを引き出す効果がある。また、雪の冷気によって雑菌の繁殖が抑えられ、その後の発酵に適した状態が作られるのだという。
雪さらしを終えた唐辛子は回収され、井戸水で洗浄された後、米糀、地元産の柚子、そして食塩と混ぜ合わされる。この調合されたものが木樽に仕込まれ、3年間という長い期間をかけて熟成・発酵される。この間、年に一度「手返し」と呼ばれるかき混ぜ作業が行われ、発酵を促し、品質を均一に保つ。冬の低温でじっくりと熟成し、夏の高温で発酵が進むという自然のサイクルの中で、唐辛子の辛味は糀の作用で複雑な旨味と甘みに変化し、柚子の爽やかな香りが加わる。最終的には、仕込み終わったかんずりを樽ごと屋外に出し、再び冬の寒気に晒す「寒ざらし」の工程を経て、引き締まった深みのある味わいへと完成するのだ。
日本の辛味調味料は各地に存在するが、かんずりと同じく柚子を用いる調味料として、九州地方の「柚子胡椒」がよく知られている。「西の柚子胡椒、東のかんずり」と並び称されることもあるように、両者は香辛料と柚子の組み合わせという点で共通する。しかし、その製法と味わいには明確な違いがある。
柚子胡椒は、主に青唐辛子と青柚子の皮、そして塩をすり混ぜて作られる。一般的に発酵工程を経ず、素材そのものの持つシャープな辛味と、青柚子の鮮烈な香りが特徴である。一方、かんずりの最大の相違点は、米糀を使用し、さらに3年以上の長期発酵・熟成を経る点にある。この糀の作用が、唐辛子の尖った辛味をまろやかにし、深い旨味とほのかな甘みを引き出す。また、雪さらしという独特の工程も、柚子胡椒には見られないかんずり独自の要素だ。これにより、かんずりは単なる辛味だけでなく、複雑な奥行きのある風味を持つ調味料となる。
東北地方には「唐辛子味噌」と呼ばれる調味料も存在するが、これもまた製法が異なる。多くの唐辛子味噌は、唐辛子と味噌を基本とし、発酵させるものもあるが、雪さらしや柚子の使用は一般的ではない。かんずりは、雪国の厳しい自然環境と、それを逆手に取った先人の知恵、そして糀の力を組み合わせることで、他の地域の辛味調味料とは一線を画す独自の個性を確立してきたのだ。
現在、かんずりの製造は有限会社かんずりがその伝統的な製法を守り続けている。妙高市にある同社の工場では、年間を通して丁寧な手作業でかんずりが作られ、全国の食卓へと届けられている。地元では、冷蔵庫に常備されるほど親しまれており、鍋物や汁物の薬味としてだけでなく、刺身や焼き鳥、うどん、ラーメン、さらにはパスタや肉料理の隠し味としても幅広く活用されている。
しかし、近年では地球温暖化による気候変動が、かんずり作りにも影響を与え始めている。特に重要な工程である「雪さらし」には、最低でも50センチメートルの積雪が必要とされる。かつては10年に一度程度だった小雪の年が、近年では5年ごと、あるいは3年ごとに増えてきているという。2023年には、例年雪さらしを行っていた田んぼに十分な雪がなく、一時的に別の場所で作業を実施する事態も発生した。これは、自然の恵みに深く依存する伝統的な食文化が直面する、現代的な課題の一例と言えるだろう。
一方で、かんずりは国内だけでなく、海外市場へもその販路を広げている。日本食ブームを背景に、米国をはじめとする国々で日本の伝統香辛料として認知度を高めつつある。輸出においては、現地の食文化に合わせた食べ方や使い方の訴求、輸送コストの削減といった課題も存在するが、海外の展示会への積極的な参加や英語での商品案内を通じて、その魅力が伝えられている。
新潟のかんずりが持つ独特の風味は、単に唐辛子と柚子、糀が合わさった結果ではない。そこには、妙高という豪雪地帯の厳しい自然環境と、その中で生き抜くために培われた人々の知恵と工夫が凝縮されている。雪さらしという一見非効率に見える工程は、唐辛子の持つ本来の風味を損なうことなく、むしろその奥深さを引き出すための、必然的な時間と手間であった。
現代において、効率化が追求される中で、かんずりのように3年以上の時間をかけ、自然の力を借りて作られる調味料は、希少な存在になりつつある。しかし、その長い熟成期間と独特の製法がなければ、あのまろやかな辛味と豊かな旨味、そして爽やかな香りは生まれない。かんずりは、雪国の厳しい冬が育んだ食文化の結晶であり、時間と手間をかけることによって初めて得られる価値があることを、その存在自体が静かに示している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。