2026/6/7
新潟の「高田屋」は笹団子で有名?その由来と歴史を辿る

新潟の高田屋について詳しく教えて欲しい。笹団子が有名なのか?
キュリオす
新潟県内に複数存在する「高田屋」と笹団子の関係性を探る。笹団子の歴史は500年前まで遡り、保存食から土産物へと変化。新発田市と新潟市中央区の「高田屋」は、それぞれ独自のこだわりで笹団子を提供し、地域の食文化を支えている。
新潟県には、いくつかの「高田屋」が存在する。その中で、多くの人が「笹団子」と結びつける「高田屋」は、江戸時代後期の豪商とは直接の関係を持たない。例えば、新発田市に店を構える「笹だんごの高田屋」は1943年創業の老舗和菓子店であり、その屋号は初代の妻が高田市(現在の上越市)出身であったことに由来するという。また、新潟市中央区にも昭和初期から続く餅菓子店「有限会社高田屋」があり、こちらも笹団子を看板商品としている。
では、なぜ「笹団子」は新潟の象徴的な菓子となったのか。その歴史は古く、およそ500年前にまで遡ると言われている。戦国時代には携行保存食として用いられ、笹の葉が持つ殺菌作用や防腐効果が重宝されたという。上杉謙信が携帯食にしていたという俗説も残るほどだ。当時の笹団子は、あんこではなく、ひじきやあらめの煮物、きんぴらなどのおかずが入れられ、主食として食べられていたという記録もある。
笹団子が現在のような甘いあんこ入りとなり、全国的な知名度を得るまでには、いくつかの段階があった。明治時代に入ってからあんこが用いられるようになり、当初は塩あんが主流だったが、明治中期頃から甘いあんこが使われ始めたとされる。また、笹団子はもともと、春先に各家庭で作られる郷土食であり、旧暦の4月8日(薬師様の縁日)や5月5日の端午の節句といった「ハレの日」の食べ物として定着していった。特に農家が田植えで忙しい5月頃には、日持ちのする笹団子がおにぎり代わりとして食べられたという。
この家庭の味が、土産物として広く認知されるきっかけとなったのは、昭和39年(1964年)に新潟で開催された国体である。新潟県と新潟市が推薦土産品として笹団子を採用したことで、全国にその名が知れ渡ったのだ。米俵に似たその形が、米どころ新潟を連想させたことも、土産物としての地位を確立する一因となった。
新潟県内には笹団子を扱う店が多数あるが、「笹だんごの高田屋」や「有限会社高田屋」といった「高田屋」を冠する店は、それぞれに独自のこだわりを持つ。新発田市の「笹だんごの高田屋」では、北海道産の上質な小豆と、新潟県産のもち米「こがねもち」を使用し、よもぎをふんだんに使った昔ながらの味を守っている。柔らかさの中にもコシを感じるもちもちとした食感が特徴とされ、県外からの取り寄せ注文も多いという。
一方、新潟市中央区の「有限会社高田屋」は、その日の気温や湿度に応じてもち粉と上新粉の割合を調整し、その日の分だけを手作りするという製法を採る。伝統的な粒あんやこしあんに加え、新潟名産の越後姫(いちご)や黒埼茶豆を練り込んだ変わり種の笹団子も提供し、多様な味で人気を集めている。これらは単なる土産物としてだけでなく、地元の食材を活かし、職人の手仕事によって支えられているのだ。
「高田屋」という屋号は、日本各地に散見される。例えば、淡路島出身の廻船業者、高田屋嘉兵衛は、北海道の開拓や日露交渉に貢献し、その功績は函館市などのゆかりの地で今も語り継がれている。彼の「高田屋」は、北前船による広域な流通と国際的な交渉を担った、まさに「海の商社」であった。
これに対し、新潟の「高田屋」は、より地域に根ざした形で、郷土の食文化を守り、発展させてきた。その屋号の由来も、創業者の一族の出身地であったり、単に地域で親しまれてきた名前であったりと、多様な背景を持つ。高田屋嘉兵衛の「高田屋」が、日本の近代化を促す海運業の一翼を担ったとすれば、新潟の「高田屋」は、日々の暮らしに寄り添う郷土菓子の製造を通して、地域の文化的な豊かさを形成してきたと言えるだろう。同じ「高田屋」の名が、かくも異なる役割を担い、それぞれの地域で独自の歴史を築いていることは、日本の地域経済や文化の多様性を示す一例である。
現代において、新潟の「高田屋」各店は、笹団子を単なる伝統菓子としてだけでなく、新たな価値を加えて提供している。例えば、前述の新潟市中央区の「高田屋」のように、いちごあんや枝豆あんといった新しい味の笹団子を開発し、消費者の多様なニーズに応えている。また、新潟森林農園のような農家直送の笹団子店では、自家栽培の米を使用し、よもぎの香りを生かした甘さ控えめの笹団子を提供することで、素材へのこだわりを打ち出している。
笹団子作り体験を提供している店もあり、新潟の食文化に触れる機会を観光客に提供している。これは、単に商品を販売するだけでなく、その背景にある歴史や製法、そして地域との繋がりを伝えることで、笹団子という郷土菓子への理解を深めてもらう試みと言えるだろう。多くの店が無添加にこだわり、昔ながらの製法を守りつつも、現代の食の安全や健康志向に配慮した製品づくりを行っている。
新潟の「高田屋」が提供する笹団子は、単なる土産物という枠を超え、多くの人々の記憶に深く刻まれている。その香りは、かつて家庭で手作りされた郷土の味を思い起こさせ、世代を超えて受け継がれる「懐かしさ」を運ぶ。農林水産省が「うちの郷土料理」として紹介するように、笹団子は新潟の風土と歴史が育んだ食文化そのものなのだ。
廻船業者・高田屋嘉兵衛が日本の北辺を開拓したように、新潟の「高田屋」は、笹団子という一つの菓子を通して、地域の食文化を掘り起こし、現代へと繋いでいる。その団子を口にするとき、笹の葉の爽やかな香りとともに、この土地が歩んできた長い時間と、それを支えてきた人々の営みに思いを馳せることになるだろう。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。