2026/6/8
座布団のような厚さ!丸岡・谷口屋の油揚げが特別な理由

丸岡の谷口屋について詳しく知りたい。分厚い油揚げが有名。
キュリオす
福井県丸岡町の谷口屋は、厚さ3cm、一辺14cmの巨大な油揚げで知られる。その大きさは、浄土真宗の報恩講と結びついた歴史的背景と、厳選された素材、約1時間かけて揚げる職人の技によって生み出されている。
福井県坂井市丸岡町、霊峰白山からの伏流水が流れる山間の竹田地区に、ひっそりと佇む一軒の店がある。谷口屋。その名を知る者にとっては、厚さ3cm、一辺14cmにもなる、まるで座布団のような分厚い油揚げの店として認識されているだろう。一般的な油揚げの概念を覆すその存在感は、初めて目にする者を驚かせるに足る。なぜ、この山深い地で、これほどまでに厚く、そして特別な油揚げが作られ、多くの人々を惹きつけてやまないのか。その背景には、福井の食文化、そして谷口屋が守り続けてきた製法へのこだわりがある。
谷口屋の創業は大正14年(1925年)に遡る。約100年の歴史を持つ老舗の豆腐屋として、代々「竹田の油揚げ」と呼ばれる看板商品を作り続けてきた。しかし、福井県で油揚げが特別な存在となった歴史は、谷口屋の創業よりもさらに古い時代に根差している。福井市は、総務省の家計調査で「油揚げ・がんもどき」の購入額が、昭和38年(1963年)の調査開始以来、61年間連続で全国1位を維持しているという事実が、その特異性を物語る。
この背景には、浄土真宗の信仰が深く関係しているとされる。北陸地方は浄土真宗が盛んな地域であり、宗祖親鸞聖人を偲ぶ「報恩講」と呼ばれる法要が定期的に営まれてきた。報恩講の際には、精進料理が振る舞われ、その中で油揚げは大豆を加工した貴重なタンパク源として重宝されたのだ。谷口屋の油揚げが現在の大きさになったのは、この報恩講の精進料理で「親鸞聖人を表すものだから豪華にしなければならない」という考えから、三代目社長がサイズを大きくしていった結果だという。皿からはみ出すほどのサイズは、単なる食欲を満たすだけでなく、信仰と結びついた「おもてなしの心」の表れとも解釈できる。
谷口屋の油揚げが持つ独特の食感と風味は、徹底した素材へのこだわりと、熟練の職人技によって生み出される。まず、使用される大豆は100%国産であり、品種まで指定して厳選されたものが全国から探し出されている。特に、寒暖差の激しい山側で育った大豆は甘みが強いとされ、複数の品種をブレンドすることで、谷口屋の油揚げに最適な味わいを追求しているのだ。水は霊峰白山の伏流水を地下50mから汲み上げた「白山禅定の清水」が使われ、にがりは福井県越前町の海で採取される天然にがりを雪の中で一冬寝かせ、まろやかさを出した「越前にがり」を使用する。
そして、油揚げの要となる揚げ油には、国内流通量0.2%という希少な北海道産菜種を圧搾製法で搾った菜種油が100%用いられている。この上質な菜種油で、熟練の「揚げ師」が約1時間もの時間をかけて一枚一枚手作業で揚げる。低温で約40分、その後高温で約10分と、二度揚げする工程が特徴だ。この長時間にわたる丁寧な揚げ作業により、外側はカリッと香ばしく、中はふんわりとした独特の食感が生まれる。「油揚げづくりはあわてたらあかん」という言葉が示すように、温度や引き上げるタイミングは全て職人の勘で調整され、大豆の選定や揚げ方次第で皮が硬くなったり、ゴムのようになったりする繊細な作業だという。機械では決して真似できない、百年にわたり受け継がれてきた技術が、谷口屋の油揚げを唯一無二の存在にしている。
日本各地には、その土地の風土や食文化に根ざした多様な油揚げが存在する。例えば、新潟県長岡市の「栃尾揚げ」も、福井の谷口屋の油揚げと同様に分厚いことで知られている。栃尾揚げは、一般的に厚さ2〜3cm、長さ20cmほどの長方形で、外はカリッと、中はふっくらとした食感が特徴だ。古くから農作業の合間に食べられたり、酒の肴として親しまれてきた。宮城県仙台の「三角揚げ」は、その名の通り三角形の形をしており、焼いて生姜醤油で食べるのが一般的である。
一方、京都の「おあげさん」(京あげ)は、薄くてきめ細やかなものが多く、京野菜との相性が良いことから、おばんざいなどの日常の家庭料理に欠かせない食材として使われてきた。熊本県の「南関揚げ」に至っては、水分を極限まで抜いた乾物であり、長期保存が可能で、煮物や汁物に入れると出汁を吸い込んで独特の食感となる。
これらの多様な油揚げと比較すると、谷口屋の油揚げの際立った特徴は、その圧倒的な「厚さ」と「大きさ」に加え、「油揚げ」と「厚揚げ」の中間とも言える独自の製法にある。厚揚げは高温で表面だけを揚げるため、中には豆腐がしっかりと残るのに対し、谷口屋の油揚げは、油揚げ専用の木綿豆腐を低温と高温で二度揚げし、中まで火を通しつつも、ふわふわとした独特の食感を生み出している。「分厚い薄揚げ」と表現されることもあるほどだ。この「中揚げ」とも呼ばれる福井県独自の油揚げ文化の中で、谷口屋はさらにその厚みと大きさを追求し、「ざぶとん揚げ」の愛称で親しまれる存在となったのである。
現在、谷口屋は丸岡町上竹田の山間に工場とレストランを併設し、揚げたての油揚げを味わえる場所として多くの客が訪れる。レストランでは、名物の「あげ1枚御膳」をはじめ、油揚げを使った様々な料理が提供されている。特に、大根おろしと特製のタレでシンプルに味わう「おあげ焼き」は、外はカリッと、中はふんわりジューシーな谷口屋の油揚げの真髄を体験できる一品として人気が高い。
谷口屋は、伝統を守りつつも、時代に合わせた挑戦も続けている。油揚げや豆腐だけでなく、豆乳を使ったスイーツなども開発し、販売しているのだ。また、四代目社長は「日本の油揚げ文化を世界に広めていきたい」というビジョンを掲げ、油揚げを「畑のステーキ」と称し、将来的には宇宙食としての可能性も視野に入れているという。交通の便が良いとは言えない山奥の立地にもかかわらず、多くの人々が足を運ぶのは、単に「おいしい油揚げ」を求めるだけでなく、そこにある職人の情熱と、地域に根差した食文化への敬意があるからだろう。
丸岡の谷口屋の油揚げは、単に分厚いという事実を超えて、福井という土地が育んだ食文化の奥深さを教えてくれる。浄土真宗の報恩講という宗教的背景が、油揚げを精進料理における重要なタンパク源とし、その大きさを「おもてなし」の象徴へと昇華させた。そして、白山の清らかな水、厳選された国産大豆、希少な菜種油といった土地の恵みが、熟練の職人による約1時間にも及ぶ丁寧な手揚げの工程と結びつくことで、あの独特の食感と風味を持つ一枚が生まれる。
「厚揚げ」でも「薄揚げ」でもない「中揚げ」という福井独自の油揚げの系譜の中で、谷口屋はさらにその可能性を広げた。その一枚を口にすれば、外側の香ばしさと内側のふんわりとした食感、そして大豆と油の豊かな旨みが広がる。それは、単なる食品というよりは、福井の歴史と自然、そして職人の手間と時間が凝縮された、ある種の文化的な塊なのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。