2026/6/6
村上木彫堆朱の朱色はなぜ使うほどに変化する?

新潟村上の赤い塗り物について詳しく知りたい。
キュリオす
新潟県村上市に伝わる村上木彫堆朱は、木地に彫刻を施してから漆を塗り重ねる独特の技法を持つ。室町時代に京都から伝わったとされるこの技法は、朱漆が使い込むほどに深みと鮮やかさを増すのが特徴。その秘密は漆と顔料の性質、そして職人の工夫にあった。
新潟県村上市の町を歩くと、時折、目に鮮やかな朱色の工芸品が並ぶ店先に出会う。そこで見られるのは、単なる赤い器ではない。木地に施された緻密な彫刻と、その上を覆う深みのある朱色の漆が織りなす独特の表情だ。なぜこの地で、木彫りの上に漆を重ねるという、独自の「村上木彫堆朱(むらかみきぼりついしゅ)」が発展し、その色合いが「使うほどに変化する」と語られるのか。その問いは、この地域の歴史と、漆という素材が持つ性質、そして職人たちの工夫の跡をたどることで見えてくる。
村上木彫堆朱の歴史は、今からおよそ600年前、室町時代初期に京都から漆の技術が伝えられたことに始まるとされている。平安時代から良質な天然漆の産地として知られていた村上地方に、15世紀初頭、寺院建築のために京都から訪れた漆工が、中国の堆朱を模した木彫漆器の技法をもたらしたという。当初は寺院の宮大工らがその技術を習得し、やがて江戸時代に入ると、この技は武士の間にも広がりを見せた。
江戸時代中期、享保年間(1716~1735年)に村上藩主となった内藤紀伊守弌信(ないとうきいのかみかずのぶ)は、この漆工芸を奨励した。さらに、江戸詰めの村上藩士である頓宮次郎兵衛(とんぐうじろべえ)が名工から彫刻の技を学び、沢村吉四郎(さわむらきちしろう)らがこれに続いたことで、堆朱彫の技術は藩内に浸透していく。 この頃、漆奉行が設置され、漆樹栽培が活発に行われた記録も残る。
その後、有磯周斎(ありいそしゅうさい)という名工が登場する。彼は中国風の図案を取り入れ、さらに鎌倉彫の彫法を改良するなどして、村上木彫堆朱の品位向上に貢献したと伝えられている。 江戸時代中期には、木彫と漆技法を組み合わせた現在の村上木彫堆朱の基礎が確立されたのだ。 昭和30年(1955年)には新潟県の無形文化財に指定され、昭和51年(1976年)には国の「伝統的工芸品」の指定を受けている。
村上木彫堆朱の最大の特徴は、木地に直接彫刻を施してから漆を塗り重ねるという、その独特の制作工程にある。一般的な堆朱が、漆を何十層も厚く塗り重ねた後にその層を彫り込んで文様を表現するのに対し、村上木彫堆朱は、まず朴(ほお)や栃(とち)などの木地に花鳥や山水、牡丹唐草といった文様を彫り込むことから始まるのだ。
この「彫りが先、塗りが後」という技法は、繊細な彫り目を漆で埋めてしまわないよう、塗師に高度な技術を要求する。塗り師は、堅めの漆を指頭(しとう)やタンポと呼ばれる道具で叩き込むように塗り、刷毛で調整しながら、彫刻の凹凸を損なわないように何回も漆を塗り重ねていく。 この工程は18~20にも及ぶとされる。
そして、村上木彫堆朱の代表的な技法である「堆朱」において、その名が示す通り、最終的に朱漆が上塗りされる。この朱漆は、完成直後はやや黒みがかった落ち着いた色合いだが、使い込むほどに漆が透けて内部の朱が鮮やかになり、深みのある光沢を増していくのだ。 これは、顔料に用いられる朱が、漆の硬化とともに透明度を増す性質によるものだという。また、仕上げに艶消しを行うことも特徴で、これにより傷がつきにくく、日々の使用に耐える堅牢さを備える。 この艶消しの工程が、使い込むことで自然な艶を生み出す素地となる。
村上地域が古くから漆の産地であったこと、そして日本海側特有の湿度の高い気候が、漆器づくりに適していたことも、この地の漆工芸発展を後押しした要因として挙げられる。
漆を彫刻する技法を持つ漆器は、日本にいくつか存在するが、その中でも村上木彫堆朱は独自の立ち位置を占める。中国を起源とする堆朱は、漆を何十層も厚く塗り重ねてから彫り出す「彫漆」であり、その重厚な漆の層そのものが彫刻の素材となる。 一方、日本の彫漆としては、神奈川県の「鎌倉彫」が知られている。鎌倉彫も木地に彫刻を施してから漆を塗る点で村上木彫堆朱と共通するが、両者には技法や色合いに違いが見られる。 鎌倉彫がマコモなどの粉を蒔く工程を持つことや、堆朱ほど赤みが強くない場合があるのに対し、村上木彫堆朱は木地の彫刻を活かすための堅めの漆と、使い込むことで変化する朱色が特徴である。
経済産業大臣が指定する伝統的工芸品に認定されている漆器は全国で20種類以上あるが、その中で「彫」と名のつく漆器は、村上木彫堆朱と鎌倉彫の二つに限定されるという。 この事実は、木地に彫刻を施してから漆を塗るという技法が、いかに稀少で高度な技術を要するかを示している。彫りの立体感と漆の深みが共存する村上木彫堆朱は、中国の彫漆とも、他の日本の漆器とも異なる独自の進化を遂げてきたのだ。
現代の村上木彫堆朱は、伝統的な茶道具や飾り皿だけでなく、現代の生活様式に合わせた製品づくりにも力を入れている。村上市内には、村上木彫堆朱会館があり、様々な漆器店の製品や関連資料が展示されている。 ここでは、伝統工芸士の作品から、現代的なデザインを取り入れたものまで、幅広い製品を目にすることができる。
一方で、伝統工芸品が抱える後継者不足や市場の変化といった課題は、村上木彫堆朱も例外ではない。かつては結婚式の引出物や記念品として重宝されたが、安価なプラスチック製品や合成塗料を用いた漆器が市場に出回る中で、「本物」にこだわり続けた結果、大量生産の波に取り残されそうになった時期もあったという。
しかし、近年では、若い感性を取り入れた製品開発や、福祉施設の利用者との協働による制作など、新たな取り組みが進められている。 伝統的な技法を守りつつも、現代の暮らしに溶け込むようなデザインや、箸やぐい呑みといった日常使いできるアイテムの提案を通じて、より多くの人々にその魅力を伝えようとしているのだ。 また、体験講座を通じて、実際に彫刻刀を使い、堆朱の制作に触れる機会も提供されている。
村上木彫堆朱が持つ「使うほどに色艶が増す」という特徴は、単なる美しさの追求に留まらない。それは、漆という素材が持つ経年変化の面白さを内包している。完成直後の落ち着いた朱色が、年月を経て透明度を増し、より鮮やかな朱色へと変化していく過程は、使い手にとって時間とともに育てる喜びとなるだろう。
この変化は、漆の塗膜が硬化する際に起こる分子構造の変化と、顔料の朱が透けて見えるようになる現象に起因すると考えられる。つまり、村上木彫堆朱の「赤」は、静的な色ではなく、時間という要素が加わることで初めて完成する、動的な美しさを持つと言える。木地に彫刻を施し、その上に漆を丁寧に重ねるという手間のかかる工程は、単に丈夫な器を作るためだけでなく、使い込まれることでその真価を発揮する、ある種の「時間設計」が織り込まれているのだ。この、使う人の手によって完成する美こそが、村上木彫堆朱の奥深さを示している。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。