2026/6/7
佐渡のいごねり、磯の恵みから生まれた島の手仕事

佐渡のいごねりについて詳しく教えて欲しい。
キュリオす
佐渡で古くから親しまれる「いごねり」は、冬から春にかけて採れるイゴ草を煮詰めて練り上げる独特の製法で作られる。江戸時代から食されていたと考えられ、限られた資源の中で生まれた島民の知恵と手仕事が詰まった郷土料理である。
佐渡の海岸線に立つと、波の音とともに磯の香りが微かに漂う。見慣れない海藻が打ち上げられているのを拾い上げ、指で触れると、ひんやりとした独特の感触がある。この島で古くから食べられてきた「いごねり」という食品は、この海藻がもたらす素朴な恵みから生まれるのだという。一体、この粘り気のある塊が、どのようにして佐渡の食卓に欠かせない一品となったのか。その背景には、島の自然環境と人々の知恵が深く関わっているはずだ。
いごねりの歴史は、佐渡の地勢と深く結びついている。佐渡は古くから、越後と畿内を結ぶ海上交通の要衝であり、また金銀山によって栄えた島でもある。食料の安定供給は常に課題であり、特に冬場の貴重な栄養源として、海藻は重要な役割を担っていた。いごねりの主原料となる「イゴ草」(エゴノリ)は、佐渡近海で多く採れる海藻で、特に冬から春にかけて収穫される。この草を煮溶かし、固めて食すという文化は、明確な記録こそ少ないものの、江戸時代にはすでに存在していたと考えられている。
佐渡の食文化を語る上でしばしば参照されるのが、江戸後期の地誌『佐渡志』だ。この書物には、イゴ草を煮固めて食べる習慣が記されており、当時の人々の暮らしに根付いていたことが窺える。 金銀山の労働者たちの間で、手軽に栄養が摂れる食品として広まった可能性も指摘されている。また、佐渡に流刑された人々が、限られた食材の中で故郷の食文化と島の食材を組み合わせ、新たな食の形を生み出したという説もある。遠く離れた地で、手に入る材料を最大限に活かし、故郷の味を再現しようとする試みの中で、いごねりが独自の発展を遂げたのかもしれない。
いごねりの製法は、イゴ草という特定の海藻の性質を最大限に引き出すために、独特の工程を経る。まず、採取したイゴ草を丁寧に洗い、乾燥させる。この乾燥させたイゴ草を水に浸して戻し、鍋で長時間煮詰めるのだ。 この煮詰める作業が重要で、イゴ草に含まれる粘質成分が溶け出し、全体がとろりとした状態になるまで火にかける。その後、熱いうちに布などで濾し、不純物を取り除く。
濾した液は、まだ温かいうちに木枠や型に流し込み、冷やし固める。 冷めるとゼリー状に固まり、これを薄く削ぎ切りにするか、手で練りながら細長い棒状に成形する。佐渡では、この練り上げる作業が「ねる」と呼ばれ、いごねりの名称の由来にもなっている。 完成したいごねりは、半透明で独特の弾力を持つ。この粘り気と舌触りが、他の海藻加工品にはない特徴を生み出しているのだ。イゴ草の採取から乾燥、煮詰め、そして練り上げるまでの各工程には、海藻の特性を知り尽くした島の人々の知恵と、手間を惜しまない時間が凝縮されている。
海藻を煮溶かして固める食品は、日本各地に存在する。例えば、広く知られる寒天やところてんは、テングサやオゴノリといった海藻を原料とする。これらは夏場の涼味として親しまれ、主に酢醤油や黒蜜で食されることが多い。また、九州の一部地域には、イギスと呼ばれる海藻を使った「いぎす豆腐」のような食品もあり、地域によって様々な形で海藻が加工されてきた歴史がある。
しかし、佐渡のいごねりは、その製法と食し方に際立った独自性が見られる。寒天やところてんが主に「型抜き」や「突き出し」で成形されるのに対し、いごねりは手で「練り上げる」という工程が特徴的だ。この手作業による練り込みが、独特のコシと滑らかな舌触りを生み出す。また、いごねりは酢味噌や醤油、ネギなどの薬味で食べられることが多く、ご飯のおかずや酒の肴としても楽しまれてきた。 他の地域では、海藻の加工品はどちらかといえば副食やデザートの側面が強いが、いごねりはより日常的な、主食に近い位置づけで消費されてきた点に、佐渡の食文化におけるその存在感が見て取れる。同じ海藻という素材を用いながらも、地域の風土や食習慣が異なることで、これほどまでに多様な食品が生まれるのは興味深い。
今日の佐渡では、いごねりは島の土産物店やスーパーマーケットで手軽に購入できる。観光客向けの加工品として、パック詰めされたものが多く見られる一方で、島内の飲食店では、手作りのいごねりが提供されることもある。 観光客にとっては珍しい郷土料理として、また島民にとっては日常の味として、いごねりは今も佐渡の食卓に息づいている。
しかし、その製法は依然として手間がかかる手仕事であり、担い手の高齢化や減少という課題も抱えている。イゴ草の採取から加工まで、経験と勘を要する工程が多く、機械化が難しい部分も少なくない。そのため、地域の食文化を守ろうと、地元の女性グループや高齢者たちが集まって伝統的な製法を継承する活動も行われている。佐渡市が開催する料理教室などで、いごねりの作り方を学ぶ機会も設けられているという。 かつては家庭で作られるのが当たり前だったいごねりが、今では地域の宝として、その製法を次世代に伝えようとする動きが生まれている。
佐渡のいごねりを通して見えてくるのは、限られた資源の中で生き抜くための、人々の知恵と工夫である。特別な加工技術や保存方法が確立されていなかった時代に、身近な海藻を栄養源として最大限に活用しようとした結果、この独特の食品が生まれた。イゴ草という特定の海藻の粘性を知り、それを煮詰め、練り上げるという一連の工程は、試行錯誤の末に編み出された生活の技術だ。
そして、他の地域の海藻加工品と比較することで、いごねりが単なる「海藻を固めたもの」ではないことが浮かび上がる。そこには、佐渡という孤立した環境が育んだ独自の食文化、そして手作業を重んじる島の人々の気質が反映されている。いごねりは、佐渡の海の恵みと、それを受け止める人々の暮らしが、長い時間をかけて結晶化した結果なのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。