2026/6/8
福井の山うに、なぜ「うに」?辛さと柚子の香りの秘密

福井の山うにについて教えてほしい。結構辛い!
キュリオす
福井県鯖江市などで300年以上伝わる「山うに」は、柚子と唐辛子をすり潰して作られる保存食。海のウニとは似ても似つかない名前に、保存食としての知恵と手仕事の妙が隠されている。柚子胡椒とは異なる、完熟柚子のまろやかな香りと奥深い辛味が特徴だ。
福井県鯖江市の山間部に足を踏み入れると、古民家が点在する集落のどこからか、柑橘と唐辛子が混じり合ったような独特の香りが漂ってくることがある。それが「山うに」との最初の出会いだった。口に含めば、ぴりりとした辛さが舌を襲い、その後に柚子の爽やかな香りが広がる。海の恵みであるウニとは似ても似つかないその姿と味に、一体なぜ「山うに」と名付けられたのかという疑問が湧く。この地の先人たちは、何を求めてこの刺激的な薬味を生み出したのだろうか。
福井県鯖江市河和田地区、そして池田町など、越前の山間部に300年以上前から伝わる伝統的な薬味が「山うに」である。その起源は、食べ物が不足していた大昔に、山沿いに住んでいた人々が保存食として考え出した知恵だと言われている。当時は、大自然の中で育った柚子、赤なんば(福耳唐辛子)、塩、そして赤唐辛子をすり合わせて作られていたという。
発祥の正確な年代は定かではないものの、その昔、行商人が持ってきた塩うにを見て、その色や形状が似ていることから「山のうに」と名付けられたという説がある。このことから、行商人が盛んに往来していた江戸時代頃にはすでに存在していたのではないかと考えられている。山間部では赤なんばを用いた赤い山うにが主流だったのに対し、平野部では赤なんばを使わない「柚うに」と呼ばれる黄色いものが作られるなど、地域によって特色が見られたようだ。完熟して黄色くなった柚子と赤くなった赤なんばを有効活用しようという自給自足の精神から生まれたもので、冬の間の貴重な保存食として重宝されてきたのである。
山うにの材料は、柚子、赤なんば(福耳唐辛子)、鷹の爪、そして塩という極めてシンプルなものだ。これらの素材が織りなす辛味と香りの調和こそが、山うにの真骨頂である。福井県産の赤なんばは、完熟すると風味と甘みが増すため、山うにの味の決め手となる重要な要素だ。
製造工程は、まず柚子の種を取り除き、皮ごと実を細かくみじん切りにする。赤なんばと鷹の爪も種とへたを取り除き、みじん切りにする。これらをすり鉢ですりおろした後、混ぜ合わせ、さらに滑らかになるまですりおろすという地道な作業が続く。この「すり」の工程が、山うにの風味と舌触りを決定づける。長時間すり合わせることで柚子のえぐみがなくなり、まろやかな甘みと旨味が出てくるとされるが、すり過ぎると苦味が出るとも言われ、この加減には熟練の技術が求められる。多い家庭では1時間以上すり続けることもあるという。最後に塩を加えて混ぜ合わせれば完成だが、塩の量によって保存性も増すため、昔はかなり塩辛かったようだ。この手間暇かけた手作業こそが、山うに特有の奥深い辛味と柚子の爽やかな香りを引き出す鍵なのだ。
唐辛子と柑橘を組み合わせた辛味調味料として、全国的に知られているのは「柚子胡椒」だろう。九州地方を代表する薬味であり、青柚子と青唐辛子を用いることで、爽やかで清涼感のある辛さが特徴だ。一方、福井の山うには、主に完熟した黄柚子と赤なんば、そして鷹の爪を使用する点が異なる。これにより、山うには柚子胡椒の青々しい辛味とは一線を画す、より複雑で奥深い辛味と、完熟柚子のまろやかな香りが特徴となる。
柚子胡椒が鍋物や麺類の薬味として広く使われるのに対し、山うにはかつて冬の保存食として、鍋物やうどんなど温かい料理に使われることが多かった。しかし近年では、その万能性から和食のみならず洋食にも使われ、たこ焼きの生地に練り込んだり、カルボナーラの隠し味にしたりと、様々なアレンジレシピが生まれている。柚子胡椒が比較的均一な製品として流通しているのに対し、山うには各家庭で受け継がれてきた製法や配合が多様であり、その土地の風土と密接に結びついた「手作りの味」という側面が色濃く残っている点が対照的だ。
かつては各家庭で作られていた山うにだが、近年では若い世代にその存在が知られなくなりつつあるという状況もある。しかし、福井県鯖江市河和田地区では、この貴重な食文化を継承し、その魅力を発信しようとする動きが活発だ。例えば、「越前隊」という地元企業は、300年以上続く伝統の製法にこだわりながら、山うにの生産から販売までを手がけている。彼らは、柚子の皮のフレッシュさと完熟した赤なんばの甘みを引き出すため、練り合わせの時間や強さを微妙に変えながら、今もほとんどの工程を手作業で行っているという。
また、越前隊は地域での食育活動にも力を入れ、子どもたちに山うにを知ってもらうための歌を作るなど、次世代への継承にも取り組んでいる。さらに、生産工程の機械化による生産量の増加や、大手菓子メーカーとのコラボレーション(カルビーのポテトチップス「やまうに」味など)、コンビニエンスストアのおにぎりやサンドイッチへの採用、そして「山うにたこ焼き」を提供するカフェ「ほやっ停」の運営など、新たな商品開発や販路拡大にも積極的に挑戦している。原材料となる柚子の確保のため、地域住民に柚子の木を植えてもらう「里親制度」を設けるなど、持続可能な生産体制の構築にも努めている。
福井の山うには、単なる辛い調味料ではない。それは、厳しい山の暮らしの中で、手に入る限りの自然の恵みを最大限に生かそうとした先人たちの知恵と工夫の結晶である。海のない山間部で「うに」と名付けられたその経緯は、行商人によってもたらされた海の珍味への憧れと、身近な素材でそれを再現しようとする創造性が交錯した結果ではないだろうか。
そして、その辛さの奥にあるのは、柚子の爽やかな香りと、赤なんばが持つ完熟の甘みである。ただ舌を刺激するだけではない、複数の要素が複雑に絡み合ったこの辛味は、福井の山間部という限られた環境が育んだ独特の食文化の風景を映し出している。それは、現代の食卓に、かつての山村の暮らしと、そこにあった豊かな知恵の存在を静かに伝えているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。