2026/6/8
福井の五月ヶ瀬煎餅、その堅焼きに隠された秘密

福井の五月ヶ瀬について詳しく教えてほしい。美味しい!
キュリオす
福井県で愛される堅焼き煎餅「五月ヶ瀬」。小麦粉4種ブレンド、地元産卵、厳選ピーナッツを使用し、石窯で焼き上げる独特の風味と食感の秘密に迫る。和洋折衷の菓子が地域に根ざした理由を探る。
福井県を訪れた際、土産物店で「五月ヶ瀬」という菓子を目にする機会は多い。ピーナッツがぎっしり詰まった、厚みのある堅焼き煎餅だ。その見た目から、各地に存在するピーナッツ煎餅の一つと見過ごされがちだが、実際に口にすると、その硬質な食感と独特の風味に、一般的な煎餅とは異なる個性があることに気づかされる。なぜこの菓子が福井の地で生まれ、長年にわたり愛されてきたのか。その背景には、素材へのこだわりと独自の製法、そして地域に根ざした展開があった。
五月ヶ瀬の歴史は、他の多くの伝統的な和菓子に比べると新しい。創業は1973年(昭和48年)、福井県坂井郡坂井町新庄でのことである。そこから2年後の1975年(昭和50年)1月に「五月ヶ瀬煎餅」の販売が開始された。当初は手焼き煎餅として世に出されたこの菓子は、その後、株式会社五月ヶ瀬として法人化され、1991年(平成3年)には現在の本社所在地である坂井市丸岡町に工場を建設し、生産体制を強化していった。
五月ヶ瀬煎餅の最大の特徴は、一般的な「煎餅」の範疇に収まらない、洋菓子のような風味と食感にある。小麦粉、砂糖、マーガリン、卵を主原料とする生地にピーナッツをふんだんに加えることで、堅焼きながらもクッキーやビスケットに通じる味わいを生み出している。この洋風なアプローチは、当時の菓子業界において新しい試みだったと推測される。創業以来、「他にはない、オンリーワンのおいしさ」を追求してきたという企業の姿勢が、この菓子の誕生に繋がったのだろう。
福井を代表する銘菓として認知されるまでには、地道な企業努力が重ねられた。県内のスーパーや小売店での販売展開はもちろん、直営店「舟寄庵」を本社工場に併設し、顧客との接点を大切にしてきた。創業から50年を迎える現在も、福井土産の定番として、また冠婚葬祭の引き出物や日常の茶菓子としても広く親しまれている。その品質は国際的な評価も受けており、モンドセレクションでは長年にわたり優秀品質金賞を受賞し続けているという事実が、その堅実なものづくりを裏付けている。
五月ヶ瀬煎餅の独特な食感と風味は、厳選された素材と独自の製法によって生み出されている。まず、生地に使用される小麦粉は、その年の出来栄えに応じて配合を調整するという4種類のブレンドが基本だ。この細やかな調整が、五月ヶ瀬特有の堅さの中にも感じる繊細な口当たりを支えている。さらに、卵は地元福井県産のものを使用し、鮮度を重視して割卵される。この新鮮な卵が、生地の弾力性とザクッとした食感に貢献しているという。
そして、味の決め手となるピーナッツは、旨味が凝縮された小粒の一級品が選りすぐられている。南アフリカなど海外のサプライヤーと直接取引することで、干ばつなどの影響を受けやすい年でも安定した品質と供給量を確保しているという。これらの原材料は、温度管理や衛生管理を徹底した上で、最適な状態で使用される。
製法面では、一枚一枚を石窯で焼き上げる点が特徴的である。石窯の遠赤外線効果により、生地に練り込まれたピーナッツの油脂がじっくりと染み出し、香ばしさと独特のザクッとした食感が生まれる。この焼き上げの工程では、職人が微妙な火加減を調整する熟練の技が求められるという。また、製造ラインには自社設計の機械を導入し、効率と品質の精度を高めつつも、熟練職人の経験と感覚が継承されている。シンプルな製法に見えて、材料の配合、生地の固さ、焼き上げ温度など、細部にわたる独自のノウハウが凝縮されているのだ.
五月ヶ瀬煎餅のような堅焼きの菓子は、全国各地に存在する。例えば、九州の「二〇加煎餅」や、東北の「南部煎餅」などが挙げられるだろう。これらの菓子もまた、地域の気候風土や食文化に根ざした独自の堅さと風味を持つ。二〇加煎餅は、博多の伝統芸能「博多にわか」の面を模した形で知られ、小麦粉と砂糖を主原料とするシンプルな堅焼き煎餅である。南部煎餅は、小麦粉と塩を基本とし、ピーナッツやゴマなどを加えるものが多い。これらは素朴な味わいと保存性の高さから、古くから日常の食として親しまれてきた。
しかし、五月ヶ瀬煎餅は、これらの伝統的な堅焼き煎餅とは一線を画す側面がある。それは、マーガリンや卵を多用し、その風味と食感が「洋風のクッキー」にも通じる点だ。一般的な南部煎餅が穀物の香ばしさを前面に出すのに対し、五月ヶ瀬はピーナッツの風味に加え、マーガリン由来のコクと甘さが特徴となっている。この「洋風煎餅」という立ち位置は、昭和という時代に誕生した比較的新しい菓子であることに起因するのかもしれない。和菓子の伝統的な枠にとらわれず、新しい素材や製法を取り入れることで、独自の市場を切り開いてきた歴史が見て取れる。
また、福井県には五月ヶ瀬以外にも、羽二重餅や水ようかんといった銘菓が存在する。羽二重餅は絹織物「羽二重織」のなめらかさを表現した柔らかな餅菓子であり、水ようかんは冬に食べられるのが特徴だ。これらが「柔らかさ」や「口どけ」を追求するのに対し、五月ヶ瀬は「堅さ」と「香ばしさ」で勝負している。同じ地域の銘菓でありながら、それぞれが異なる方向性で発展してきたことは、福井の菓子文化の多様性を示していると言えるだろう。
福井県を代表する銘菓として定着した五月ヶ瀬は、現在もその品質を維持しつつ、新たな展開も模索している。本社工場に併設された直営店「舟寄庵」では、定番の五月ヶ瀬煎餅はもちろん、どら焼きやカップケーキといった生菓子も販売されており、地域住民や観光客が直接製品に触れる場となっている。また、工場見学も実施されており、製造工程を間近で見学できる機会も提供されている。これは、菓子の背景にある物語や技術を伝えることで、製品への理解と愛着を深める狙いがあると考えられる。
福井県内のスーパーや高速道路のサービスエリアなど、幅広い場所で手に入れることができ、オンラインショップを通じた全国への販売も行われている。土産物としてだけでなく、ふるさと納税の返礼品としても提供されており、その知名度と需要の高さがうかがえる。
製造体制においては、自社設計の機械導入による効率化と品質の安定化を図りながらも、熟練の職人による技術の伝承にも力を入れている。菓子製造業としては比較的新しい歴史であると自覚しつつも、社会とともに持続的に成長し、企業としての価値を高めることを目指しているという。生活者の嗜好やライフスタイルの変化に対応するため、既存商品の改良だけでなく、新商品の開発にも意欲的に取り組む姿勢が見える。例えば、4種のナッツを使ったクッキー「メイシャローズ」や、冬季限定の「くらんちばーちょこれーと」といった派生商品も人気を集めている。
福井の五月ヶ瀬煎餅を巡る旅は、単に「美味しい」という感覚的な評価を超えて、その「堅さ」が持つ意味を再考させるものだった。全国には様々な堅焼き菓子が存在するが、五月ヶ瀬の堅さは、ピーナッツの油脂と石窯の遠赤外線効果によって生み出される、独特のザクッとした食感と風味を伴う。これは、単に硬いだけでなく、噛みしめるごとに素材の旨味が広がる、計算された堅さと言えるだろう。
この菓子が、和風煎餅と洋風クッキーの境界線上に位置する「洋風堅焼き煎餅」という独自のジャンルを確立したことは、昭和という時代において、新しいものを取り入れつつも、福井の菓子文化に根ざしていく柔軟性を示している。伝統的な和菓子が主流だった時代に、マーガリンや卵を多用することで、現代の嗜好にも通じる親しみやすい味わいを追求した点は注目に値する。
五月ヶ瀬の「堅さ」は、一見すると素朴な特徴に過ぎないが、その背景には、厳選された素材へのこだわり、石窯で一枚一枚焼き上げる職人の技、そして新しい価値を創造しようとする企業の姿勢が凝縮されている。それは、福井の地に根ざしながら、普遍的な「美味しさ」を追求し続ける、一つの菓子づくりの物語を語っているのだ。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。