2026/7/2
神戸・長田の「玉子焼」はなぜベビーカステラ?明石焼との違いを辿る

長田の加島の玉子焼について詳しく知りたい。
キュリオす
神戸市長田区の「加島の玉子焼」は、大正時代から続くベビーカステラ。明石焼とは異なり、出汁に浸さず甘いベビーカステラとして親しまれる。その歴史と地域で根付く言葉の背景を探る。
大正から続く、粉物のあゆみ
「加島の玉子焼」の歴史は、今からおよそ100年前、大正時代の終わりにまで遡る。初代店主である加島繁蔵が、神戸市湊川神社の境内でベビーカステラを売っていた人物から焼き機を譲り受け、露天商として商いを始めたのがその起源とされる。この焼き機は、現在も残るベビーカステラ用のものとしては最古級のものだという。 その後、二代目にあたる繁蔵の祖父が、その菓子を「玉子焼」と名付けた。当初は神戸市内の長田神社、生田神社、須磨寺、柳原蛭子神社といった寺社の祭礼や縁日で屋台を出していた。 繁蔵は戦時中の物資が乏しい時代にも、高砂や宝塚、さらには遠く四国地方まで足を運び、この玉子焼を売り歩いたという。その地道な行商が功を奏し、周辺地域ではベビーカステラが「玉子焼」という名で浸透していったのだ。 転換期は、約10年前に訪れる。四代目である加島重見の代になり、長田神社のすぐ隣に常設店舗を構えたのだ。これを機に、祭りの屋台としての営業は縮小され、現在では毎月20日と21日に須磨寺で露店を出すのみとなっている。 店名を「加島の玉子焼」としたのも、約40年前に他の店が同じ「玉子焼」という名称を使い始めたため、差別化を図る目的があったとされている。
職人の手から生まれる素朴な味
加島の玉子焼の魅力は、その素朴な材料と職人の手わざに集約される。使われるのは、小麦粉、砂糖、そして卵。 ごくシンプルな配合でありながら、一口食べるとふわふわとした軽やかな食感と、しつこさのない優しい甘さが口いっぱいに広がる。 店に一歩足を踏み入れると、一段高くなった焼き台の上で、職人がリズミカルに生地を型に流し込み、手際よくひっくり返しながら焼き上げる様子が見て取れる。 この一連の作業は長年の経験に裏打ちされたもので、均一に焼き上げるには10年の修練が必要だとも言われる。 焼き立ては、表面は薄く香ばしく、中は空気をたっぷり含んだスポンジのようにふわりとほどける。時間が経つにつれて生地が馴染み、しっとりともっちりとした食感へと変化し、甘みも増すという。 また、常連客の中には、あえて焼き加減を調節した「半熟」を求める者もいる。 通常よりも少し生焼けにすることで、とろりとした独特の口当たりが楽しめるのだ。
「玉子焼」が示す、土地の言葉
兵庫県には「玉子焼」という名の粉物が多く存在するが、その内容は地域によって大きく異なる。最も広く知られているのは、明石市のご当地グルメ「明石焼」だろう。これは小麦粉と卵、そして明石で豊富に獲れるタコを生地に混ぜ込み、丸く焼いたものを、出汁に浸して食べる料理である。 明石ではこれを「玉子焼」と呼ぶのが一般的だ。 また、姫路市にも「姫路玉子焼き」という独自の粉物があり、見た目は明石焼に似ているものの、ソースを塗ってから出汁に浸すという独特の食べ方をする。 しかし、神戸市長田区における「加島の玉子焼」は、これらとは全く異なる。具材にタコは入らず、出汁に浸すこともない。あくまでも、小麦粉、砂糖、卵を主原料とする甘いベビーカステラを指す言葉なのだ。 神戸市中央区の住民によれば、神戸で「玉子焼」といえばベビーカステラを指し、「卵焼き」は出汁巻き卵を意味するという明確な区別がある。 この言葉の使い分けは、地域の食文化の多様性と、それぞれの土地が育んできた独自の呼称が、いかに深く根付いているかを物語っている。全国的には「ベビーカステラ」という名称が一般的である中で、神戸では「玉子焼」という呼び名が浸透した背景には、「加島の玉子焼」が長年にわたりその名を掲げ、地域に親しまれてきた歴史が大きく影響していると言えるだろう。
長田に息づく、日常の風景
長田神社前の「加島の玉子焼」は、今や長田の日常に溶け込んだ風景の一部となっている。店舗は長田神社の東側、交差点の角に位置し、赤と黄色のテントが目印だ。 普段の平日でも行列ができるほどの人気を誇り、特に初詣や祭りの時期には、多くの参拝客がこの玉子焼を求めて長い列を作る。 手軽につまめるサイズ感と、持ち運びやすい軽さは、長田神社周辺を散策する際の食べ歩きにも最適だ。 地元の人々にとっては、子どもの頃から慣れ親しんだ「ソウルフード」であり、遠方から訪れる観光客にとっても、長田ならではの土産物として喜ばれている。 店舗では9個入りから64個入りまで、用途に応じた様々なサイズが用意されている。 かつては祭りの屋台が主だった販売形態も、常設店舗の開設、さらにはオンライン販売の導入など、時代に合わせて変化してきた。 しかし、その根底にあるのは、創業以来変わらない手焼きの製法と、地域に愛される素朴な味を守り続ける職人の姿勢である。
慣習が織りなす食の地図
長田の「加島の玉子焼」を巡る旅は、単なる菓子の探訪に留まらない。それは、私たちが日常的に使う言葉が、地域ごとに異なる意味を持ち、それぞれの土地の歴史や文化を映し出しているという、ごく当たり前の事実を再認識させる機会でもある。全国的な「ベビーカステラ」という呼称が存在する中で、神戸、特に長田の地で「玉子焼」という名が定着した経緯は、一見すると些細な差異に見えるかもしれない。しかし、その背景には、初代がカステラ焼きの機械を譲り受けた大正時代から、四代にわたって手焼きの味を守り続けてきた家族の営みと、それが地域の祭りや人々の生活に深く根ざしてきた歴史がある。 「加島の玉子焼」は、明石の出汁に浸す「玉子焼」や、家庭で食卓に並ぶ「卵焼き」とは異なる、長田固有の「玉子焼」の姿を提示している。この小さな丸いカステラは、地元の人々にとっては懐かしい故郷の味であり、訪れる者にとっては、言葉の裏に隠された地域の多様な食文化への扉を開く鍵となるだろう。その甘く香ばしい匂いは、長田のまちの記憶そのものとして、今日も参道に漂っている。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。
参考
- 加島の玉子焼|口の中にポンポンと放り込む手が止まらない人気スイーツ|~長田神社&ご近所特集~知らなかった!こんな長田さん | 神戸っ子kobecco.hpg.co.jp
- 神戸はベビーカステラを「玉子焼」と呼ぶ なぜ? 勘違いし“弁当用おかず”として買い求める人も | ラジトピ ラジオ関西トピックスjocr.jp
- Hajime Ogakiさんの口コミ :加島の玉子焼 - Retty(レッティ) 日本最大級の実名型グルメサービスretty.me
- あるあるエピソード | 兵庫五国連邦(U5H)u5h.jp
- 加島の玉子焼rakuten.ne.jp
- ベビーカステラ - Wikipediaja.wikipedia.org
- 2017.06 行列必至のベビーカステラ 長田神社と加島の玉子焼 | 神社.comjinjya.com
- 【神戸・スイーツ】みんな大好き♡ベビーカステラ「加島の玉子焼き」 | 神戸より発信!「料理の鉄人28号」ガォー!(笑)ameblo.jp