2026年5月16日
大相撲の触れ太鼓、江戸から続く告知の歴史と意味
大相撲の本場所開催を告げる「触れ太鼓」は、江戸時代に起源を持つ伝統行事だ。呼出が太鼓を打ち、番付を読み上げることで、興行の告知と期待感を高める役割を担う。情報伝達手段が変化した現代でも、そのアナログな告知は文化的な価値を持つ。
両国に響く、あの乾いた音
両国駅の改札を出て、夕暮れの路地を歩いていると、遠くから乾いた太鼓の音が聞こえてくることがある。近づくにつれて、その音は独特のリズムと節回しを伴い、やがて「明日から本場所!」という甲高い声が耳に届く。初めて遭遇した人は、何かの祭りか、あるいは単なる賑やかしと思うかもしれない。しかし、あの太鼓の音と声は、大相撲が始まる前に欠かせない、れっきとした伝統行事「触れ太鼓」なのだ。本場所の開催を告げ、呼び出しが街を練り歩く。それは一体、いつから、どのような意味を持って行われてきたのだろうか。
江戸の辻から呼びかける
触れ太鼓の起源は、江戸時代にまで遡る。相撲が興行として定着し始めた頃、その開催を町の人々に知らせるための手段として始まったとされる。当時の情報伝達手段は限られており、口頭での告知や貼り紙が主であった。そんな中で、太鼓の音は遠くまで届き、人々の注意を引く効果的な方法だったのだ。特に「勧進相撲」として寺社の修理費用などを集める目的で行われていた時代には、興行の告知は重要な意味を持っていた。
初期の触れ太鼓は、本場所開催の数日前から、江戸市中の主要な通りや広場を巡り、相撲の開催日時や場所、見どころなどを口上とともに触れ回っていたという。力士たちが直接太鼓を叩き、呼びかけていた時期もあったようだ。明治時代に入り、鉄道網が整備され、相撲の興行範囲が全国に広がると、触れ太鼓もまた、それぞれの開催地で行われるようになった。現在のような形式、つまり本場所前日に行われる「触れ太鼓」と、地方巡業で行われる「巡業触れ太鼓」という二つの形があるのは、このような歴史的な変遷の中で役割を分担してきた結果である。
日程と番付を告げる役目
触れ太鼓の役割は、単に開催を告知するだけではない。太鼓の打ち方や口上には、それぞれ意味がある。まず、本場所の「初日」を告げる太鼓は「一番太鼓」と呼ばれ、軽快なリズムで打ち鳴らされる。これは「相撲が始まる」という期待感を高めるものだ。そして、本場所中、毎日行われるのが「はね太鼓」である。これはその日の取組が全て終わったことを告げる太鼓で、翌日の取組への期待を繋ぐ役割も持つ。触れ太鼓は、この「一番太鼓」の原型とも言えるもので、本場所の初日、二日目、中日、そして千秋楽という重要な節目を前に、その開催を改めて周知徹底する意味合いが強い。
太鼓を叩き、口上を述べるのは「呼出」の役目だ。呼出は、相撲の進行に欠かせない存在であり、土俵上で力士を呼び上げたり、懸賞旗を掲げたりするだけでなく、本場所や巡業の準備、そして触れ太鼓のような広報活動も担う。彼らは、ただ太鼓を叩くだけでなく、「東は横綱○○、大関○○、西は横綱△△、大関△△」といったように、その場所の番付の主要力士名を読み上げ、観客の期待を煽る。その口上は、時にユーモラスに、時に力強く、人々の耳目を集める。力士が怪我などで休場する際には、その情報も口上に含めることがあり、一種の速報としての機能も果たしてきた。
祭りと興行の狭間にある告知
触れ太鼓のあり方を他の興行や伝統行事と比較してみると、その特異性が浮かび上がる。例えば、日本の祭りでは、太鼓は神への奉納や、祭りの高揚感を演出する重要な要素である。しかし、触れ太鼓は、祭りのような「共同体の祝祭」とは異なり、あくまで「興行の告知」という実用的な目的が根底にある。一方で、現代のスポーツ興行における告知は、テレビCM、ウェブ広告、SNSといったメディアが主流であり、人手と時間をかけて街中を練り歩く方法は稀だ。
歌舞伎や能といった古典芸能にも、狂言回しや口上といった形で演目の内容を伝える伝統はあるが、それらは劇場内で行われるのが一般的だ。触れ太鼓のように、興行が始まる前に、開催地となる街全体を巻き込む形で「外」に出て告知を行う例は、他にあまり見られない。これは、相撲が単なるスポーツや芸能に留まらず、かつては人々の生活に密着した娯楽であり、同時に一種の「ハレ」の行事として、その開催自体が地域社会にとっての一大イベントであったことを示している。現代においては、情報過多な社会で、あえて手間をかけたアナログな告知を行うことで、かえって人々の関心を引き、本場所への期待感を高める効果があると言えるだろう。
変わらぬ姿で街を巡る呼出たち
現代において、触れ太鼓は本場所開催前日の風物詩として定着している。本場所が行われる両国国技館周辺はもちろん、都内の主要な繁華街や、時には地方巡業の開催地でも、呼出たちが自転車に太鼓を積んで街を巡る姿が見られる。デジタル化が進み、情報が瞬時に拡散される時代にあって、彼らの行う触れ太鼓は、一見すると非効率な行為に見えるかもしれない。しかし、その手作業による告知には、デジタルでは代替できない、独特の温かみと伝統の重みがある。
触れ太鼓のルートや時間帯は、ある程度の定型があるものの、その日の天候や交通状況によって柔軟に調整される。呼出たちは、その土地の地理を熟知し、多くの人々の目に触れる場所を選んで練り歩く。彼らは、ただ太鼓を叩き、声を張り上げるだけでなく、街の人々と直接触れ合い、相撲の魅力を伝える役割も果たしているのだ。相撲人気が低迷した時期もあったが、近年は再び注目を集めており、触れ太鼓もまた、相撲文化を支える重要な要素として、その価値を再認識されている。
伝統と現代が交差する音
触れ太鼓は、江戸時代から続く相撲興行の告知という実用的な役割を担いながらも、現代においては、その存在自体が文化的な価値を持つに至っている。情報伝達が簡便になった現代社会において、あえて人力とアナログな手段で告知を続けることは、単なる慣習の維持ではない。それは、相撲が持つ歴史の重みと、地域社会との繋がりを、五感に訴えかける形で表現する試みである。
両国の街角で耳にするあの太鼓の音は、相撲という興行が、単なる力士たちの勝負だけでなく、その背景にある数々の人々の営みと、時代を超えて受け継がれてきた知恵によって成り立っていることを静かに示唆している。それは、現代の私たちに、効率性だけでは測れないものの価値について、問いかけてくるようでもある。

ゆーたなかお
キュリオす開発者。ひとり編集長。
旅と食が好き。どこにでもいます。